第25話 共同攻略
地下三階は久しぶりの活気に満ちていた。
神社と寺院の間の広場には大きなテーブルが置かれ、その上にはエイダが用意した小さなブロック魔道具が並べられている。
ブロックは地下三階の構造を示した一種の地図だ。
現在判明している情報の分だけ並べてある。
魔族と人間、双方の情報を合わせたことでかなりの構造が判明していた。
地下三階のあちこちに設置されているスイッチやボタン類も再現されており、操作することでブロックが自動的に動く。エイダによる魔法プログラムによるものだ。
聖騎士ハインツが興味深そうにブロック地図を眺めている。
地下三階には外周部と内周部があり、通ることができているのは外周部だけ。
内周部からはなにかが転がるような音が響いてくることが分かっている。
それを調べた狼魔族ヴォルフラムが反響音から推定した内周部構造をブロックに並べてある。
ときどき聞こえてくるスイッチ音から、内周部のスイッチも再現してあった。
ヴォルフラムがテーブルにやってきて、ブロック地図を上から覗き込んだ。
「俺ぁ思うんだが、内側を転がってるものがスイッチを踏むたびに通路が組み変わっているんじゃあないかと」
ハインツは頷いた。
「そうだな。その組み変わり方を調べていけば、突破の糸口を見つけられる可能性がある」
広場に集まってきていた冒険者たちの中から、女重剣士グリエラが口を挟んできた。
「じっくり調べるには、突然現れる魔物が厄介だね」
酒場の女将にして盗賊のマッティがブロックを
「ヘルハウンドにはさ、通り抜けられる壁があるんじゃないのかね。少し離れた場所にいきなり出てきたって話が多いじゃないか」
壁に貼られた魔物報告に書かれている出現場所はマッティの言うとおりだった。
皆はマッティに賛同する。
マッティは続けた。
「スイッチで開いたり閉まったりする壁があるじゃあないの。そこを奴らはいつでも通れるとかさ」
酒場の主人にして戦士のダンが感心した顔で、
「そう考えると辻褄が合うな。さすがマッティ!」
「えへへっ」
ダンとマッティは夫婦でいちゃつき始める。
二人を置いて、ハインツとヴォルフラムは相談を始めた。
「私たちに深手を負わせた虎も同じだとしたら」
「それだぜ。一瞬しか見えなかったが、ありゃヘルハウンドと同種じゃねえのか。ヘルタイガーってところだな」
「強敵ではあるが、出現場所が分かっていれば対処方法はある」
「やってやろうじゃねえか」
ハインツとヴォルフラムは共に女性を殺しかけたことが心の重荷になっていて、それを晴らすべく共に活躍することを求めていた。
「善は急げ、行くとしよう」
「おう!」
二人は地下四階への階段へと向かう。
「ちょっと待ちなさいよ、また大怪我したらどうするつもりなのかしら!」
アンジェラが怒りながら後を追う。
「付き合わせてもらおうかね」
グリエラも大剣を担いでそれに続く。
今や神社と寺院の競争は無かったことになり、冒険者として皆が力を合わせている。
そんな冒険者たちの様子を、少し離れて魔王ヴァールとエイダが見ていた。
「ギルドへの報告を見ると、冒険者と聖騎士、魔族と人間が区別なくパーティを組むようになっています。結果、負傷率は半減していますが、
エイダが報告する。
「うむ、良い調子じゃ!」
魔王は胸を張って満足そうである。
後ろでズメイが残念そうに、
「地下四階が解かれることのないよう冒険者を分断しましたのに、これではいずれ解かれてしまうではありませんか」
「永遠に解けないのでは、冒険者も離れてしまうのじゃ」
「しかしせっかくの謎を……」
ズメイはぶつぶつと言い続けている。
魔王は神社と寺院の様子を眺める。
いずれも塀を壊して見晴らしがいい。
負傷率は減っても冒険者の活動は増えているので、神社と寺院のどちらも負傷者の治療に励んでいる。
神社では巫女イスカや忍者クスミが忙しそうに働いているのを見て、魔王はほっとした。
「余を魔族と人間共通の敵にすることで皆の心をひとつにする手は、魔王神社に迷惑をかけるのではないかと心配しておったのじゃが」
「怒りの化身である大魔王と神社が祀る魔王は別の存在に見せる手がうまくいきました! 今は大魔王のお祓いが流行っているそうです」
ズメイが不思議そうに、
「ご自身を敵に仕立て上げる、これもまた理解の範疇外でございます」
◆地下四階
ブロック地図によってヘルハウンドの出現パターンを把握した冒険者パーティは、襲撃してくるヘルハウンド群を返り討ちにしながら着々と調査を進めていた。
