第103話 戯れ

 ルンが軌道上から動かした星屑は無数の散弾となって星に落ちた。

 膨大な運動エネルギーが光と熱と衝撃波となって大気圏を荒れ狂い、生じた雲が大陸北部を覆った。

 世界滅亡のごとき光景だ。


 その雲が稲光を発しながら渦を巻いて収縮し、一点に吸い込まれる。

 中心にいたのはヴァールだ。


 ノルトンからそびえ立つ世界樹、その天辺にヴァールは立っている。

 世界樹は数千メルもの高さに達し、この星で最も高い存在となっている。

 世界樹は黄金に輝き、枝葉にはまるで花々のように魔法陣が輝く。


 世界樹の天辺からは全方位に強力な防御結界が広がっていた。

 結界はノルトンを覆い、北辺の森を覆い、山脈を、平野を、都を、海を守っている。

 世界全体を包む魔法史上最大の結界だった。

 結界は星屑に激しく撃たれて赤熱していたが、攻撃による熱もガスも大地まで届かせはしていない。


 魔王ヴァールはルンをにらむ。

「先の戦いで星屑を落とされかけてから、ずっと対策を考えておったのじゃ。力で逆らうか? 難しいじゃろう。魔法で焼き尽くすか? そのための熱量が星をも焼いてしまう。ならば受け止めるしかあるまいて」


 ヴァールの手には世界樹の枝が一本掴まれている。

「問題は星の全てを結界で覆うための魔力じゃったが…… この樹は余の杖じゃ。杖の力で星屑自体の運動力を結界の魔力に変換させてもろうた」


 ルンは感心して聞いている。

「へええ、すごいね! これってさ、世界樹じゃないの?魔法使いの杖って世界樹が元なんだったよね。杖のご先祖様ってこんなに大きかったのかあ! でもどうしてそんなことができるわけ?」


「魔法使いの杖とは力の変換器なのじゃ。そもそも世界樹とはかつて星の環と対であったという伝説の魔道具じゃ。星神の力を魔力に変えて世界を満たすのに使われたと言われておる。この杖をもってすれば運動力を魔力に転換して結界に注ぎ込むことも可能と計算をして……」


 ヴァールは眉根を寄せる。

「余が言いたいのは、もう汝の星屑落としは封じたということじゃ。いくら落としても受け止めてみせるぞよ。じゃからもう止めよ」


 ルンはふわりと飛んでヴァールの目前まで近づく。

「もう星罰には飽きちゃったかな?」


 そしてヴァールに手を差し出した。

「僕は面白かったよ。次はもっと上手くやるからさ、また遊ぼうよ!」


 ヴァールは怒りに任せ、平手でルンの手を弾いた。

「分からぬのかや! 上手くいったら余も誰もこの世には残らぬ! 二度と遊べぬのじゃぞ!」


 続いてルンの頬を張り飛ばそうと手を振り上げる。


「分かっている。僕は聖女神アトポシスの勇者、あらゆる魔力を回収するのが役目、そのための活動は無制限。必要とあらば友を殺し仲間を討ち家族を滅ぼす」

「ルン?」


 ルンの目はいつもの陽気な輝きを失い、暗い穴のようだった。

「役目を完了するまでは決してアトポシスから解放されない。嫌だ、もう殺したくない、痛い、辛い、苦しい。だから早く殺す。殺し尽くす。そしたら解放される。殺す、殺す、殺す!」


