第98話 新魔王城 二階 その三

 新魔王城の一階、冒険者ギルド支部からヴァールは二階の冒険者たちに指示を出している。

 広い机の席についているヴァールの前には各種の映像が投影されている。

 その一つは二階の俯瞰図だ。

 ヴァールはそこに映された有様に歯噛みしていた。


 無限に召喚され続けるトロールを抑えるべく、ヴァールは調理場の召喚魔法陣ポップサークルを目指してきた。

 だが冒険者たちの一部が脇道に漏れ、脇道の入口に新たなポップサークルが出現。そこから高レベルの氷斧持ちトロールが召喚されだした。

 脇道の先は行き止まりだ。脇道の冒険者たちは封鎖されてしまった。このままだと湧き続けるトロールに彼らはいずれ擦り潰されてしまう。


 投影映像の一つが、封鎖された冒険者たちを映し出す。

 重剣士たちが大剣でトロールの氷斧と激しく打ち合っている。

 後がない彼らだが、目は死んでいない。

 先頭のトロールを斬り倒して雄たけびを上げる。

「ここは俺たちが引きつけておく! 先に進んでくれ!」


 ヴァールは気付いた。

 彼らは罠にはまったのかもしれない。しかしトロールの多くを引きつける囮になったとも言えるのだ。

 今なら調理場への通路は手薄だ。


 彼らの救援に回すか。

 それとも調理場に突入させるか。

 脇道の冒険者たちは今こそ意気も盛んだがいつまでもは持たないだろう。


 ヴァールは三百年以上前の戦争を思い出す。

 あの頃であれば自身が飛び出して独りで決着していた。

 いや、ついこの間の戦いだってそうだ。あげくに力尽きてしまった。


 ここでヴァールが出れば助けること自体は容易だ。

 けれども二階で魔力を多く消耗することになり、魔力をトロールに与えてしまい、冒険者たちの苦労は水の泡となる。

 四天王たちを送り込んでも同じことだ。

 際立って強い者たちが活動すれば魔力を多く与えてしまう。


 冒険者たちの力とトロールの力を釣り合わせる。

 無限に湧き続けるトロールを抑え込むための必要条件だ。

 

