第38話 超越

 地上のギルド会館二階、奥の部屋にポータルで転移したヴァールたちは地下五階へと急いだ。


 木造のギルド会館はぎしぎしと音を立てて揺れている。

 一階の酒場に集っていた冒険者たちは大騒ぎだ。


 何事が起きているのかと叫んでくる冒険者たちに、それを調べに行くのだと叫び返してヴァールは走る。


 外に出ると地面が揺れていた。

 地下からの地響きは街全体までをも揺るがしているのだ。


 揺れが激しくて走りづらい。しかもヴァールの小さな身体ではいくら全力で走っても遅い。


「失礼しますです」

 忍者クスミがヴァールをひょいとお姫様抱っこして走り始めた。

 ヴァールは細い腕でぎゅっとクスミの首につかまる。


「さすが忍者です! ……うらやましい」 

 エイダは撮像具でその様子を撮りながら荒い息で走る。


 巫女クスミも森で鍛えられたエルフだけあって走るのは速い。

 ズメイは両手を後ろに回した奇妙な姿勢で疾走している。


 街の通りを駆け抜けて祠から地下一階に入り、地下三階への近道階段へ。


 地下三階は激しい揺れのせいで屋台のいくつかが倒壊してしまっていた。

 揺れの中で這いつくばっている店主たちは青い顔だ。

「揺れを止めてくるから慌てずに待っているのじゃ!」

 ヴァールが声をかけて皆の恐怖を抑える。


 ぱらぱらと石の破片が降ってくる中を一行は進む。


 地下四階に降りるとさらに揺れは激しくなった。

 いつものヘルハウンドたちも揺れに怯えて襲ってこない。


 最短通路を通り抜けて地下五階へ。

 ズメイ、イスカ、ヴァールを抱っこしたクスミ、遅れてエイダが到着。


 エイダは目を疑った。

 日参していた地下五階とは思えない。

 様子が一変している。


 地下五階は大半の壁が失われていた。

 これではもはや迷宮ではない。ただの広場だ。


 もうもうとした土煙の奥に、向かい合うルンとビルダ。


 ビルダの探検服はエイダとおそろいだったが、切り裂かれて見るも無残な姿になっていた。

 その体も傷だらけで銀色の血を流している。


「ビルダ、戦闘モードを停止しなさい」

 エイダが命じる。


「戦闘モードじゃないヨ。遊びだヨ」

 血塗れのビルダが平然と答える。


「うん、楽しい遊びさ」

 そう言うルンのほうはいつも通り、ぶかぶかな鎧を着けて細い剣を提げている。

 傷一つない姿だ。


 ルンはヴァールに眼をやった。

「ヴァール、君も一緒に遊ぶかい」

 剣を振ってみせる。


 床に降りながらヴァールは苦い顔をした。

「止めよ、ルン。ビルダが喧嘩を売ったのであろう、それは謝るのじゃ。しかしこうも暴れてはもう遊びではすまないのじゃ」


 ルンは不思議そうな顔をして、

「この世はすべて僕の遊び場なんだよ。クリアするまでは止められないのさ」


 ルンはぐるりと眼をやる。

「ほら、追加キャラも登場するし」


 地下五階のあちこちに設置されている召喚魔法陣ポップサークルが一斉に起動、ドッペルを呼び出す。

 壁がなくなったために、反応範囲が制限されなくなったのだ。


 イスカ、クスミ、エイダ、ルンのドッペルが大量に出現する。

 それぞれが真似した元の相手に襲いかかってくる。


 クスミが刀を抜いて自分のドッペルに立ち向かう。イスカに迫ってくる分もまとめて倒していく。


 ズメイを攻撃しに行ったドッペルは、ズメイの放つ焔弾で次々に炎上する。


 エイダを真似したドッペルの群れは、二手に分かれてビルダとエイダの両方を攻撃してきた。


 ビルダはルンに立ち向かいながらも、軽やかな動きでドッペルを仕留めていく。


 エイダに迫ってきた分は、ヴァールの魔法によって生じた暴風が吹き飛ばして壁に叩きつける。


 ルンはといえば、剣を適当に振っただけでまだ遠くにいたドッペルまでがまとめて両断された。剣先が届いてもいないのに。


 その様子にエイダはぞっとする。

 もしその気になれば、この場にいる全員をまとめて斬ることができるのではないだろうか。


 少しでも盾になろうとヴァールの前に出ようとしたエイダを、ヴァールが押しとどめる。

 ヴァールが呼び出した魔法陣によって多重の防壁が構築されていき、周囲のエイダ、イスカ、クスミ、ズメイをまとめて守る。

 ドッペルたちは輝く防壁を越えられない。


 ズメイは興味深そうにルンを観察している。

「古代魔法の魔法陣が発動した形跡なし、現代魔法のプログラム動作反応なし、なのに届かぬ剣が届く。その理屈が理解できない。数百年を魔法研究に費やしてきた我にとって屈辱的な事態でございます」


