第68話 霊廟

◆ヴァリア市 地下 古代墓所の霊廟


「ふふふふ、良きかな良きかな! ヴァール様の血は極上の魔力、一滴残らずいただかねば」

 どこからともなく響き渡る冥王ネクロウスの声。


 咆哮を轟かせ、鉄製のハンマーを提げてヴァールに迫る鬼王バオウの巨躯。


 そこに飛び出そうとするのをハインツから羽交い絞めにされて、じたばたしながら後退させられるヴァール。


 レイラインは見えない刀を構え、エイダは荷袋から水晶球を取り出して多重結界障壁を準備して、ヴァールを出迎える。


 鬼王から砕かれたズメイを助けに行けないことに、ヴァールはうめく。

「すまぬ……! ズメイ!」


 信じがたいことではあった。

 いくら不意打ちだったとはいえ、ズメイは魔法に長けた龍人。

 ただでさえ頑丈な体を魔法で常に多重防御している。

 それを単なる物理的な力で打ち砕かれた。


 鬼王が鉄槌を振り上げる。


「妻たるヴァールを守るのが夫の役目」

 ふっと笑ってレイラインが前に出る。


「誰がヴァール様の夫ですか!」

 エイダの抗議を背中に受けながら、レイラインは見えない刀を鬼王に向ける。


 迫りくる鬼王が鉄槌をレイラインに振り下ろす。

 レイラインの存在しない刀がきらめく。


 鉄槌の衝撃にレイラインは吹き飛ばされた。受け身をとりながら床を転がる。


「レイ!」

  ヴァールが叫ぶ。

 