 この作戦に冒険者たちは命を懸けている。

 彼らはヴァールを信じ、自身を信じている。

 だったら自分も信じないでどうするのだ。


「調理場に突入するのじゃ!」

「おおう!」

 ヴァールの決断に応じて主通路の冒険者たちが調理場に突入していく。


 調理場は広い空間に多数の調理台が並んでいる。

 棚には食材や調味料の袋が所狭しと詰め込まれている。


 中央の空きスペースにはポップサークルが配置されていた。

 そこからトロールが召喚されてくる。

 そのトロールはひと際大きい。

 ただ存在するだけで強い凍気が調理場に広がりだす。


 レベル百の大型トロールだ。

 重剣士に匹敵する大きさの氷斧をその手に生成するや冒険者たちに投げつけてくる。

 冒険者は盾で防ぐも、受けた盾が凍りつき始めた。


 冒険者たちは大型トロールを取り巻くように動いていく。

 彼らが一斉攻撃しようとタイミングを計ったときだった。

 新たなポップサークルが周囲に出現する。

 さらにそこから召喚出現してきたのはまたしてもレベル百トロールだ。

 大型トロールを包囲したはずの冒険者たちは逆に包囲されてしまった。


「ぬうううぅ!」

 ヴァールは思わず椅子の上に立った。


 ポップサークルの配置は自在にはできないものだ。

 魔導回路の接続を制御し、魔法陣を遠隔記述し、配置した場所への出現は設定から数時間後である。

 それをこのタイミングで出現させてきたのは、冒険者たちがやってくるよりもずっと前に時間を読み切って設定を済ませておいたからだ。


「やってくれる!」

 ヴァールは確信した。こんなことを仕掛けてくる相手はただ一人、エイダだけだ。


「皆、なんとかしのぐのじゃ!」

 ヴァールは二階の皆へと叫ぶ。


 レベル百の大型トロールは現在五体。

 一体がレベル一トロール二十体分の魔力を使う。

 つまりこの五体で百体分の魔力だ。


 調理場のあちこちに現れた大型トロールを相手にして冒険者たちのフォーメーションは崩れ去り、散り散りとなっている。

 凍気によって俊敏な動きは奪われ、盾も凍りついて床に張り付く。


 そこへさらに大型トロールが召喚されてくる。

 脇道の冒険者たちによって倒されたトロールの分の魔力をこちらに集中してきたのだ。

 六体、七体、増え続ける。


「こちらに賭けたかや。思い切りがいいのじゃ」

 ヴァールの額には汗が浮かぶ。

 遠く離れたエイダと目の前で勝負をしているかのようだ。

 一瞬の油断も許されない。


 冒険者たちはもはや圧倒されている。

 八体、九体、まだ大型トロールは増える。

 立ち直れないところまで圧倒する気だ。


 ヴァールは小さな両拳をぎゅっと握りしめる。


 そして大型トロールは十体になった。

 俯瞰図からは他トロールの光点が消え去った。

 二階の全魔力がこの大型トロール十体に集中している。


 ヴァールは大きく息を吸い込み、そして号令した。

「今じゃ!」


 調理場の全体に散っていた冒険者たちは調理台の魔道具を一斉に発動させた。

 調理台は最大出力、勢いよく噴き出した焔は天井を舐める。

 合わせて冒険者たちは、棚に詰め込まれていた調味料の袋をトロールたちへと投げ飛ばす。

 トロールは氷斧を振るって袋を斬り落とした。袋の中の調味料がまき散らされてトロールにかかる。無論、ダメージはない。


 この城の魔道具は基本的に各階の統御魔力結晶で制御されており、認証された者しか使えない。ただしこの調理場は違う。本来、ここは大勢の召使いが調理を務める場所だ。このため人を問わず調理台の魔道具は使用できる。


 調理台からの焔で調理場の気温が急上昇していく。

 氷の結晶で形成されたトロールの体が解け始める。

 トロールたちは唸り声を上げ、対抗して凍気を強める。

 解けた身体が再凍結していく。白く。硬く。


 トロールたちは動こうとして、しかし分厚い氷と化した身体は動かない。

 彼らの身体には先ほどばらまかれた調味料が付着していた。塩だ。氷に塩がかけられたことで吸熱反応が起こり、トロールの制御を超えて冷却が進んだ結果、トロールたちの身体は単なる氷の塊に再凍結してしまったのだ。


 無理やりに動こうとしたトロールの腕が折れて落ちる。

 それを拾おうとしたトロールは上半身と下半身が真っ二つに割れた。

 氷の塊になって散らばったトロールの身体はそれでも再生しようとして、でたらめな形で凍りついていく。


 トロールたちは生きたまま氷の山に変じた。

 魔力をかかえたままだから、もう新たなトロールが召喚されてくることもない。

 二階の魔物は完全に封じられた。


 冒険者たちは勝利の歓声を上げた。



 一階で観戦していた待機組も喜びの声を上げる。

 ヴァールも椅子の上に立ったままぴょんぴょん跳ねる。

「やった、やったのじゃ!」

 バランスを崩して椅子ごと斃れそうになったところをイスカがひょいと抱きかかえる。


「おめでとうございます、魔王様」

 イスカは満面の笑みだ。


「面白かったのダ。さすがだナ!」

 ビルダもヴァールをほめる。


「皆のおかげなのじゃ!」

 床に降ろされたヴァールは二階への入口へと駆ける。

 ビルダもついていく。


 二階から冒険者たちが凱旋してくる。

 兜を脱いで脇に抱えた彼らの顔は汗や血に塗れている。

 さすがに疲れが見える彼らと行き違うヴァールは、一人一人の手甲を握り、礼を伝える。

 冒険者たちは目を輝かせて喜ぶ。


「魔王様と握手!」

「夢がかなった!」


「ありがとうなのじゃ!」

 ヴァールは飛び跳ねたいほどにうれしかった。実際に飛び跳ねていた。

 三百年前とは違う。

 この前とも違う。

 皆で力を合わせた勝利だ。


 魔物がいなくなった通路を通って最奥部にたどりついたヴァールとビルダは、壁の奥に隠された統御魔力結晶にアクセスする。


「これで地下と一階と二階の統御権を得たんだナ」

 ビルダが作業完了を告げる。


「うむ、着々なのじゃ」

 ヴァールの声は楽しげだった。


 今回の作戦はまるでエイダとゲームで勝負しているかのようだった。

 正直に言って、ヴァールには楽しくてたまらなかった。


 ヴァールの脳裏に、封じていた思い出がよみがえってくる。

 かつて勇者エリカ・ルーンフォースと戦い、力を比べあい、互いを知り、友となった日々。

 あの時と今回はそっくりだった。

 まるでエリカと勝負していたかのように。


「エイダ…… どうしてエリカを名乗るののじゃ」

 ヴァールはつぶやく。

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