第26話 水晶球

 内周部からのスイッチ音をヴォルフラムは聞き取り、ヴァールに知らせる。


 ヴァールは魔力を発散した。

 ごく軽く力を込めただけのつもりだが、魔王の強大な魔力はたちまち通路中に広がり満ちる。


 地下四階の各所に散った冒険者たちの肌を、魔力がぴしりと刺激した。

「来た!」


 全ての隊が持ち場のスイッチを一斉に押す。


 地響きのように音を立てて地下四階全体を震わせながら通路が組み変わり始める。

 これまでつながることのなかった通路同士が、同時に動き連結していく。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……

 内周部に向かう通路が続々と連絡する。


 さらに内周部の通路がそれを迎えるように動き、外周部から内周部までの長大な通路が完成した。


「ここからが肝心だよ」

 女重剣士のグリエラが言う。


 グリエラや聖騎士ハインツら、鎧で身を固めた重装備の者たちが先に立ち、完成した通路を進む。

 ヴァールにエイダ、アンジェラ、軽装なダンやマッティらは後に続く。


「あの音、やっぱり来るみたいだよ」

 グリエラは唾を飲んだ。


 通路の奥から、ごろごろと転がる音が迫ってくる。

 内周部と外周部が接続したことで、内周部を転がっていたものが外周部にまで来るようになったのだ。


 長い通路で待ち受ける一行。

 転がるものが角を曲がって正体を現した。


 それは天井まで届く大きさの水晶球だった。

 透き通った球の内部では魔法の焔が燃え盛っている。


「こんなに大きいとはね……!」

 グリエラは息を呑む。


 水晶球を破壊せねばその先には行けない。

 それ以前に、このままでは水晶球に一行は踏み潰されてしまう。


 巨大な水晶球は音を立てて転がり、一行へと迫ってくる。


 折れ曲がった大剣をグリエラは投げつけた。

 水晶球と壁の間に大剣は挟まり、ギリギリと音を立てて水晶球の動きが止まる。


 水晶球の内なる焔が燃え上がった。

 赤熱に輝く水晶球が大剣を溶かしていく。


 大剣を滴る溶鉄に変えて、水晶球は移動を再開した。


「思った以上だよこれは!」

 グリエラは後退。


「やるぞ」

 ハインツがヴォルフラムに告げ、

「おう」

 ヴォルフラムが腕を構える。


 二人は並び、水晶球に立ち向かう。


「しっかりやるのですわ」

 後方からアンジェラが祝福魔法をかけて二人の肉体を強化する。


「聖霊翼」

 ハインツの背中に白く眩い翼が現れる。


「今日は満月だぜ」

 ヴォルフラムの構えた手が蒼白い月光に輝く。


 ハインツの翼が羽ばたくと強い風が巻き起こり、彼に推進力を与えた。

「轟突天罰!」

 ハインツは剣を両手で構えて突進する。


 ヴォルフラムも合わせて跳躍する。


「「うおおおお!」」

 ハインツの剣が水晶球を突く。


 水晶球は赤熱して剣を溶かそうとするが、そこにヴォルフラムが、

「月影斬!」

 攻撃を重ねた。


 水晶球の表面に細かなひびが入る。


 続いてそこにグリエラが大斧を叩き込む。他の冒険者から借りた頑丈な逸品だ。

 ひびが深まる。


 前衛系の冒険者たちが水晶球のひびに集中攻撃をかける。

 ひびは水晶球の全体に広がる。


 だが水晶球は止まらない。

 転がり進んでくる。


「我らの全力攻撃が通用しないだと!」

 ハインツとヴォルフラムはやむなく通路を引き下がる。


 意気軒昂だった冒険者たちも水晶球から潰されるとあってはパニックになり始めた。

 慌てて逃げ出す。


 ヴァールも下がりながら、

「このままではスイッチを踏まれて苦労が水の泡じゃぞ」


 水晶球がこのまま進めばスイッチの上を通ることになり、また通路は組み変わってしまうだろう。


 地下四階の攻略方法はズメイだけの秘密であり、ヴァールやエイダも知らない。


 エイダはヴァールの後ろを守るように進みながら、

「必ず謎には答えを用意してあるはずです」


 解けない謎に頭を抱えている者たちを見てほくそ笑んでいたズメイの姿が、ヴァールとエイダの脳裏に浮かぶ。


「うむ、止め方はきっと用意されているのじゃ」


