第102話 直撃

 はるか上空、衛星軌道。

 勇者ルンは魔王ヴァールを抱きしめて虚空を飛ぶ。

 二人を取り囲む空気の塊はルンが保持している。


 軌道を周回していた巨大な星屑はルンによって減速、落下コースに入っていた。


「もっと減速してっと、これぐらいでいいかな」

 ルンは眼下に広がる大陸を眺める。

 その目は大陸北部を照準している。


「よおし、少しずれててもまとめて吹き飛ぶでしょ」

 にかっと白い歯を見せるルンに、ヴァールはかっとなった。

「ふざけるでない! どれほど死ぬと思ってるのじゃ!」

 

 ルンは首を傾げて、

「北に住んでる分はだいたい始末できるんじゃないかな」


 ヴァールは会話の無駄を悟る。はなからルンは虐殺するつもりなのだ。

 このまま星屑が落下すれば、直撃する北部大陸はもとより大陸中に衝撃の被害が及び、さらに大気を汚して星全体から光を奪いかねない。

 あらゆる手を尽くして阻止せねば。


 そしてルンが狙っている肝心の新魔王城は封印結界で守られている。星屑の直撃にすら耐えるかもしれない。この攻撃は無駄ということだ。

 でもそれをルンが知ればもっとたくさんの星屑を落とそうとするか、他の手を使おうとするだろう。

 この攻撃だけでなく、次の攻撃も阻止せねばならないのだ。


 しかしヴァールは今、ルンの両腕に捕らえられていて身動きもとれない有様だった。


「ぐぬぬぬ!」

 ヴァールは腕をよじってルンの腋に手を伸ばした。やにわにくすぐる。


「え、ちょっと、ぶはははは! くすぐったいってば! ヴァールってばさ!」

 ルンは身もだえして腕の力を緩ませる。

 ヴァールはするりと抜け出た。

 風を起こしてルンから離れる。


 ルンが保持している空気の塊から出ると、ヴァールは小さな結界で自身を包んだ。

 眼下には大陸北部へと向かう巨大な星屑。大気圏に突入して先端が赤熱し始めている。


「断熱圧縮かや。危なくてかなわぬ。しかし近づくしかなさそうじゃ」

 ヴァールは自分の前方に魔法陣を生成する。

「この真空では風も焔も使えぬ…… さすれば」

 目に見えない重力波が魔法陣から発されて空間を歪ませ、真空に浮かぶヴァールを推進させる。


 ヴァールは星屑に接近する。

 間近に見るそれは赤熱した岩塊だ。

 いったん追い抜いてから寄っていき、先端の岩肌に接した。

 大気と岩塊がぶつかるそこは熱と風が荒れ狂っている。

 ヴァールを包む小さな結界は風に殴りつけられ、激しい振動に振り回される。

 結界は不安定に揺らめいて今にも消し飛びそうだ。


「結界よ、なんとか持ちこたえよ。今そちらに回す余裕はないのじゃ!」

 ヴァールは岩塊の前方に魔法陣を生成する。 魔法陣は大きくなっていき、遂には三百メルにも及ぶ岩塊に匹敵するまで拡大した。


 魔法陣から重力波の放射が始まる。

 岩塊は前方に引きずられて加速し出す。


「元の高さに戻すつもりだね、ヴァール! よおし勝負だ!」

 ルンは楽しげだ。

 ヴァールとは反対側、岩塊の後方に遷移する。


 巨大な岩塊がみしりと震えた。

 ルンがその力で後ろに引っ張っているのだ。


 ヴァールは前方に引いて加速しようとし、ルンは後方に引いて減速をかけようとする。

 状況はヴァールに不利だった。

 既に大気圏突入している岩塊は大気によっても減速されていく。降下によって大気はますます濃くなり、岩塊により強くブレーキをかける。


 岩塊の表面は高熱で溶けて蒸発し、ガスと化している。

 地上からは燃える火の玉のように見えていることだろう。


 ヴァールは喘ぎながらも重力波を強める。

 いくら呼吸をしても息が楽にならない。

 結界の中の空気が濁っていることに気付く。

 だが結界を外したら高熱のガスにさらされるだけだ。身体が持たない。


 ヴァールは新たに魔法陣を生成して、分子操作の術式を構築した。呼気の二酸化炭素を酸素と炭素に分解する。

 新鮮な酸素を思いっきりヴァールは吸い込んだ。


 岩塊の加速を強めると振動もひどくなる。

 ヴァールとルンの綱引きに岩塊が震えている。

 岩塊の表面にヒビが入り始めた。

 ヒビはみるみる深くなっていく。


「砕けちゃいそうだね! そしたら引き分けかなあ」

 能天気なルンの声が岩塊を震わせ伝わってくる。


 細かく砕けば大気中で燃え尽きないだろうかとヴァールは期待する。

 岩塊への力をさらに増した。

 岩塊の全面に深いヒビが走る。

 激しい熱風に打たれてヒビは急速に深まっていく。


 前方から岩塊の分解が始まった。

 小岩に砕け、風に吹き飛ばされ、熱に焼かれる。

 全体がいくつかの大岩に分かれる。

 岩と岩が激突し、そこから砕けていく。

 赤熱した小岩となって空間に広がる。


 小さな岩の中には粉々になってガスに散るものもあった。

 だが大半は岩のまま落ちていく。

 まるで無数の散弾だ。

 より広範囲を撃つだろう。


「ぬうううっ!」


 散弾と諸共にヴァールは落ちていく。


 ヴァールの目に地上が見えてくる。

 広大な北辺の森。

 その中に築かれた都市。

 森の外を流れる川。

 そのほとりの町。

 漆黒の城。


 時刻は昼。

 ノルトン川は陽の光に明るく煌めいている。

 再建中の家々では住民たちが工事に勤しんでいるのだろう。

 城には仲間たちが、そしてエイダがいる。

 エイダはルンを待っている。


 ヴァールはエイダを信じると決めていた。

 だからルンを連れて行く。

 このあまりに破壊的な状況も覚悟の範囲内だ。

 恐ろしい。またエイダが死んでしまう気がしてならない。

 でも信じるのだ。


 着弾は間近だった。

 

「よおし、行けええええっ!」

 轟音の中、ルンの声が大気を震わせる。


 ヴァールはノルトンの町を見据える。

 そこには雲にまでも至る巨木がそびえ立つ。

 茂る枝葉は町や城の上に広がっている。

 かつて世界樹と呼ばれた樹、ヴァールの杖、魔王笏。


「応えよ、我が杖よ!」

 魔王は叫ぶ。


 最初の星屑が着弾した。

 膨大な運動エネルギーが一瞬で光と熱に変換され、星屑は蒸発。世界を輝かせる。

 次いで超音速の衝撃波が走る。

 着弾が続く。

 巨大な雲が立ち上ろうとしては次の着弾に吹き飛ばされる。

 着弾位置から広がる衝撃波が世界を舐めていく。


 星屑が落ち終わった後、大陸の北部一帯が茶色い雲に覆われていた。


 その上空にルンがいる。

「やったね! 大命中! これで魔力もたくさん回収だ!」


 面白がっている声とは裏腹に、ルンの表情は苦痛に満ちていた。

「あれれ、ヴァール、どこだよ。まさか死んじゃったの? ねえ、そんなんじゃつまらないよ、もっと遊ぼうよ!」


 ゆっくりと晴れ間が広がる。

 茶色い雲は渦を巻いて一点に吸い込まれていく。

 全てが吸い込まれた空の一点にヴァールがいた。

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