第36話 不具合

◆魔王城ダンジョン 地下五階


 この地下五階はキャンペーン参加者がどんどんドッペルを倒していけるように、ドッペル出現率が高く設定されている。

 

 ルンを先頭に進むヴァール、エイダ、ビルダら四人の前にもすぐにまたドッペルが接近してくる。


 ルンそっくりなドッペルが二体、エイダそっくりなドッペルが一体。


 エイダは話には聞いていたが、ルンを真似たドッペルが本当に二体同時出現したことに驚きを隠せない。

 決してそんなことは起きないよう、対象一人につき一体だけ出現するように念を入れて召喚魔法陣ポップサークルを設定したのだ。

 一度に何体も出現したら、指輪集めの条件が大きく狂ってしまう。


「ヴァール様のドッペルは出てこないんですか」

「うむ、全然見ないのじゃ」

「やっぱり…… バグですね」


 エイダは嘆息する。


「ばぐ?」

「魔法が想定外の動作をしてしまう不具合のことです」


 エイダの出身地であるアズマでは、魔法の設計失敗による不具合を伝統的にバグと呼んでいる。

 指輪集めに出遅れたことで頭に血が上って、二体の話を後回しにしてしまったが、これはやっぱり大きな不具合バグだ。


 ドッペルは対象の形状や能力を解析して姿をまねる。

 いわゆる生物を超越した魔法生命体であるヴァールをドッペルは解析できないのだろう。

 解析データが得られなかったのに無理やり真似ようとする結果、別対象のデータへの誤アクセスが発生して、ルンのドッペルが二体出現するという寸法だ。


「どうすればいいのじゃ、止めるかや」

「いえ、このまま続けましょう」


 ルンもいるので、二人は曖昧な言い方をしている。


 ヴァールがこの場にいなければ発生しない特殊不具合だが、帰ってくれなどとエイダにはとても言えない。

 ヴァールが今まで見たこともないような楽しい様子でいるのだから。


 悩んでいるうちにもビルダがドッペルを一体倒した。

 ころりと指輪がドロップされてエイダが拾う。


 残りの二体にルンは危なっかしく剣を振りかざす。


 剣には素人のエイダにすらルンが素人であることは一目でわかる。

 いくらなんでもひどいし、このレベル18以上推奨である地下五階にいるなんて信じられない。


「えいっ!」


 ルンが雑に剣を振り下ろした。

 後ろに飛んで難なくかわしたドッペルが奇妙な表情を浮かべる。

 その顔に縦線が走った。頭から斬り下ろされていたのだ。全身が左右に分かれて倒れる。


 もう一体のドッペルは、顔、胸、腹、足に横線が走る。

 ずれるように崩れ落ちていき、あっけなく消滅する。

 ルンがそちらに剣を振る様子すらなかったのに。


「やったね!」

 ルンが喜びに飛び跳ねる。


「どういうこと!?」

 エイダは目を疑った。

 達人の奥義ともまるで違う。

 ずさんな剣技なのにその結果は完璧。

 見事というよりもなにか間違っている。


 ビルダが見せる美しい妙技は攻撃技術が極まった成果だ。

 それゆえに同等の修行をした達人とはいい勝負になるだろう。


 だがこのルンの得体が知れない技には誰か対抗できるのだろうか。


 ビルダもルンを凝視していることにエイダは気付いた。

 一挙手一投足を見逃すまいと真剣な様子だ。


 ルン、年齢十二歳程度の幼い少女。

 黒髪、ポニーテイル、黒い瞳。

 細い身体。元気だがどこにも強さの片鱗すら見えない。


 ルンはなにごともなかったかのように通路を進んでいく。


 そのルンの動きを、ビルダの眼が異様な速度で上下左右に動きながら走査している。


 ビルダの手足は震えている。

 制作者であるエイダにはわかる。

 感情による震えではない。

 無数の攻撃パターンをシミュレートしているのだ。


 ビルダがつぶやいている。

「わからないナ、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない」


 手足の震えがより速まっていく。

 シミュレートが収束しつつあるのだ。


 ビルダの眼が動きを止める。

 ルンの後ろ姿を睨み据える。


「わからないナラ、やるしかない」


 エイダは叫んだ。

「ビルダ、帰ろう!」


 ビルダはルンの背中を見つめたまま無表情に張りつめている。


「ほら、見て! 五つ目の指輪だよ! 今日はもう十分!」

 さきほど拾った指輪は当たりだったのだ。

 エイダは指輪を掲げて、うれしそうな表情を作ってみせる。


「やったではないかや!」

 ヴァールも我が事のようにうれしそうだ。


 ルンも振り返って、

「並んだね! でも負けないぞ!」

 と裏表のない表情で楽しそうに言う。


 ビルダはゆっくりと緊張を解いた。

「……また来るカ?」


「うん、またすぐに来るから」


 ヴァールとルンにそそくさと別れの挨拶を済ませてから、エイダはビルダを連れて地上へと向かう。


 エイダは五つ目の指輪を喜ぶこともできず、ぞっとしていた。

 あのまま放置していればビルダはきっとルンに襲いかかっていた。

 ビルダは魔物ではないのだ、冒険者と戦わせるわけにはいかない。


 そのビルダは眼を爛々らんらんと輝かせている。


「わかったヨ」

「なにが……?」


 ビルダは歯を見せて笑い、エイダに告げた。


「わからないモノを倒すのがオモシロい」



 エイダが戻っていった後も、ルンとヴァールは地下五階の探索を続けていた。


 危うすぎるのになぜかあっさりドッペルを倒していくルンの戦い様からヴァールは眼を離せない。


 理由はわかっていた。

 あの三百年前に出会った勇者。

 敵対し、戦いを繰り返し、遂にわかりあって友となったつもりだった。

 ルンはどこか彼女を思い起こさせるのだ。

 あの日々を取り戻したかのような錯覚にヴァールは襲われている。

 それは幸せな想いだけでなく、大きな不安でもあった。


 かけがえのない仲間たちを守りたかった。

 人類と和平を結びたかった。

 勇者と友でありたかった。

 喪失の予感に襲われながらも立ち向かい、裏切られ敗れ去った。


 だがヴァールは想う。今度こそはと。

 だってエイダがいるのだから。


 あんなにエイダが指輪を欲しがるのはなぜなのか、ヴァールには不思議だった。

 指輪を集めずとも、エイダが望むことならなんでもかなえるのに。


「指輪が…… 欲しいのじゃろうか」

 ヴァールはつぶやく。


「うん、六つ目めざしてがんばろう!」

 ルンが答えた。

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