第104話 新魔王城 三階 その一

◆新魔王城 六階 大広間


 新魔王城の大広間ではエイダとサスケ、ネクロウスがテーブルについている。エイダの背後にはボーボーノが控えていた。


 エイダは大魔王エリカに扮した姿、胸元が大きく開いた薄手の黒い服をまとっており肩パッドには棘が付いている。

 大四天王の一人、忍王サスケは灰色の忍び装束。

 大四天王のもう一人、ネクロウスは全身甲冑姿だが中身は入っていない。甲冑は生体部品で形作られており、ネクロウス自身を宿しているのだ。


 テーブル上には映像が投影されている。

 魔王ヴァールが勇者ルンの手を引いて城内に連れていく映像だ。

 それを見つめているエイダの目の色が変わっていく。


「勇者ルン! ヴァール様と手をつなぐなんて許せない! あ、撮像具を切り替えます。この角度のヴァール様も最高にかわいらしくて。そこ、離れなさいルン! ああ、城内に入って見えなくなった!」


「そこで話しても声は届かんぞ」

 冷たく言い放つのはサスケ。


「そういう問題じゃないんです!」

「どういう問題だか知らんが、ルーンフォース二世を呼べといったのはエイダ、お前だろう」


「ルンは来なきゃいけませんが、ヴァール様は来ちゃいけないんです! あんなに言ったのに」

 エイダがテーブルを叩くや、分厚い板にびしりと割れ目が生じた。

「このテーブル、不良品ですね。男爵の安物買いかな」

 エイダの言葉に後ろのボーボーノが怪訝そうな顔をする。

「こいつは大理石の一枚板なんでげすが……」


 サスケは眉根を寄せて、軽く腕を振った。煌めく針がエイダの手へと飛ぶ。

「いきなり何をするんですか!」

 エイダの手には針が掴み取られている。


 サスケは怪訝な顔をする。

「針をどうやって止めた」

「飛んで来たんだから、危ないから掴むしかないじゃないですか!」

 エイダは怒っている。

 サスケはさらに眉根を寄せる。

「わしの針は百発百中なのだぞ。まさかお前……」


 そこでネクロウスが不機嫌そうに言う。

「おふざけは止めなさい。人類絶滅の障壁となるルーンフォース二世を滅ぼす時が来たのです」


「ふん、貴様に従うつもりなどないが、ルンは始末せねばな。制御を受け付けない勇者など不要だ」

 サスケは冷たく言い放つ。


「ルンが来たら約束どおりにあたしが戦います!」

 エイダの言葉をネクロウスは鼻で笑った。

「好きになさい。大魔王エリカを倒しに勇者はやってくるのです。我が駒として囮役を務めてみせるがいいでしょう」

「囮じゃないですよ、返り討ちにしてみせますから」

「研究者風情が、勇者がどのような存在か知りもしないくせに」

 ネクロウスはあざ笑い、立ち上がった。


「せいぜいあがいてみせなさい」

 言い残して去ろうとするネクロウスにサスケが声をかける。

「ネクロウスよ、念のためバオウとジュラをエイダに張り付けておけ」

「……構いませんよ。相変わらず心配性なことで」


 ネクロウスが去り、サスケも出ていく。

 残されたエイダはもう誰も映っていない投影映像をしばらく見つめる。

「ボーボーノさん、もっとまともなテーブルと入れ替えておいてもらえますか」

「は、はいでげす!」

 ボーボーノは敬礼するやテーブルを探しに駆け出していった。


 エイダは自室に戻る。

 ヴァリアにあるのと同じような部屋だが飾りも何もなく殺風景だ。

 ただ大きな姿見の鏡が壁にはめ込まれている。

 エイダは厳しい表情を浮かべて姿見の前に立った。

 自身の姿が映る。だが、エイダとは異なる楽しげな表情を浮かべている。


 姿見から声がする。

「ルンがくるんだナ?」

「もうじきね」

「戦わせてくれるんだナ?」

「約束どおりにね」


 姿見に映っているエイダ、いやビルダは笑って白い歯を見せた。

「今度は返り討ちにしてやるヨ」

「倒すのが目的じゃないのよ。調べるの」

「それはエイダの目的だロ。ビルダの目的はルンを倒して能力向上を証明することだからナ」


 そこに扉が開いて、鬼王バオウと龍姫ジュラが入ってきた。

 二人ともネクロウスの操術に支配されていて、目には意志の光が無い。

 ネクロウスから命じられたとおり、エイダを囲んで監視し始める。

 

