第105話 新魔王城 三階 その二

 新魔王城三階の魔法研究施設。

 そこの大型魔法陣から召喚された吸血鬼キルギリアが魔王ヴァールの一行に襲いかかる。


 吸血鬼キルギリアは霧に変じて聖騎士ハインツを包み込み、ハインツの生命力を吸い込んでいった。

 白かった霧が赤く脈動する。


「ぬうっ、悪魔め! 聖天翼!」

 ハインツの背中に白く輝く光の翼が生じる。

「轟突天罰!」

 ハインツの身体が浮上し、翼を大きくはためかせて突進した。


 赤い霧が散るや、部屋の奥に凝集して再びキルギリアの姿をとる。

「人間よ、お前の生命はなかなかの美味であった」


 キルギリアは全裸で堂々と立つ。

 最初に登場したときの蒼ざめた様子とは異なって今や生気に満ちている。その赤味を帯びた肌は温かく息づき、しっとりと透き通るように滑らか。

 釣鐘を思わせる豊かな胸を自慢げに突き出し、細い腰に手を当てる。丸く形の整った尻から太腿を経てつま先に至る曲線は芸術的だ。


 キルギリアは長い銀髪を衣服のようにまとわりつかせ、肌に這わせる。

 裸身の一部が隠されたことでむしろより煽情的な姿だ。

 冷たかった空気は人肌の温かさとなり、まるで彼女の肌が触れてくるかのよう。


「妾を拝めるとは果報者よ」

 キルギリアは妖艶な微笑みをハインツに向ける。


 ハインツはキルギリアから目を離せなくなっていた。

 一歩一歩、キルギリアに吸い寄せられていく。

「悪魔め!!」

 ハインツは歯を食いしばって耐えようとする。

 だがキルギリアの妖しい瞳に囚われてしまう。


「魅了の術かや。吸血鬼の得意技じゃな」

 ヴァールが眉根を寄せる。


「妾の美しさは世界一である。かつてこの世に並ぶものなき美しさと語られた魔王ヴァールを上回るのである! それを世に証明するために妾は冥王の招聘に応えたのである」

 キルギリアは一行を見回した。

「勇者のわらし、聖騎士……」

 目線を下げて、

「それに魔法使いの小童こわっぱ……」


 キルギリアはがっかりした表情を浮かべる。

「あの魔王が蘇ってやって来ると聞いたからはるばる魔界から出向いたのであるぞ。それが子どもの出迎えとは」


 ヴァールはむっとして、

「余が魔王ヴァールじゃ!」


 キルギリアはしばしヴァールを見つめてから高笑した。

「魔王とは、かような小童の分際でよくも言う!」


 ハインツは誘惑になんとか抗おうとしながら、

「無礼だぞ! この方こそがヴァリアを治める魔王ヴァール陛下であらせられる」


 ルンは首を傾げて、

「え、勇者でしょ。勇者ヴァールだよ」


 キルギリアは眉をひそめる。

「どちらであるか」


「余は魔王にして勇者なのじゃ」

 ヴァールがちょっと嫌そうに説明する。


「そんな者がありえるか! 勇者は魔王の天敵であるぞ。妾を愚弄するか!」

 やにわにキルギリアから殺気が膨れ上がる。


 ルンが目を輝かせた。

「よおし、勝負しようよ!」

 いきなりキルギリアに殴りかかった。

 キルギリアの姿は瞬時に消え、また別の場所に現れる。


「魔力喰らいの勇者よ、お前の力は妾には通用しないのである」

「そうかなあ」

 ルンも瞬時に動いて拳をキルギリアに叩き込んだ。

 だが霧のように手ごたえがない。


「キルギリアは不死者アンデッド、反魔力の存在じゃ! 汝には喰らえぬ」

 ヴァールがルンへと叫ぶ。


「へえ、だったら」

 ルンの周囲に斥力が生じて、キルギリアの身体が爆散した。

 キルギリアは霧となってルンを取り囲もうとする。だが近づけないようだ。


 いったん距離を置いてキルギリアは実体化する。

「冥王ネクロウス曰く、勇者ルーンフォース二世の力は妾に通用しないのだと」

