第43話 発現
かつて魔王城がそびえていた広場。
砕けた巨像の残骸が散らばる中、ヴァールとルンは組み合ったまま互いの極大魔法を繰り出している。
ルンが放った技は
正確には魔力による魔法ではなく、空間を歪めるルンの力によるものだ。
この星を巡る衛星群に干渉して軌道を変え、迷宮街めがけて落とそうとしている。
命中すれば街はおろか、大陸の一帯が消し飛ぶだろう。
ヴァールがかけている絶対封印の魔法は、いかなる者をも閉じ込めて逃がさない。かつてヴァール自身を閉じ込めていた強力無比な術だ。
魔法陣を次々に自動展開しながら最終形態へと向かっている。
反魔力によって駆動されるので魔力喰らいの勇者にも吸収できない。
対象者の力をもって封印する魔法であり、対象者が強い力を持てば持つほどに封印も強まる。
勇者と魔王の二人を対象にして封印の力も極大化していた。勇者とて逃れることは能わない。
魔王と勇者は己の術に全力をこめる。
周囲の空間は歪み、巨像の残骸である石が浮かび上がって渦を巻く。
絶え間なく雷が鳴り響いて稲光が二人を照らす。
ヴァールはつぶやく。
「エイダ…… 皆…… ごめんなのじゃ……」
そのときだった。
ルンとヴァールを取り巻く荒れ狂う空間に大声が響いた。
「ごめんじゃないです!」
巨石が渦巻く中を進んでくる者がいる。
エイダだった。
魔法防壁を張ってはいるが、巨石が次々に激突して防壁は危うく煌めいている。
ヴァールは驚きに目を見開いて、
「危ないのじゃ、来るでない!」
「危ないのはヴァール様です! 戦いを止めてください!」
「そうはいかないのじゃ! ここで奴を止めねば」
そこに別の声が響く。
「勇者ルン殿、ここは退いてください!」
聖騎士指揮官ハインツだ。
王都から帰ってきたところに報せを受けて急ぎ駆けつけてきた。
飛来する石の礫を盾で受け止めながらハインツはなんとか接近してくる。
ルンはハインツに冷たく返す。
「遂にクライマックスなんだ、退けないね」
「まだ大魔王も出てきていないのですよ! まだクライマックスではありません!」
「それはそうだけどさ、もういいかなって」
ハインツの盾に彼よりも大きな石がぶつかる。
全身で支えてなんとか石を受け流す。
ルンとヴァールがいる中央はより激しく渦巻いている。
ハインツは中央を向いて暴風の中で
「何卒、何卒、お退きください!」
ハインツに続いて、暴風の渦巻を聖騎士たちが進んでくる。
彼らに守られて、苦虫をかみつぶしたような顔の神官アンジェラもいる。
聖騎士は続々と膝く。
アンジェラもその中に膝いて、暴風の中で声を張り上げる。
「勇者ルーンフォース二世卿、東ウルスラ王国から急ぎ救援の要請が来ていますわ! 龍王が侵攻してきましたの! ここよりもきっと面白いですわよ!!」
「龍王だって?」
ルンは食いついた。目を輝かせる。
「伝説の龍王がとうとう姿を現したのかい!」
一方、エイダは暴風の中を一歩一歩着実に進んでとうとうヴァールの元までたどり着いていた。
ルンと組み合っているヴァールを、エイダは背中から抱きかかえる。
エイダの魔法防壁は解除されている。
荒れ狂う反魔力の火花がエイダの身体を痛めつける。
「離れよ、エイダまで封印されてしまうのじゃ!」
ヴァールは悲鳴のように叫ぶ。
「だったら封印を止めてください!」
「もう止まらぬのじゃ!」
「止めてみせます!」
エイダはヴァールの身体を引っ張ってルンから引きはがそうとする。
それに気付いたハインツもまたルンを後ろから抱きかかえて引っ張る。
「手伝いますわ!」
「クスミもやるです!」
渦巻を抜けてきたイスカとクスミはエイダに後ろから抱きついて引っ張る。
「全く退屈しないことですな」
彼女らに向かって飛来する巨石をズメイがつかみ取る。
「ギルマスちゃんを救え!」
「ギルマスちゃんのために!」
ルンとヴァールの引っ張り合いに冒険者たちが続々と参加する。
ヴァールとルンの手はわずかに離れた。
しかし絶対封印の強い力が互いをまた近づけようとする。
エイダはヴァールを後ろからしっかりと抱きしめ、絶対封印の力に抵抗する。その身体を反魔力による放電が激しく鞭打つ。
「エイダ、離れるのじゃ! この封印はもう止まらぬ!」
「止めてみせます! この封印に世界一詳しいのはあたしです!」
エイダの両手から魔法陣が生じた。絶対封印の魔法陣とそっくり反対の構成をしている。
「できた……! あたしにだって……! あたしがやらなきゃ!」
エイダの魔法陣が絶対封印の魔法陣を打ち消し始める。
「エイダ、魔法陣を発現したのかや!」
絶対封印の力が弱まり、ルンとヴァールの距離が開いていく。
魔法陣の自動展開が止まる。
反魔力も流れなくなる。
渦巻も弱まっていき、やがて静まった。
「よかった…… です……」
力尽きて倒れ込むエイダをイスカやクスミたちが支える。
絶対封印の魔法は消失していた。
ヴァールは振り返り、エイダを愛おしげに抱きしめ、無事をよく確認してから、ルンの方をまた向いた。
聖騎士たちに取り囲まれたルンはいつもの少女姿に戻っていた。白銀の鎧も失せている。
ルンが仰ぎ見る空には遠ざかっていく星の群れ。
ルンはまるでいつも通りのように、
「東にあの龍王が出たんだってさ。ここより面白そうだから行くよ」
ヴァールもいつも通りな様子で、
「竜王は強いぞよ。きつくお仕置きされるがよいのじゃ」
「どうやっつけるかワクワクするね」
ルンはそう言って去ろうとしかけたが、ふと思い出したように、
「そうそう、君は合格さ。晴れて名乗るがいいよ、勇者ヴァール」
「なんじゃと!?」
「じゃあね。いずれこの指輪にかけて僕のお願いを聞いてもらう日が楽しみさ。共に世界をクリアしよう」
瓦礫の中をすたすたとルンは去っていき、聖騎士たちが慌ててついていく。
アンジェラが苦い顔をしてヴァールに言う。
「ヴァールさんを勇者に推薦しましたら、勇者ルンが自ら試験をすると言い出して、それがサース枢機卿にも認められてしまったのですわ。急いで戻ってきたらこの大騒動、まったくもう!」
ハインツはヴァールに剣礼をして、
「おめでとうございます。これで正式にヴァール殿は勇者と認められました。終わりの勇者ルーンフォース二世に続く、聖教団二人目の勇者となります」
ヴァールはため息をついて、
「これが試験だったと言うのかや」
「申し訳ありません…… 勇者ルンはいつも暴走するのです」
「それにしても、この余が勇者かや。そうじゃな、ルンが終わりの勇者であれば…… 余は始める者でありたい」
「ははっ! 始まりの勇者ヴァール殿として勇者降臨のおふれを出します」
ここに史上初の魔王にして勇者が誕生したのであった。
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