第42話 星罰

 巨像の高さは数百メル、ルンは二メルにも及ばない。その差は人と蟻にも等しい。


 だが巨像の拳に捕らえられたルンは笑っていた。

 ルンが身体に力を入れると拳にひびが走っていく。


 石で作られた拳の指が欠けて、そこからルンは抜け出した。

 もう一方の拳が襲ってくるのをかわして跳び、数百メル下の地面に悠々と着地する。


「今度は僕の番さ」

 ルンは構えて虚空を殴る。

 離れた巨像の胸に衝撃が走った。


 ルンが連撃すると、巨像は誰かに殴られてでもいるかのように巨体を揺るがせ後ずさる。


「拳が空間を超えて届くのかや……!」

 ヴァールは揺れる巨像の肩にしがみつく。


 巨像は腕を十字に組んでガードするが、その上からルンの攻撃が叩きつけられてくる。

 腕はひび割れ、砕け、割れていく。


「勇者はねえ、巨人だって龍だって倒す者なのさ。大きければ勇者に勝てると思ってたら大間違いだよ」


 ルンは虚空を殴り続ける。

 よく見れば、その拳の生んだ衝撃波が空間を超え、増幅され、巨大な拳となって巨像に襲いかかっている。


 ヴァールは落ちないよう肩にしがみつきながら、巨像に反撃させる。

 巨像はルンを踏みつけにいくが、その足裏から逆に殴りつけられて大きくバランスを崩す。


 巨像のつま先から太腿にかけて大きなひびが走った。


「これでは動けぬ!」


 静止した巨像をルンは滅多撃ちにする。

 もはや全身がひびだらけだ。


「さあクリアだよ!」

 ルンが渾身のストレートを放つ。

 轟音と共に巨像の胸が陥没し、そこから深い割れ目が全身へと広がっていく。


 遂に巨像は砕け散った。

 離れて観戦している冒険者たちはあまりのスペクタクルな光景に声も出ない。


 地面に無数の石が降り注ぐ。

 その中をヴァールもマントをなびかせながら着地。

 ヴァールよりはるかに大きな石が降ってくるのを魔法防壁で弾き飛ばす。

 大きな石、小さな石が魔法防壁に当たっては音を立てる。


 土煙に包まれた一帯がようやく落ち着いたとき、再びヴァールとルンは間近に対峙していた。


 さすがにルンにも疲労が見える。

「ふう、なかなか面白かったよ。でも、もういいかな。このダンジョンを終わらせよう」


 ヴァールは歯噛みする。

「……どうしてじゃ、皆が集い暮らしておるこの迷宮をなぜ終わらせねばならぬのじゃ」


 ルンはきょとんとする。

「ここを終わらせなきゃ次を遊べないじゃないか」


「……汝はそんなことのために……?」


「まあまあ面白かったけど、魔王も出てこないみたいだし、もういいかなって」


 ヴァールの瞳に蒼い焔が灯った。


「力を合わせてここまで築いてきたのじゃ。戻れておらぬ者たちもまだまだ多いのじゃ。どれだけ苦労をかけてきたと思うのじゃ。なにがもういいかなじゃ」


 蒼く輝く涙がヴァールの頬を滴り落ちる。


「この世界は昔々、聖女神アトポシスのために作られた聖なる遊び場なんだってさ。遊びはね、世界を終わらせ再生する神聖な儀式なんだ。でも異界から現れた古えの魔王たちが魔族を生み出して遊び場をけがし、儀式を邪魔してしまった。だからこの世界はまだ続いてしまってる」


「魔族を穢れというか」


「そうさ。僕は終わりの勇者ルーンフォースの遺志を継ぐ者、ルーンフォース二世。穢れをクリアする」


 ヴァールの長い髪がざわざわと逆立った。赤い髪が蒼く染まって焔のように揺らめく。


「彼女はそのような者ではない!」


 ヴァールは蒼い憤怒に包まれていた。

 空気が凍りつくように冷えて、足元からは氷が広がる。


「僕のほうが詳しいと思うけどねえ」


「……許せぬ。とことんお仕置きじゃ」


 ヴァールを喰らわんと、ルンは手をまっすぐに伸ばす。

 その手にヴァールは拳を叩き込む。


 ルンは苦笑して、ヴァールの小さな拳をその手につかんだ。

「自分から来るなんてね。いただきます!」


 何事も起きない。

 ルンの顔色が変わる。


「なんで魔力を吸えない?」


 ルンはもう一つの手でヴァールをつかもうとする。その手もヴァールの拳が止める。

 二人は四つに組み合う。


 ルンはいったん離れようとして、

「なんで手が離れない?」


 ヴァールが静かに告げる。


「余がただ像を壊させていたと思うてか。あの像は迷宮の石で作られている。迷宮は生命力を吸うように作られている。汝は像を殴ることで力を与えておったのじゃ。その莫大な力をもって余は封印を発動した」


 ヴァールとルンの足元に魔法陣が浮かび上がっていた。

 

「魔法陣なんて魔力を吸収するだけ…… どうして吸収できない? 術式が逆になってる?」


「くくく、力があればあるほどに束縛される逆魔法陣じゃ。負の魔力によって駆動されるゆえ、喰らおうとすれば反対に魔力を与えてしまう絶対封印なのじゃ」


 ヴァールは嘲笑う。

 この効果は折り紙付き、己が三百年かけても自力では出ることが能わなかった封印だ。さんざん研究して仕組みはよく理解している。


 自らを封印していた絶対の結界、それをヴァールは再現しようとしていた。


「ぬううう!」

 ルンはあがくが身動きはとれない。

 封印は広がり、深くなり、完成へと向かう。


「勇者と余、二人分もの力で封じられるのじゃ。もはや解ける者はおらぬじゃろ。共に永く頭を冷やそうではないかや」


「そうは…… させないぞ。この森ごと消してやる。星罰メテオフォール!」

 ルンは空を仰ぎ見る。

 ちかちかと白い光の群れが瞬く。

 光は段々と大きくなり、こちらに近づいてくる。


「なんと! 空間を曲げて衛星群の軌道をずらしているのかや!」

「ちょっと大きすぎたかな。この大陸に大穴が開いちゃうかもね」


「汝も死ぬのじゃぞ」

「かまわないさ。次はもっとうまくやる」


 星罰メテオフォールと絶対封印、二つの極大魔法が進行していく。


 輝く流星群が北辺の森、迷宮街、冒険者たちや迷宮街の住人たちへと迫りくる。

 ある者は恐怖の叫び声を上げ、ある者は逃げ惑う。


 ヴァールとルンを取り囲む絶対封印は猛烈な反魔力を渦巻かせながら次々に術式を自動展開して最終段階へと向かう。


「先に絶対封印するのじゃ!」

「先に落としてやる!」


 ヴァールは急ぐ。

 星罰メテオフォールはルンの空間歪曲によって軌道制御されながらこの地を目指してくる。ルンさえ封印されれば制御を失っていずこかへと飛散していくだろう。


「余は守るのじゃ。エイダを、皆を、この街を。この背に代えても!」

 ヴァールは叫ぶ。

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