「そんなことないと思うけど。君の力は僕に通用しないねえ」


 キルギリアはルンを上から下まで眺める。

 今のルンは十三、十四歳ぐらいの少女に見える。サイズが合っていない傷だらけの不格好な鎧をまとい、少年のような顔つき。

 キルギリアはため息をついた。殺気が失せていく。

「勇者の童よ、妾は美しさの勝負にまかりこしたのである。美に縁遠いお前とは戦えないのである」


「なに言ってんのさ、続けようよ!」

「美しくない戦いを続けるならば妾は帰る」


 ルンはがっかりした顔になった。彼女はまるで美しさに興味がない。

「遊んでくれないのかあ」

「お前は大魔王を倒しに来たのではないか。上に行くがいい」


「そっか! そうだよね」

 ルンはぱっと気持ちを切り替えたようだった。

 ちらりとハインツを見る。ハインツはまだキルギリアの術中にあって自由に動けない。

 にやりとしてルンは部屋の奥にある次の扉に向かう。

 キルギリアはルンを素通しさせる。


「じゃあね! ハインツがんばって!」

 ルンは言い残すと、扉を開けてあっさりその先に消えていった。


「待て、ルン殿! ……やられた、チャンスと見て逃げたか」

 ハインツが歯ぎしりする。


「まずいのじゃ、ルンを自由にさせてはどんなことになるか……」

 だがヴァールの前にはキルギリアが立ちはだかっている。


「余とハインツも先に行きたいのじゃがな」

「かような小童では不足とはいえ、魔王ヴァールを名乗る以上は妾と勝負するのである」


「キルギリアよ、汝はその美しさの勝負とやらに勝ってどうするつもりなのじゃ」

 ヴァールが問う。


 キルギリアは口角を上げて牙をのぞかせた。

「ヴァールの名を妾がいただく。そして妾の美しさが世界一であることを世に知らしめ、魔族をことごとく妾の虜にし、人間は妾の贄とするのである」

「言うたな。では負けたらどうするのじゃ」


「負けることなどありえないのである。そんなことがあれば天地がひっくり返るというもの。しかし、そうであるな、負ければお前に一族が仕えるのである」

「契約かや」

「契約である」


「どうやって勝ち負けを決めるのじゃ」

 ヴァールの問いに、キルギリアはハインツを見た。


「この男に選ばせる。ふふふ、お前に有利な条件であるぞ」

「ふむ…… いいであろ」


 そのハインツは今でさえ強烈な誘惑を受けて喘いでいる。

 膝を床につき、キルギリアに近づきたい気持ちに抵抗しているが、その目をキルギリアから外すことができない。


「それぞれが美を表し、この男を惹きつけた方が勝ちである」

「では勝負じゃ!」



◆新魔王城三階 階段入口


 入口に待機していた女神官アンジェラは新四天王たちを呼び寄せていた。

「そこにあった暗黒洞の結界が壊れた後、新しいのがもっと先に出現したんです。そしてそこに復元したのは普通の結界でしたの。つまり…… 暗黒洞は一か所にしか張ることができないんじゃないかしら」


 龍人ズメイが頷く。

「考えられることですな。暗黒洞は魔力の消費が激しい」


「それと私がそこにいる間は結界が出現しませんでしたの。いなくなったらすぐに出てきたんです」

 アンジェラの説明に忍者クスミが閃いた顔をする。

「そうだ! 三階を人で埋め尽くせば結界は出てこなくなると思うです!」


 巫女イスカは微笑んだ。

「人を手配しましょう。どれぐらい必要でしょうか」


 小さなクグツのビルダがイスカの肩上で答える。

「二十かける二十の四百人だナ」


 ズメイが結界に手を当てて構造を読み取り始める。

「では、まずこの一つ目を壊すといたしましょう」

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