 エイダは鏡の中と話すのを止め、扉を閉めてからバオウとジュラに向き直る。

 エイダは両腕をそれぞれバオウとジュラに向けた。

 手の先からは魔法陣が生じる。


蘇生リストレーション

 魔法陣がバオウとジュラの体内にめり込んでいく。二人の身体から熱気が立ち昇る。


 まずバオウの目に意志の光が灯った。

 蘇生の魔法が一時的に操術を停止したのだ。

「……エイダさん。いよいよですか」

「はい、ルンが来ました」


 次いでジュラの目にも輝きが現れる。

「ここは!? あ、そっか、まだあたいは捕まってんのか。いい加減になんとかしてよ! もう我慢できないったら!」

 意識を取り戻した途端に、ジュラは殺気だってぐるぐる歩き出す。

「やっぱりネクロウスをぶっ殺そう。その方が早いじゃん」

「早くないです。蘇生の魔法は少ししか持たないんです。お話ししたように、操術を解くための作戦を始めますから」


 エイダは一呼吸を置いた。

「うまくいったら、あたしが乗っ取られます。そしたらすぐにやっつけてください」



◆新魔王城 三階


 新魔王城の二階まではヴァールの支配下にある。だが三階は違う。

 三階に上がってきたヴァール、勇者ルン、聖騎士指揮官ハインツと女神官アンジェラだが、先に進もうにも通路が漆黒の壁で塞がれている。暗黒洞による絶対の結界だ。

 ズメイ曰く、この超重力で構成された結界は解除するのに数年を要し、破壊するにはあまりにも莫大な魔力が必要。


 ルンはその絶対結界を前にして、立ち止まりすらしなかった。

「この先に大魔王がいるんだね」

 なんでもないかのように歩いていくルンの身体が暗黒洞の結界に接触するや、漆黒はたちまち消え去った。

 その先の通路が現れる。通路の奥にはまた漆黒の壁があった。

 ルンはそのまま歩き続ける。


「ううむ、やはり魔力で生成された結界であれば、如何に強力であれルンの魔力喰らいには通用しないのじゃな」

 自身が魔力の塊である魔王ヴァールはぞっとしない口調だ。


「ヴァール殿、追いましょう」

「うむ。行くぞよ。アンジェラはそこで様子見を頼むのじゃ」

「かしこまりました」


 ヴァールとハインツはルンを追って先に進み、アンジェラはその場に留まって結界の様子を観察する。


 暗黒洞の結界が消えた場所にアンジェラは立ってしばらく経過を見る。特に変化はない。

「やっぱり何事も起きないかしら。次は……」


 ヴァールから事前に受けていた指示に従って、アンジェラは三階入り口の方に戻る。

 すると暗黒洞結界があった場所に結界の壁が出現した。ただし半透明の通常結界だ。

 通路の奥を覗くと、向こうには暗黒洞の結界が見える。ルンが壊して通り過ぎた後に復元したらしい。

 だがそれもしばらくすると半透明の結界に変わった。さらにその奥には漆黒の壁らしきものが見える。


「これって、つまりそういうことかしら。だったら!」

 閃いたアンジェラは両手を打った。



 通路をどんどん進んでいくルンの先には、落とし穴や天井落としの罠、棘の罠など、各種の罠が仕掛けられていた。

 だがいずれも魔道具の仕掛けであったため、ルンが近づくだけで機能解除されていく。ヴァールとハインツはその後をついていくだけで済んだ。


 ルンがまた暗黒洞結界を消し去ると、今度は罠ではなく扉が現れた。

 ためらうことなくルンが扉を開く。

 その奥からは冷気が漏れだしてきた。

 ただの冷気ではない。命を吸い取られてしまいそうな冷たさだ。


 扉の先には広い祭壇のような場所があった。

 床には数々の召喚魔法陣ポップサークルが描かれている。


「ここは魔法実験場じゃな。む、あれはなんじゃ?」


 ひと際大きなポップサークルが発動していた。

 通常のポップサークルとは紋様が逆だ。

 中心には空間の揺らぎが生じており、冷気はそこから流れてきている。


 空間の揺らぎがひときわ大きくなる。

 ヴァールが叫ぶ。

「来るぞよ! 気を付けるのじゃ! 仮身の魔物ではない、実身の魔族が召喚されておる! それも上位じゃ!」


 空間の揺らぎが極大に達して異界の穴が開く。凄まじい勢いで冷気があふれ出してくる。

 普通の人間であれば冷気を浴びただけで生命を吸われて屍と化してしまうだろう。

 冷気は濁り固まっていき、頭を、手を、腕を、足を、胴を、胸を形どった。

 それは宙にぼんやりと浮かぶ蒼白い裸女に見える。

 人間でないことは誰の目にも明白だった。あまりにも禍々しい存在であったから。


 強大な魔族の中には自らの魔力で異界を創造し、そこに住まう者がいる。

 通常のポップサークルで召喚される仮初の魔物とはまさしく次元の異なる存在だ。

 中でもここに召喚されているのは上位魔族。


 蒼白い裸女は身をよじりながらひとしきり空中を舞い、そして虚ろな目でルンたちを見た。

 陰々とした声が響く。

「冥王ネクロウスの頼みによりてまかりこした。妾はキルギリア、吸血鬼の王である」


「僕はルン、勇者さ!」

 ルンはいきなりキルギリアに殴りかかる。

 だがキルギリアの身体は霧散して手ごたえがない。


 キルギリアは宙を踊るように一礼してみせる。

「ほう、魔力喰らいであるか。珍らかなる力、しかし無駄である」


 キルギリアの発する冷気が白い霧となり、部屋に広がり始める。


「ヴァール殿、後ろへ!」

 ハインツは剣を抜き、盾を構えてヴァールを守る。

 だが霧はルン、ヴァール、ハインツを包んでいく。


 ハインツに触れた霧が生き物のように脈動し、赤く染まる。

「ぬうっ、力が抜かれていく!?」

 ハインツがうめく。

 まるで霧から血を吸われているかのようだ。


「妾は生命をいただく。人間よ、妾の晩餐となるがいい」

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