 レイラインは立ち上がる。

 額には血が流れている。

「妻からの声援、これほど血をたぎらせることはない!」


 鬼王の鉄槌に縦横斜めの亀裂が走った。

 鉄槌はばらばらの破片になって落ちる。


「御留流、柘榴ざくろ割り」

 レイラインは気障なポーズをとってみせるが、ふらついて膝をつく。


「避けたはずなのだがな」


 鬼王は怒りの咆哮を轟かせる。

 柄だけになった鉄槌を金棒にして振り回す。


「今度はあたしの番」

 エイダが前の床に水晶球をいくつも並べる。

 半透明な魔法の障壁が出現した。


 鬼王は金棒を障壁に叩きつける。

 力を受け止めきれずに水晶球のひとつが砕け散る。


 エイダは荷袋から魔道具を取り出した。

 長い杖に取っ手がついたような形をしている。

 エイダは取っ手を持ち、杖を鬼王に向ける。


 杖の後方部分に魔法陣が生じる。

 その少し前方部分に次の魔法陣が生じ、さらにその次の魔法陣が連なっていく。

 多重の魔法陣が太い筒状になって共鳴する。


「喰らいなさい、あたしの必殺武器、焦熱焔魔砲です!」


 連なる魔法陣が後ろから前まで一瞬で連続発動、魔力を次々に集束増幅させながら杖の最前部まで到達し、そこで熱エネルギーに転換放出。

 赤い熱線が鬼王の胸へと走る。

 鬼王が構えた金棒を飴のように融かす。

 熱線は胸に直撃した。


 鬼王のまとうぼろ布のような服の一点に黒焦げができる。そこから炎上する。

 現れたたくましい胸に赤熱した点が生じる。

 点は赤く輝く円になり、胸全体に拡大していく。


 鬼王は苦し気に吠える。


「バオウ!」

 ヴァールは思わず言葉を漏らしてしまう。


 ヴァールにとって鬼王バオウは親友の一人だった。

 いかつい見た目を恐れられていたバオウだが、その実は心優しく大人しい娘だ。

 鬼魔族の長として戦さの最前線に立つことを求められるバオウは、自分の力で誰かが傷つくことを嫌がり、いつも和平の道を探していた。

 好きな恋物語の話をよく聞かせてくれたものだ。


 そんなバオウが操られて襲ってくるのも、バオウを攻撃するのも、ヴァールにとって耐えがたい苦痛だった。

 どうにもできない自分にヴァールは歯ぎしりする。


「どうですか、現代魔法と古代魔法の複合です! 魔法言語で多重魔法陣を制御して増幅集束するんです!」

 もだえる鬼王に向かってエイダは叫ぶ。

 どちらかといえばヴァールに聞こえるように言っている。


 鬼王の赤熱部分が全身に広がっていく。

 全身が赤く輝く。


「まずい、下がるのじゃ、エイダ!」

「えっ!?」


 鬼王は赤熱する拳を振り上げて、エイダの張った魔法障壁に叩きつける。

 魔法障壁を発生させていた水晶球が全て過負荷になって一斉に砕け散った。


「そんな、多重障壁が一回で?」

「魔力を筋力に転換されてしまったのじゃ」

「ええっ? 意味が分からないです!」


 鬼王が迫ってくる。


「だったら」

 エイダは荷袋から銀色の指輪を取り出した。

 レイラインが持ってきた支配の指輪だ。


 エイダは指輪を自分の指にはめる。

「鬼よ、止まりなさい!」

 鬼王へと命じる。

 鬼王の動きが止まる。


「やった!」


 そこにどこからともなく冥王ネクロウスの声が響き渡る。

「小娘よ、ヴァールを撃ちなさい」


 エイダは魔砲の杖をヴァールに向ける。

「あれ、なんで、身体が勝手に」


 魔砲への魔力充填が始まる。

「え、嫌だ、絶対に嫌です!」


 エイダの意志に反して身体は魔砲をヴァールに照準し、射撃準備を進めていく。


「エイダ、指輪じゃ、それを外すのじゃ!」

「身体を動かせないんです、ヴァール様……!」


 エイダはなんとか身体を取り戻そうとするが指一本も自由にならない。

 魔法陣への充填が完了する。


「撃つのです、小娘よ」

 ネクロウスの声が響く。


 魔法陣の力が一斉に解放された。だが、本来とは逆向きに。

 魔砲は暴発、その場で爆裂する。

 生じた火焔球にエイダは焼かれ、爆風に弾き飛ばされる。


「エイダ!」

 ヴァールはハインツの羽交い絞めを振りほどいて、倒れたエイダに駆け寄る。すばやく指輪を抜き取った。


「我が命令を妨げるとは面白い小娘ですね。ヴァールの次に血を絞ってみるとしましょう」


 鬼王が再び動き出した。


 ズメイは粉砕され、レイラインとエイダは負傷。魔法が通じない鬼を相手に戦闘継続は難しいとハインツは見てとった。

「分が悪い。ヴァール殿、ここはいったん退きましょう」


 怒りをたぎらせているヴァールだが、エイダの怪我を見て苦悶の表情を浮かべる。

 エイダは両腕を火傷して、破片が刺さった胸は血塗れだ。


「……そうするのじゃ」

「いえいえいえいえ、逃げるだなんて、そんなことは許されないのですよ! この音が聞こえないのですか」

 

 ヴァールたちが入ってきた入口の方から地響きのような轟音が響いている。


 その入口から女神官アンジェラが飛び出してきた。

 目ざとくハインツを見つけて、

「ハインツ! 水が流れ込んでくるわよ! 逃げて!」


「何を言ってるんだ、そこが逃げ道だぞ!」

「そこをどうにかしなさいよ!」


 巨大な鬼と負傷者たちにアンジェラは気付く。

「かなりまずい状況かしら」


 ハインツは覚悟を決めた。

「アンジェラ、勇者殿を頼む」


「聖霊翼」

 ハインツの背中に白く眩い翼のような輝きが生じる。


 翼を羽ばたかせて、ハインツは浮上する。

 剣をまっすぐ鬼王へと構える。

「轟突天罰!」


 白い輝きをまとって、ハインツは鬼王へと突撃する。

 鬼王はハインツを殴りつけようとする。ハインツの胸ほどもある巨大な拳だ。

 ハインツはぎりぎりでかわすが、衝撃波を受けて飛行軌道が大きく乱れる。

 かすってもいないのにハインツの鎧はへこんでいた。


 ハインツは血を吐き捨てて、

「時間稼ぎぐらいの役には立たないとな」


 レイラインも力を振り絞り、鬼王に見えない刀を構える。

「俺の力も見せようではないか」


 広間の入口から破裂するような音が響いた。

 黒い濁流が入口から噴き出している。

 みるみるうちに広間に水が広がっていく。


「倒すしか…… ないのかや」

「いえいえいえいえ、倒されるしかないのです」


「どうしてじゃ、ネクロウス!」

「全て何もかも愛しきあなたが悪いのですよ! 我らの! 私の! 夢を、希望を、愛を裏切り、勇者にこだわって封印された! ようやく復活したらそんな雑魚連中と仲間ごっこ! おお、やだやだやだやだ!」


 ヴァールの怒りが沸点を超える。

「もはや、汝を守ることはできぬ」


 増えていく水に浸かりながらも、アンジェラは杖を使って治癒魔法を発動し、エイダの傷を癒していく。

 エイダは意識を失っていて、まだ回復する兆しはない。かなりの重傷だ。


「マントよ、盾よ、来るのじゃ」

 ヴァールの声が響く。

 エイダの荷袋から魔王のマントと魔王の円盾が飛び出す。

 ヴァールはマントを羽織り、円盾は周囲を浮遊する。


「来るのじゃ、ヘクスブリンガー!」

 エイダの荷袋から剣も飛び出した。


 ヴァールの小さな手に剣が収まる。

 剣の重さにふらつくが強く握りしめる。

 鞘から剣を抜き放ち、鬼王へと向けた。


 ハインツとアンジェラが感嘆する。

「おお! 聖剣がとうとう勇者の手に!」

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