第39話 吸収
壁を壊されて広場と化した地下五階、その中央。
ついさきほどまで十二歳ぐらいの少女姿であったルン。
今やそのポニーテイルに結ばれていた黒髪はほどけ、白銀に輝く長髪が緩やかにカールして膝まで伸びている。
その肢体は完璧なる調和のとれたプロポーションを持ち、顔も完全に均整がとれていた。あたかも神殿に飾られた女神像のようだ。ぶかぶかだった鎧もちょうどよいサイズになっている。
一切の隙がない美と威に空気が張り詰める。
「なんと神々しい……!」
ズメイが感嘆する。
「まさか……」
イスカは慄いている。
「遂に……」
刀を構えるクスミは後ずさりたくなるのを懸命にこらえている。
ビルダは震えている。
魔力を一切使わずに姿を変えてみせたルンが何者なのか理解できない。
そしてヴァールは憤っていた。
「背が伸びるなんてずるいのじゃ!」
ルンはヴァールのほうを向いた。
白銀の髪がなびく様は芸術の極み。
真珠のような瞳でヴァールを見つめる。
ルンの美しい唇から鈴の鳴るような声が威圧的に放たれる。
「僕は小さい姿のほうが好きなんだけどな。遊びやすくてさ。この姿をとったら、もう終わらせなきゃいけない」
ビルダがいきり立つ。
「こっち向け、勝負の続きダ」
「ああ、いつでもいいよ」
ルンはビルダを見ることもなく言う。
ビルダは前触れなく蹴った。
鋭い蹴りがルンに突き刺さった、はずだった。
だがルンの位置はいきなり跳んでいる。
「オモシロい! 止まったまま動くカ!」
ビルダは連撃し、ルンは動く素振りすら見せずに避ける。
その様にクスミは呆然としている。
「動かざるもの動く。格闘を極めた達人の境地なのです!」
素人としか思えない戦いぶりだったルンが、姿を変えるや達人のような動きを見せている。
「大人の姿と子どもの姿、時を操るとでもいうのでしょうかな。魔力を全く感じないのは解せませんが」
ズメイは冷静に分析する。
ヴァールは眉根を寄せて、
「魔法とは世界を構成する諸元素の極めて複雑な構成原理を理解し、その本質を情報によって制御する技術じゃ。しかしルンのあれは技術を飛び越えておる。そう、あれはまるで……」
目にも止まらないビルダの手刀がルンに迫る。
ルンは踊るように腕を回した。
二人がすれ違った後に飛んだのはビルダの右腕だった。
肩から斬り飛ばされて天井までぶつかり、床に落ちる。
「遅すぎるよ」
ルンは呆れてみせる。
「軽量化できたネ」
ビルダは精悍に微笑み、ひるまず攻撃を続ける。
ルンは軽やかなステップを踏んでビルダを迎撃、その体を削り取っていく。
エイダは固唾を飲む。
これほど激しく動いていては、そろそろビルダの魔力は尽きてしまうはずだ。
「ビルダ! もう」
「これはアタシの勝負だヨ。余計なお世話はいらないネ」
ビルダはにべなく拒絶する。あくまでも一対一で戦うつもりのようだ。
「僕は相手が何人でもかまわないよ。全員クリアしてあげる」
ルンは言い放つ。
「なんとか魔力の補充だけでも」
ビルダの心意気はわかるものの、このままでは動けなくなって終わる。それはビルダも不本意だろう。
「ヴァール様、防壁を解除してほしいんです」
「どうするつもりじゃ」
「あそこまで行ければなんとかなります」
ヴァールはエイダの指さす先を見て、
「一緒に行くのじゃ」
防壁ごと皆で進む。
地下五階は激しい戦闘で生じるカマイタチや飛び散るビルダの破片で破壊的な空間となっている。
襲いかかってくる危険を防壁が音を立てて弾く。
「気を付けよ。一瞬だけ解除するぞよ」
ヴァールが合図をするや防壁が消えた。
静かだった空間に激しい戦闘音が満ちる。
