第37話 蹂躙

◆魔王城 大広間


「ふわあ…… えっと、ダンジョン運営会議を始めます~」


 エイダは大あくびを手で隠しながら開催宣言をする。


 いつものダンジョン運営会議、大広間に集まっているのも魔王、巫女イスカ、忍者クスミ、龍人ズメイといつものメンバーである。

 テーブルの上には虎猫のキトが丸くなっている。


 エイダはこのところ夜通しで地下五階に通う生活を続けていて、この朝も徹夜明けだった。

 ヴァールとルンが地下五階に行くのは昼間なので、それを避けてのことだ。


 ルンの戦いぶりを見るとビルダがおかしくなってしまう。ビルダをルンに出会わせるわけにはいかなかった。

 ビルダは明らかにルンを攻撃したがっているのだから。


 エイダは故郷で習い覚えたクグツ作りの技を使い、仲間の協力を得て精巧なビルダを作り上げた。

 ビルダはドッペル狩りに大活躍してくれた。みるみるうちに高度な格闘術を学習して、最適化された戦闘でドッペルを瞬時に倒せるまでに強くなったのだ。


 ビルダは命じられたまま従順に戦ってきた。

 クグツとはそういうものであり、エイダが魔法プログラムをそう組み込んだ。

 それがルンを見るとビルダは異常な戦意を見せる。


 学習になにか問題が生じたのだろうか……


「エイダさん、ビルダは連れてこなかったの?」


 物思いに沈んでいたエイダは、イスカに呼びかけられてはっとする。


「メンテナンス中なので置いてきました」

「体の調子を聞いてみたいから今度連れてきてくださいね」

「そうします」


 エイダはダンジョン運営の報告に入る。

「現在開催中の七つの指輪コンプリートキャンペーンは、先週比で日毎活動冒険者数DAAが百二十五パーセントに上昇しました。一時は下がる傾向にありましたが、ギルドマスターと君が握手キャンペーンを追加したことで回復、魔力備蓄量は順調に増えています」


 喜んでもらえるかとエイダはヴァールに眼をやった。

 ヴァールはあどけない表情でこっくりこっくりと居眠りをしていた。

 小さなピンク色の唇からはよだれを垂らしている。かわいい。


 エイダは探検服のポケットからすばやく撮像具を取り出してその寝顔を撮影してから、

「魔王様も夜更かしされているんですか?」


「知りませんわ」

「聞いていないのです」

「存じ上げません」


 答える皆の様子にエイダは怪しさを感じる。

 もしや夜もルンと遊んでいたりするのだろうか……


 気を取り直してエイダは報告を続ける。


「指輪の所有数です。現在、六つ集めた者が二人です。一人はルン、もう一人は、あの、あたしです」


 ズメイがにやりとしている。

「ずいぶんと苦労されたようですな。七種類を全て集めるには二千匹以上を倒すことになりましょう。いささか多すぎる設定でしたな」


 キャンペーン発案者であるクスミはしくじり顔である。

「気が付かなかったのです……」


 エイダも同様に、

「計算してませんでした……」


 ズメイは面白がっているようだった。

「何事も経験でございます。今後のキャンペーンは、そうですな、一度出てきたアイテムはもう出てこないことにすれば集まりやすくなりましょう。箱の中に入っているアイテムを取り出していくかのように」