「気を付けな、大物が近いぜ」
ヴォルフラムが小声で告げて腕を構える。
強い気配が近づいてくる。
ハインツとグリエラは剣を構えた。
これまでは奇襲されていいようにやられてきたが、今回は違う。
どこの壁から出てくるのか予測がついている。
黄色い突風のような攻撃がいきなり壁から現れる。
そこに冒険者たちは攻撃を合わせた。
「はっ!」
「しっ!」
「月影斬!」
重い剣の双撃が黄色い突風を弾き、月影斬が畳みかける。
黄色い突風は切り飛ばされて宙を舞った。
怒りの咆哮が迷宮の通路に轟き、冒険者たちの身体を震わせる。
壁からのっそりとヘルタイガーが現れた。
その大きさはヘルハウンドの数倍、だが速度はむしろ優る。
力と速度を兼ね備えた強敵だ。
ヘルタイガーは右前枝が切断されて黒い血を流している。
その全身は黒い瘴気に包まれていた。
目からは憤怒と憎悪があふれているようだ。
唸りながら鋭い牙をむき出しにする。
失った右前枝の部分に黒い瘴気が濃密に集まり、足の形を成した。
ヘルタイガーは前列の冒険者たちに飛びかかる。
先ほどよりも速度を増した爪撃がグリエラを襲う。
盾代わりに掲げられた大剣を爪が走り抜けた。
激しい衝撃音が響く。
「曲がった!?」
くの字に曲がった自分の大剣にグリエラが呆れる。
後方のアンジェラが治療魔法をヘルタイガーへと放つ。
治療魔法はヘルタイガーがまとう黒い瘴気を消し去っていく。
ヘルタイガーは一声吠えて後退、壁の中に飛び込んで消えた。
「ふふ、逃げたかしら」
自慢げなアンジェラだが、
「油断しないほうがいいよ。手負いの虎だ、きっと仕返しを狙っているさ」
グリエラが釘を刺す。
反論しようとしたアンジェラだが、大剣を曲げられてがっくりしているグリエラの様子に口をつぐむ。
パーティは地下四階の通路調査を再開した。
通路を進んでいくつかのスイッチ類を操作し、仮説を確かめていく。
「やはり外周部と内周部のスイッチを合わせて押すことで通路がつながるのではないか」
紙に写してきた地図を見ながらハインツが言う。
「こことそこがつながって、こっちとあっちも連絡しそうだね」
アンジェラがつながりを指で引いてみせる。
「つなげるには外周部のスイッチ六ケ所を全部、内周部のスイッチとそろえて押さなきゃいけないんじゃないかしら」
アンジェラがスイッチの順番を示した。
「パーティが六つあればいいんだな。待ってろ、呼んできてやるよ」
ヴォルフラムが駆け出していく。
一行は地下四階でしばらく休息に入る。
通路途中の少し広い区画に陣取り、見張りを交替しながら、エルフの屋台で買ってきた
戦って身体を使った後にはオニギリのしょっぱさがありがたい。
茶の水気が身体に染み渡る。
食べ終わった頃にヴォルフラムが戻ってきた。
大勢を引き連れている。
人間、エルフ、狼魔の冒険者たち。
中にはヴァールとエイダの姿もあった。
ヴァールは帰りたそうに、
「余は来なくてもいいと思うのじゃが」
「あちこちで同時に動くには、ギルドマスターさんの魔法で知らせてもらうのが一番ってもんですぜ」
そう言うヴォルフラムの尻尾は元気良く左右に振れている。まるで犬が主人を前にして散歩待ちしているかのように。
「そうかのう」
「いていただけると凄く心強いですわ」
「そう言われるほどでもあるかのう」
「ギルドマスター殿の偉大な魔力が我らの頼りなのだ」
「それほどではないのじゃが、それほどかもしれんのう」
ほめられたヴァールは胸を張って、すっかりやる気だ。
「ヴァール様かわいい……!」
うれしそうなヴァールの様子にエイダも早速撮影を始める始末である。
ともかく集結した冒険者たちは割り当てを相談して六つのパーティを編成し、それぞれの持ち場へと出立した。
ヴァールとエイダが行動を共にするのはハインツたちのパーティーだ。
ヘルタイガーがよく出没するあたりを担当している。
一行は担当のスイッチにたどり着いて待機に入った。
先にヘルハウンドの群れを掃討しておいたが、まだまだ魔物の気配が感じられる。
内周部から、大きな球のようなものがごろごろ転がってくる音。
「スイッチが踏まれる音を俺が聞き取ったら、皆への報せをお頼みしますぜ」
「うむ」
ヴォルフラムは獣耳を壁に当てて集中する。
ヴァールはそのヴォルフラムをじっと注視する。
ヴォルフラムの獣耳がぴょんと動いた。
「今ですぜ!」
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