第97話 新魔王城 二階 その二

◆新魔王城 一階 冒険者ギルド 会議室


 新魔王城の二階から忍者クスミが戻ってきた。

 威力偵察をしてきたクスミの結果報告を聞こうと、会議室にヴァールや四天王が集まる。

 皆は会議室の丸テーブルを囲んだ。


 忍者装束に身を包んだ細身なクスミは、厳しい任務の疲れを見せることなく元気に話し始める。

「二階で確認できた召喚魔物は高地トロール一種類なのです」


 クスミはトロールの撮像をテーブル上に投影する。

「トロールは単純な作りの魔物です。高地トロールの場合、氷雪系の魔法で雪の身体を制御しているのです。でも単純なだけに壊してもすぐ再召喚されますし、召喚に使われる魔力もわずかなのです。二階では平均して二百体のトロールが活動しているのです」


 ビルダが拳を握り開きしながら、

「そんなに多いとこちらは動きにくいんだナ」

「その通りなのです。トロールは鈍重そうな丸い見た目のわりに動きが速くて、すぐに距離を詰められてしまいます。近くから強力な打撃と冷気攻撃を重ねられると、こちらは組織的な対処が難しくなるのです」


「同じ魔物しか来ないのであれば、属性対策が有効でございましょう。焔系で攻撃すればよろしいかと」

 ズメイが発言する。


 クスミが厳しい顔つきで、

「確かに焔系は比較的効果が大きかったのですが、すぐに再生されてしまうのです。それに、トロールの平均レベルが七十と高くて、苦手属性に対するレジストスキルも発現していましたです。さらに…… 段々とレベルが上がっていってるっぽいのです」


 ヴァールは頷いた。

「そんなことじゃろうと思うておった。冒険者が消費した魔力を高レベルの召喚に回しておるのじゃな。いずれレベル百のトロールも出てくるであろ」


「レベル百の高地トロールは、冷気効果が最大五倍にもなっちゃうです!」

 クスミは二階の寒さを思い出したかのように両腕で自らを抱いた。


「焔系の攻撃も高確率でレジストされるであろうな。これは厄介じゃ」

 そういう魔王の目はきらきらとして楽しそうだ。


「封印結界で覆われた城には外界の熱が伝わらぬ。環境を活かした、単純じゃが効率的な作戦じゃな。であればこちらも小細工は使えぬ。効率で押し切るしかあるまいて。トロールは知性を持たないのが救いじゃ」


 魔王ヴァールは立ち上がった。

「人数と時間で勝負なのじゃ。冒険者たちの力を借りるぞよ」



◆新魔王城 一階 冒険者ギルド支部の間


 二階偵察用の機材が設置された席にヴァールは戻ってきた。

 そこに巫女イスカが冒険者の探索申請書類を次々と運んでくる。

 机に載せられた書類の山をヴァールは確認しててきぱきと裁いていく。


「トロール二体を倒せば報奨を与えることにするのじゃ。それ以上倒しても報奨は増えぬことにする。二階で消費した生命力と魔力は二階の統御魔力結晶に吸収されて、トロール召喚に使われてしまう。冒険者の回転を速くして疲れを抑えるのじゃ」


「報奨はいかがしますか。得るものがないと渡せませんわ」

「男爵の美術品を渡すがよかろ」

「分かりましたわ。悪趣味でしたが価値はありましたから」


 地下一階で発見した美術品類を魔王は接収していた。

 イスカの言うとおりに裸身像や裸婦画、ごてごてした飾りなど悪趣味ではあったが、金をかけて制作された物が多く、それなりの価値はあるとの鑑定結果が出ている。


 条件を聞かされた冒険者たちは喜び勇んで二階へと出かけていく。

 それをヴァールは投影映像で観戦する。


 初期の戦闘では押し寄せてくるトロールの前に冒険者たちは恐慌状態だったが、トロールの特徴も知って、実力を出せるようになってきていた。

 トロール二体を倒せば交替するので疲労も少ない。


 問題は勝利条件だった。

 ヴァールの目的は二階の統御魔力結晶を占拠して権限を奪い、三階に進出することだ。

 そのためには無数のトロールを倒して二階の最奥部までたどりつかねばならない。


 一方、エイダのほうの勝利条件は単純、最奥部までの通路をトロールで埋めて冒険者が通れなくすればいいだけ。


 トロールは倒してもすぐに再召喚される。魔力コストは安く、冒険者たちが使った魔力や生命力があれば十分だ。

 ヴァールとしては、トロールの再生ペースを下げるためにできるだけ冒険者たちの魔法使用や怪我を抑えて戦わせる必要がある。

 