「集まりやすくなりすぎませんか?」

 イスカの疑問に、

「箱にはレアではないアイテムも多く入れておけばよいのです」


 ズメイが悪そうに笑う。

 さすが悪龍だとエイダは感心する。


 そのときテーブルが揺れた。

 虎猫のキトが跳び起きる。


 さらに大きく揺れてキトは威嚇の唸り声を上げる。


 大広間全体が揺れていた。

 即ち地下の魔王城が揺れているのだ。


 居眠りしていた魔王が目を覚ます。

「どうしたのじゃ…… 地震かや」


 重い響きが上から伝わってくる。天井からほこりが落ちてきた。


「地震ではないみたいです」


 エイダはテーブル上にダンジョン各部の映像を映し出した。

 地下一階、二階、三階、四階、冒険者たちも大騒ぎしている。


 地下五階、そこは異様な状況だった。

 もうもうと砂煙が立ち込め、床には細かな岩の破片が散乱していた。

 ダンジョンの壁が砕かれているのだ。


 尋常ではない光景に魔王も目が覚める。


 ダンジョンの壁は極めて硬度が高く、対魔法の耐久性も優れている。壊せるものではないのだ。

 それにこの大広間は地下十二階に位置する。地下五階から地下十二階まで揺れが届くとは途轍もない力だといえる。


 ちらりとビルダの姿が映って消える。


「ビルダがこれを……!? でも、ダンジョン管制機能を持っているビルダだったら壁を壊したりしなくても好きに配置を変えられるし」


 困惑するエイダに魔王は告げる。

「ともかく調べに行くぞよ!」


「「「はい」」」

「ははっ」


 皆が返事をした。

 ヴァールはギルド会館へのポータルを開く。

 地下五階まで直接行きたいところだが、うっかり大広間へのポータルがばれると厄介だ。手間でもギルド会館を経由して地下に降りていくしかない。


◆地下五階 少し前の時間


 つい先ほどまでエイダと共に行動していた地下五階へと、メンテナンスを済ませたばかりのビルダはとんぼ返りしていた。


 魔力の充填は完了、体のどこにも不調はない。完璧な状態だ。


 時刻は朝、そろそろルンが活動を開始する時間である。

 魔王様はダンジョン運営会議に参加のため、ルンとは行動を共にしないはず。今こそがチャンスだった。


 鼻歌を響かせながらルンが階段を降りてくる。

 そこにビルダは待ち受けていた。


 ルンがビルダに気付いて呼びかける。

「今日は一人なのかい」


 ビルダはルンに向かって構える。


「一対一、いざ尋常に勝負しようじゃないカ」


 ルンは面白そうな表情を浮かべた。

「へえ、ドッペル狩りを競争しようってことじゃないよね。いいよ、君も敵キャラってことだね。クリアしてあげる」


 ルンは背負った剣を抜く。

 その構えは不安定でいかにも素人だ。

 しかし自信満々な様子である。


 狭い通路、お互いに逃げ場はない。

 ビルダはゆっくりと進んで圧をかける。

 ルンはひょこひょこと進む。


 ビルダの攻撃圏内にルンが入った。

 迷うことなくビルダは手刀を叩き込みに行く。

 最速の最短距離、最適化された攻撃だ。

 必中だとビルダは計算していた。


 手刀の突き刺す先からルンがかき消える。

 ビルダは行動を緊急修正、手刀を止めて索敵する。


「手が速いね!」

 ルンはいつの間にかビルダの後ろに回っていた。


 ビルダはいかなる事象が発生したのか分析しようとする。

 だが全くデータがない。計算できない。

 魔力の発生は感知できなかった。魔法によるものではない。

 すばやい動きによるものか。途中の動きが存在していない。


 ビルダには理解不能な現象であり敵。


「わからないナ、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない…… オモシロい!」


 ビルダは叫んだ。

 その表情は高揚している。


 ビルダはいったん身を沈めてから回し蹴り。ルンを狙うと見せて、狙いはその剣。


 蹴りの鋭い軌跡は確実に剣を刈り取ったはずだった。


「もっと楽しませてくれないのかなあ」

 ルンは 楽しそうに無傷の剣を振っている。


 ビルダは理解できない。

 なんとか最適解を算出しようと猛烈な速度で計算する。

 しかしデータが足りなさすぎる。


 ビルダは拳の連打を繰り出す。

 あえて防御は捨てて攻撃に集中。


 ビルダの左腕が肘から先を斬り飛ばされた。

 ルンの剣はあさっての場所にあるというのに。


「少し、わかっタ!」

 左腕と引き換えにビルダは貴重なデータを得た。

 学習に基づいて行動パターンを変化させる。


 ビルダは右拳でさらに連打。

 右腕に傷が突然走る。しかし浅い。


「やっぱりナ!」

 ビルダは学習の方向を確定し、攻撃を続ける。


 ビルダの体に傷が増えていく。

 しかし致命傷には至らない。


 とはいえビルダの攻撃もこれまでルンにかすりすらしていない。


 ルンはちょっと物足りそうな表情で、

「ねえ、もっと派手に戦えるようにしようか。そしたら僕も力を出せるし」


 ルンが壁を剣で軽くなでた。


 壁に大きな鉄球をぶつけたかのような音。床が地震のように震える。

 壁にひびが入り、広がっていく。

 音は連続して鳴り続け、壁はひびを増して砕けていく。


 あまりのうるささにビルダは聴覚機能の感度を下げる。

 大地震のような揺れの中、バランスをとって立ち続ける。


 砕けちった壁は床へと吸い込まれるように消えていった。

 壁穴の先には向こうの通路が見えていた。奥にはドッペルが蠢いている。


「もっともっと広くしよう」


 ルンが剣で周り中の壁をなでる。

 壁の破壊が広がり、地下全体が揺れ続け、耳を圧する騒音がダンジョンを満たす。


 地下五階には広間ができつつあった。

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