 エイダも頭を悩ませる。

「いかなる魔法であれ発動するには魔力を使います。でもルンからはまるで魔力が感じられません。魔力は生命力の一形態なのだから、どんなに魔力が使えない人でもわずかには魔力を持っているというのに」


 考えているうちにも防壁にドッペルがたまってくる。


「役立たずのキャラはクリアしなきゃね」

 ルンが告げるや、ドッペルたちはばらばらになって床に転がった。

 ルンがなんらかの攻撃を行ったのだ。


 いったん一掃してもドッペルは出現し続ける。

 次のドッペルはどれもルンを真似していた。

 防壁がドッペルによる分析を遮断しているからだった。


 大元のエイダとの魔力のつながりが防壁で遮断されたために、ビルダのドッペルも出現しなくなった。


 地下五階全てのドッペルがルンに襲いかかる。その数、五十匹以上。


 どうさばくのかとヴァールは様子を見ている。


 ルンが適当に剣を振り回すとドッペルがまとめて斬られていった。

 一斬りごとに数匹が消えていき、あっさりとドッペルは全滅する。


 ルンはがっかりした様子で、

「やっぱり雑魚キャラだなあ。飽きちゃったよ」


 剣を軽く床に突き立てた。

 ズン……と深い音が響き渡り、またダンジョンを揺るがす。

 剣の当たった個所からひびが広がり、地下五階の召喚魔法陣ポップサークルをことごとく破砕していった。


 ドッペルはもう出てこれない。

 それどころかこのままでは地下五階の床全体が崩落してしまいそうだ。


「これはもうダンジョン冒険どころではないのじゃ」

 ヴァールはため息をつく。


「これが僕のやり方さ。このダンジョンを跡形残さず全部クリアしてあげる」

 ルンが楽しげに言う。


 エイダは震える。

 もはやルンとビルダの勝負などという次元の話ではない。

 ビルダの勝利にダンジョンの存亡がかかっている。


 傷だらけのビルダは獰猛な笑顔を浮かべた。

「オモシロ、オモシロ、オモシロい! 分かってきたナ!」


 地下五階の中央で、ルンとビルダが再び対峙する。


 対するルンは涼しい顔だ。

「君もそろそろクリアしたげる」


 ビルダは告げる。

「ダンジョン管制機能、起動するヨ」


 ルンの前後左右、床からいきなり壁がせり上がってきた。

 ルンが剣を適当に振り回すと壁は轟音と共に粉砕される。

 だが次々に壁は出現し続ける。


 ルンの足元からせり上がる壁も剣によって砕け散った。

「この程度が君の切り札かい」


 ルンが床に降り立ったそのときだった。

 ビルダが猛速で突進。

 これまでどおり、ルンは瞬時に位置を変える。


「馬鹿の一つ覚えだね」

「そうかナ。そうでもないかナ」


 ルンの鎧に浅い傷が入っていた。

 ルンの身体には届いていない。

 だが攻撃が初めて当たったのは確かだった。


 ルンが初めて真剣な表情になる。


「見切ったヨ」


 ビルダは告げる。


「あんたがどんな技を使っているのかは全然分析できないヨ。でも現象はわかったネ。あんたの動きは大きな力に増幅されて、空間を越えて届くんダ。だから動いてなければ当たらないのサ。そして人間は動き続けることができナイ。必ず止まるトキが来る!」


 ルンは拍手した。

「凄いよ! そこまで見抜いたのは君が初めてだ! だからご褒美に見せてあげる」


 ルンの姿が変貌していく。


 エイダは茫然として言葉を漏らす。

「ビルダが言っていることは正しいのかもしれない。でもあれは」

 

 ヴァールが続ける。

「人間ではない」

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