 大勢の冒険者たちは混雑した通路を後退していく。

 水晶球の移動速度は人間の歩く速度並だが、通路をいっぱいに塞ぐ大きさの球が転がってくるのだ。圧迫感が恐ろしい。

 剣や鎧がぶつかり合い、倒れそうになる者も出てきて大騒ぎである。


 後退しながらアンジェラは嫌味っぽくハインツに、

「決まった道筋をたどるだけの球なんて、まるで聖騎士指揮官みたいですわ」


 ハインツは集中した顔で、

「法則…… 進み方には法則があるはずだ…… 決まったとおりに進むのか? いや違う、組み変わった通路も進んできているではないか。であれば壁にぶつかったら曲がる仕組みか。いや、だったらさっきの攻撃で反転してもいいはずだ…… ぶつかるのではない、別の法則を……」


 アンジェラは目を見開いて、

「ハインツが頭を使ってるのかしら! 昔みたく?」


 ハインツはぶつぶつつぶやき続ける。

「水晶球の中には焔がある。つまり灯りで迷宮を照らしながら進む仕組みか? 水晶球は壁を見て動くのか? ということは、つまり、そう、そうなのか!?」


 ハインツは叫んだ。

「皆よ、止まれ、集まるのだ!」


 そう言われても恐怖にかられて足を止めず逃げていく者もいるが、グリエラやヴァールにエイダ、勇敢な冒険者たち、それにアンジェラは真っ先に立ち止まった。


 アンジェラはまっすぐな眼差しで、

「どうすればいいのハインツ」

「あの球は壁を見て動く。壁まで来れば球は引き返す。だから俺たちが壁になるのだ」


 ざわめく冒険者たち。

 本当にそれでなんとかなるのか、考えが間違っていたらどうする、潰されるだけだ、壁になどなれるか……


 アンジェラはしかし立ち止まり、水晶球のほうへと一歩進んで両手を広げた。

「壁を作るのは得意ですわ」


 ヴァールとエイダも続く。

「良い案なのじゃ」

 二人はアンジェラの横に並ぶ。


 ヴォルフラムがその前に出る。

「今度は守らせてくれ」


 ハインツは隣に来てヴォルフラムと肩を組む。

「隙間がない壁を作るぞ」


 その様子に冒険者たちも勇気を与えられたようだった。

 盾持ちは前に進んで盾を掲げ、その後ろに冒険者たちが密集する。


「隙間がまだあるぞ!」

「そこ、ギルドマスター殿が入れませんか」

「うむ」


 通路に人の壁が作られる。

 そこに水晶球が迫ってくる。


 潰される恐怖に、ダンは身を震わせてマッティは歯の根が合わない。

 他の者たちも多くは目をつぶって耐えている。


 転がる音がすぐ間近にまで来た。


 水晶球の内なる焔が人の壁を照らし出す。

 赤い光に染まったアンジェラはじっと水晶球を見据える。


 水晶球は進み、人の壁にぶつかろうとする寸前、ぴたりと止まった。

 反転して通路の奥へと動き始める。


 安堵の声が漏れる。

「やった!」

「本当だったぞ!」


 アンジェラは自慢げに、

「当然ですわ」

 彼女の声にいつもの蔑むような調子は欠片もない。

 

 一行は密集したまま水晶球を追うように移動する。

 通路を進み、曲がり、また進み、歩き続けて、遂に扉が行き止まりに姿を現した。


 水晶球は扉に当たり、反転してまたこちらに戻ってきた。


「壁を組み直せ!」

 一行は再び人の壁を作り、じわじわと進む。


 水晶球は人の壁に当たり、扉に当たり、行ったり来たりし始める。

 そうしながらも一行は扉へと近づく。


 水晶球の往復は次第に間隔を縮めていく。

 扉と人の壁の距離がごくわずかとなり、水晶球はほとんどその場を振動するように動くだけにまで追い込まれる。


 一行の接近に反応して、扉が開いた。

 その先は真っ暗闇だ。

 扉の奥に転がり入った水晶球は、闇に溶けるが如く消え失せた。


 部屋の中に勇んで飛び込もうとする冒険者たちをヴォルフラムがいさめる。


「この先にはやばい奴が待ってるぜ」


 扉の先は広い部屋になっているようだが、暗闇に包まれていて何も見えない。

 そして唸り声が響いてくる。部屋全体を震わせるかのような声だ。


 ヴォルフラムは腕を構えた。

「闇に隠れた闇の魔物、ヘルタイガーと来たか。こいつは厄介だ」

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