 ヴァールが座っている席の机上に、二階の俯瞰図が映像表示される。クスミが撮像具を配置できた箇所については現地の撮像が合成されている。


 本来、二階はこの城の作業場である。

 調理場や鍛冶場、細工場などが並んでいる。そうした施設場には作業用に大容量の魔導回路が通っており、そこにトロールの召喚魔法陣ポップサークルは配置されているようだった。トロールの動きから見て間違いないだろう。

 ヴァールは作戦を決めていた。


「作戦を開始、目標は調理場じゃ。重剣士は前へ、魔法の使用はできるかぎり控えよ」

 魔導管を通じてヴァールの声は二階まで伝達され、設置された魔道具から拡声される。


 俯瞰図に表示された青い点が動き出す。青い点は冒険者の位置を示している。

 彼らの前方に赤い点がぽつりと映る。冒険者が確認した敵魔物、トロールだ。

 赤い点は瞬く間に増殖し、四方八方の通路が赤く染まる。


「攻撃開始じゃ! 前進せよ!」

 ヴァールの指示を合図に戦闘が一斉開始された。

 机上に投影された映像には、各所での戦闘状況が生々しく映し出される。

 ヴァールだけでなく、待機組の冒険者たちも手に汗握って観戦している。


 トロールの基本戦術は凍気の放射と打撃だ。

 通路を埋め尽くしたトロールの群れが口を開き、そこから白く煌めく凍気が放たれる。

 通路の壁や床は白く凍りついていき、空気までもが凍てつくようだ。

 気温が一気に数十度も低下して、冒険者たちの装備と身体から急速に熱を奪う。

 この北辺の地で活動している冒険者たちは耐寒装備をそろえていたのが幸いだったが、それでも極寒の高山にいるかのような厳しさだ。


 動きが鈍くなった冒険者たちにトロールが襲いかかってくる。

 トロールたちは拳で単純に打撃してくる。人間よりも一回り大きなトロールは力が強く、動きも見た目より俊敏だ。拳には致命的な威力がある。


 前衛の重剣士たちは大型の盾を連ねてトロールの拳撃に対抗する。対龍、対鬼用の魔法がかけられていた盾を流用している。打撃を受けると鬼魔族の神経伝達を妨害するための放電が行われるが、トロールにはほとんど効果がない。

 盾に強烈な打撃を受けては重剣士たちとて後ずさる。


 二階の入口近くにある広間まで冒険者たちは押し戻された。

 攻撃の圧をかけられて、重剣士たちの円陣は狭まっていく。

 トロールたちは横に広がって、包囲攻撃の体だ。



 一階の冒険者ギルド支部で観戦していた待機組は動揺して叫ぶ。

「まとめて凍らされるぞ!」

「逃げるんだ!」


 ギルド支部の椅子に座っているヴァールは、首を大きく上げて投影映像を見つめる。

 小さなヴァールには椅子が低すぎて高さがあっていない。

 そこにクスミが座布団を持ってきた。イスカがヴァールの身体をひょいと持ち上げて、クスミが座布団を椅子の上に載せ、ヴァールがそこに降り立つ。


 ヴァールは号令をかけた。

「かかりおったぞ。後列、投射準備」



 円陣内部に待機していた冒険者たちが弓を構えた。つがえられた矢の先端には矢じりと球があり、球から伸びた導火線からは煙が出ている。

 重剣士たちは膝をついて背を低くする。


「投射!」

 引き絞られた弓のしなりが解放され、弦が一斉に唸る。

 矢は重剣士たちの頭上を越えてトロールの群れに突き刺さる。そして爆裂した。

 激しい音響と焔、そして煙で広間が満たされる。

 広がっていたトロールは互いを壁にできず、余すことなく砕け散った。


 魔法ではなく火薬による攻撃だ。

 火薬であればいくら使用しても魔力を二階の統御魔力結晶に吸収される心配は無い。

 

「すぐに再召喚してくるぞよ、急ぐのじゃ!」

 ヴァールの指示を受けて、冒険者たちは速やかに前進していく。


 通路は一時的に空いている。

 だが各所のポップサークルから急速にトロールが出現しているはずだ。

 急がねばならない。


 早くも調理場への通路にはトロールが投入され始めている。

 だが脇の通路はまだ空いていた。



 一階のヴァールが見つめている俯瞰図に想定外の流れが生じる。

 脇道に冒険者たちが流れていくのだ。空いた通路を確保しておこうとしているのだろう。

 自然な流れのように見えて、しかしヴァールは違和感を覚える。



 脇道の手前、空いた場所にポップサークルが突然現れた。

 そこから大型のトロールが出現する。

 その手には氷の斧が握られている。



「いかん、罠じゃ、脇道に入った者たちが封鎖されるのじゃ!」

 ヴァールは叫んだ。

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