第24話 宣戦布告

 魔王城の地下三階、神社と寺院の周辺を魔族と人間たちはたむろしている。


 エイダの一件があってからというもの、魔族と人間の争いは落ち着いてはいるが、かといって手を取り合うというほど距離が縮まってもいない。

 不安定な状況が続いていた。


 そこに魔王の願いを皆が受け取るという驚くべき事態が勃発して、すっかり彼らは気もそぞろだ。あの出来事はなんだったのか、恐るべき予兆なのかなどと話しては騒いでいる。


 そうした中、エイダを殺してしまったと暗い面もちで過ごしていたヴォルフラムは、屋台通りをやってくる者たちに目をみはった。


「エイダ!」

 ヴォルフラムは思わず叫ぶ。


 完全に死んだとしか思えなかったエイダが怪我一つない姿でギルドマスターと共に歩いてくるではないか。


 エイダもヴォルフラムに気付いて、

「その節はどうも。月影斬って凄い技ですね! ちょっと死んじゃいました」

「あ、ああ」


 呆然としているヴォルフラムを通り過ぎて、エイダとヴァールは寺院と神社の間にある広場へと向かっていった。


 どういうことなのか確かめようと、ヴォルフラムはとぼとぼついていく。


 エイダが元気に戻ってきたとの報せが広がり、魔族が広場に集まってくる。


 人間もまた騒ぎを聞きつけて寺院から出てきた。

 苦虫を噛み潰したような顔をして現れた聖騎士ハインツはエイダの健在ぶりにぽかんと口を開けた。

 確かに死んで、蘇生魔法も効いていなかったのに。


 だが隣のヴァールを見て納得した。

 ハインツはヴァールの魔法能力を極めて高く評価している。

 ヴァールが魔法で彼女を甦えらせたのに違いない。


「汝らに話があるのじゃ!」

 ヴァールが小さな身体でせいいっぱい大きな声を張り上げる。


 人間も魔族もヴァールを真ん中に輪となって話を聞こうとする。アンジェラ、イスカ、クスミら、ダンにマッティ、ズメイも輪に加わっている。


「皆も魔王の呼びかけを聞いたであろう。あれは魔王が姿を現す予兆じゃ!」


 皆はどよめき、そして納得の声を上げる。


「余は感じる。魔王の力は高まっておる。いよいよ地上に現れようとしているのじゃ」


 恐怖と歓喜の叫び声があちこちから上がる。


「油断するでない! 魔王は強い怒りを発している。皆で立ち向かうべきときじゃ。地上に行くぞよ、ついて来るがよい!」


 ヴァールとエイダは連れだって地上へと向かい始める。

 皆はぞろぞろと後を進む。


 ヴォルフラムとハインツは目を合わせ、互いに安どの色を浮かべる。

 ともかくエイダを殺してはいなかったのだ。


 一行は地上にたどりついた。


 外は暗い。

 日は沈み、もうすっかり夜だ。


 ヴァールは祠の先へと歩む。

 そこはかつて魔王城がそびえ立っていた平地だ。


 ヴァールはぴたりと止まり、その横にエイダが並んだ。

「始まろうとしておる」

「はい、そのときです」


 大地が揺れる。

 低い地響きが鳴り響く。


 平地から四角く白い岩が現れた。

 岩は次々と増え、積み重なって天へと伸びる。

 岩ひとつの大きさは三メル四方ほど。それが集まって数十メルの広がりとなり、高く積み重なっていく。


 皆は何が起きようとしているのかわからず、巨大な現象に圧倒され、ただ静かに見守っている。


 積み重なった岩は高さ数百メルもの巨大な像を成した。

 

 巨像は輝き始める。


「現れるぞよ!」

 ヴァールが叫ぶ。


 白い岩の塊だった巨像が美しい妖魔に変じていく。

 額には煌めく二本の銀角、紅玉の宝石が細く束ねられたかのような赤髪、透き通るような白い肌。


「魔王…… いや、あまりにも大きな存在…… 大魔王か……!」

 ハインツがつぶやく。

 彼が見たことのある写し絵と同じ恰好だ。

 しかし絵とは似ても似つかないとハインツは思った。

 絵はこの美しさを万分の一も捉えていないではないか。


 大魔王はこの世の者ならざる美しさ。

 だが金の眼は怒りに燃え、遥か高みから皆をにらみつけている。


 天から声が降ってきた。

『我は古えの魔王…… その怒りの化身…… 時を超えて今ここに戻ったぞ』


 その威圧感に皆は動けなくなる。


『人間共よ…… 愚かなる貴様らは地下四階の謎を解くことができず、我の元にたどりつくこと能わぬであろう』


 魔族の一部が人間に嘲りの声を上げる。しかしそれも次の声を聴くまでのこと。


『魔族よ…… 不甲斐なき貴様らもまた地下四階を越えることなど能わぬ』


 嘲っていた魔族も恐怖に口をつぐむ。


『我は地下の奥深くにて力を蓄えておる。倒したければ来るがよい。しかし我が力を完全に取り戻すまでに貴様らがたどりつくことはないであろう。力を合わせることすらできぬ貴様らが、我の股肱を倒して進むことなどできようか』


 ハインツが拳を握りしめる。


『貴様らが来ぬのであれば、いずれ我は地上に現れる。愚かなる人間よ、不甲斐なき魔族よ、貴様らは平等に滅ぼしてやろう。余さず残さず消し去ってくれるわ』


 消された団長を思い出したヴォルフラムが犬歯をむき出しにする。


『我は怒りの化身。真の魔王を相手にしたければ、先にこの我を倒してみせるがよい。孤立した脆弱なる貴様らにそのようなことは永遠にできぬであろうがな。フウッフッフッフフフ、ハアッハッハッハハ!』


「そうはさせぬのじゃ!」

 ヴァールが天へと叫んだ。


「余は魔族と人間が手を取り合うことができると信じておる。力を合わせてより深くへと挑んでいくのじゃ!」


『愚かなる貴様らにそのようなことができようか、できるわけがあるまい』

 

「「できる!!」」

 ヴォルフラムとハインツが声を合わせて叫んだ。


「「「おう!!!」」」

 集まった冒険者たち一同も続いて叫ぶ。


 今、魔族や人間を越え、冒険者と聖騎士を越えて、大魔王を前に皆はひとつとなっていた。


「待っておれ!」

『フハハハハ、楽しみに待つとしようぞ、フハハハハハハハハ!』


 大魔王の姿が薄れ、白い岩の巨像に戻っていく。


 ヴァールとエイダは見回す。

 冒険者たちは手に手を取り合い、打倒大魔王を誓い合っている。


「どうじゃ、うまかったじゃろ」

 ヴァールが小声で言う。


「ええ! お見事でした。大魔王の呼び名は考え付きませんでしたね。採用しましょう」

 エイダも小声で答える。


 エイダがダンジョン管制室をプログラムして構築魔法陣を制御し、ダンジョンのブロックを作る仕組みで巨像を作り出してみせたのだった。

 古代魔法と現代魔法の融合テクニックだ。


 さらに撮像具で撮った乙女姿の魔王映像を多数の方向から巨像に投影して、あたかもそこに巨大な魔王がいるかのように表示してみせた。


 音声は撮像具で録音したものだ。

 うまくタイミングが合わせられるよう魔王は一生懸命に練習してきていた。


 全ては茶番。

 だがヴァールとエイダは満足していた。


 ここからまた楽しいダンジョン運営の日々が始まるのだから。

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