落ちていたビルダの右腕をすばやくズメイが拾う。
高速で飛来してきた破片をクスミが刀で食い止める。鋭い金属音。
ヴァールが防壁を再開。
戦闘音が消えて、刀の鳴る音だけが残る。
ズメイはビルダの右腕をエイダに渡した。
「ありがとうございます!」
ビルダの右腕をエイダは自分の額に当てて魔力を注ぎ込む。
魔力充填完了した右腕をヴァールが受け取った。
「行くぞよ!」
ヴァールは防壁を解除すると共に風を発生させて右腕を乗せ、また防壁を再開。
ビルダの右腕は風に乗って本体の元へと飛んだ。
飛び上がったビルダは右腕をキャッチ。
その右腕から大量の魔力がビルダの体へと流れ込んでくる。
「これで最高の攻撃を打てるヨ」
ビルダはにやりとした。
エイダは直感する。
最高、すなわち最後の攻撃なのだと。
ビルダは回転し始める。
その速度は上がり続ける。
周囲の空気は切り裂かれて真空を生じる。
やおらにビルダは自らの首を斬り飛ばした。
首は天井へと舞う。
その両目は高所から確かにルンの位置を捉えている。
真空になった空間には空気抵抗がない。
より軽量化したビルダのスピン速度は真空中で最高潮に達する。
竜巻と化したビルダが遂にルンへと跳ぶ。
ルンも跳ぶが、ビルダの竜巻は広く速い。
ルンの位置はビルダの首が逃さず捉え続けている。
ビルダの手刀が回転して空間を薙ぐ。
ルンの首筋に届く。
「取ったヨ!」
ビルダが叫ぶ。
ヴァールたちは見た。
ビルダの手刀がルンの首に食い込む様を。
手刀は吸い込まれていく。
おかしい。
皆は目を疑った。
ルンの首は斬れていない。
首に触れたところからビルダの手刀が吸い込まれ消えている。
ビルダの左腕は肘から先が消失していた。
ビルダの体はバランスを崩してよろける。
ルンがそれを掴む。
ルンの手が触れたところからビルダの体が消えていく。
吸い込んでいるのだ。
あたかもその手がビルダを喰らっているかのように。
「……どうして魔力を全く感じなかったのか理解いたしました」
ズメイが言葉を漏らす。
ビルダの体はすっかり喰われて消え、ズタボロになった探検服がぱさりと床に落ちた。
今や残っているのは右腕の一部と首だけだ。
ヴァールは小さな拳を握り締める。
「ルンは魔力を喰らうのじゃ……!」
「残りもいただかなきゃ」
残ったビルダの右腕をルンは拾った。一瞬で右腕も消える。
「全部かたづけないとね」
首を拾いに行こうとするルンの前に、防壁を解いたヴァールが立ちはだかる。
「勝負はついたであろ。武士の情けはないのかや」
ルンは優雅に首を傾げた。
「僕の遊びはきれいにクリアするまで終わらないのさ。邪魔するなら君もクリアして、ついでにこのダンジョンもクリアする。そしたら大魔王とやらも現れるかな?」
なぜルンに懐かしさを感じていたのかをヴァールは理解した。
ルンの神々しさは三百年前の勇者から感じたものと同じだ。
「来るのじゃ」
ヴァールの声と共に、杖と盾、マントが現れた。
ヴァールは黄金の杖、魔王笏を構える。
風の盾は浮遊してヴァールを守る。
攻防一体の風のマントが揺らめく。
風が巻き起こってヴァールを包んだ。
魔王の完全戦闘態勢である。
「戦いとうはないが…… これ以上ダンジョンを壊させるわけにはいかぬ」
「ふふふ、君とはいつかやってみたかったんだ!」
ヴァールとルン、二人は対峙する。
膨大な魔力がヴァールを渦巻き、蒼白い放電現象を起こす。
ヴァールはぞっとした。
ルンが自分を見る目は憎しみでも敵意でもない。単にいつもの食事で好物を見るときの目だった。
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