 ルンは腰に提げた剣を抜きかけ、しかし自らの動きを押しとどめようとして、手を震わせる。

「嫌だ!」

 叫ぶや、ルンは剣を投げ捨てた。

 剣は下へと落ちていき、枝葉にぶつかって跳ね、途中で世界樹に刺さって止まる。


 ヴァールの脳裏に、勇者エリカの自死した光景がありありと蘇る。


「ヴァール、僕らは友達だよね。だから助けてくれるでしょ。だから殺していいよね」

 ルンは異様に虚ろな声で語る。

 その顔は苦痛に歪んでいる。


 ヴァールは悟った。

 好き勝手やってきたように見えたルンは、これでも力の限り殺戮を抑えてきたのだ。

 思えばヴァールを襲う機会はいくらでもあったはずだ。

 その力を振るってヴァリアの魔族を虐殺することも容易であったはず。


 ヴァールは振り上げていた手を降ろし、ルンの手をとった。冷えきった手だ。

「ルンよ、きっとエイダが助けてくれる。会いに行くがよい」


 ルンは歪んだ笑いを浮かべた。

「エイダを殺せばいいんだね?」



 新魔王城の庭にヴァールとルンは降り立った。

 そこに新四天王たち、イスカ、クスミ、ズメイ、ビルダが待っていた。

 天変地異級の何かが起きて、それを鎮めたのがヴァールらしいことを彼女たちは察している。


「お帰りなさいませ、ヴァール様」

 巫女イスカが微笑む。

 ビルダはルンを見た途端に攻撃をかけようとしたが、小さな身体をイスカに掴まれてジタバタする。


 忍者クスミが空を見上げて、

「さっき空がいきなり真っ暗になりました。今は夕焼けみたいに赤いです。神樹はぴかぴか金色になっています。騒いでいる皆にはどう説明すればいいですか?」


「僕らがちょっと遊んでたのさ」

 ルンが面白そうに言う。

 さきほどまでの異様な雰囲気は消え失せている。


「すまぬな、新しい結界の魔法を試していたのじゃ。皆が心配するようなことはないと伝えてくれまいか」

 ヴァールが申し訳なさそうに説明する。


「はい? 結界ですか?」

「クスミ、皆さんには祭りのために空を彩る結界魔法だと説明しておいて」

「分かりましたです」

 イスカがクスミに命じ、クスミは城内に向かった。

 

 龍人ズメイは目を細めて、

「極大規模の魔法をお使いになられたようですが、御身体には障りがない御様子。新たな術式を構築なされましたかな」

「成功じゃ。いつまでも魔力切れで倒れてはおれぬからの」

「それはようございました」


「ねえねえ、早く大魔王をやっつけに行こうよ!」

 ルンがヴァールの手を引く。

「この城にいるんだね? やっぱり城ごと壊すのが早いかな」


 そこに城からの出迎えがやってきた。聖騎士指揮官のハインツと女神官のアンジェラだ。

 ハインツはルンの姿を見て露骨に嫌そうな顔をしながら礼をする。

「これは勇者ルン殿、ようこそノルトンへ。幸いなことに、ここにはあなたの任務はございません。どうぞここは直ちにお引き取りください」


 ルンも嫌そうな顔になる。

 互いに苦手そうだ


「でもサース君に呼ばれたし」

 ルンの答にハインツは顔色を変える。


「なんですと!? 枢機卿は音信不通なのですがーー そういうことでしたら仕方ありません、報告書を作ってください」

「いいよ、めんどくさいし」

 城へと向かおうとするルンにハインツは立ちふさがる。

「任務を行うには手順というものがあります。どうぞこちらへ」


「書類作りには寺院がいいんじゃないかしら」

 アンジェラがルンの手を掴んで、寺院の方に連れて行こうとする。


「すまぬがルンには今からやってほしいことがあるのじゃ」

 ヴァールが言うと、ルンはほっとした顔になった。


ハインツとアンジェラは姿勢を正した。

「では、我々は付き添わせていただきます」

「勇者様をお手伝いさせていただくかしら」

「うむ、頼むのじゃ」


 ルンは口をへの字にして、

「えええ、要らないよおお」

「遊び場に連れて行ってあげるのじゃ、おとなしく来るがよい」

「でもさあ」

 不満げなルンの手を、アンジェラに代わってヴァールが握る。

「こちらじゃぞ」

 城を外から壊す案にまだ未練がありそうなルンを、ヴァールは城内へと引っ張っていく。


 その様子は各所に設置されている撮像具によって捉えられ、新魔王城六階のエイダたちへと送られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る