第22話 奥義激突

 酒場の女将であるマッティは、このところの人間と魔族の対立に困り果てていた。

 酒場の客は人間と魔族に分かれて座るようになり、互いに喧嘩腰。酔っぱらうとすぐ怒鳴り合い取っ組み合いを始めるので酒場なのに酒を売りづらい。


 地下三階に屋台を出店しようとしたら人間がやっている屋台と魔族がやっている屋台がまた仲が悪くて、屋台通りの雰囲気が悪いったらない。

 頼りのギルドマスターはこのところ引きこもっている。

 挙句の果てに神社と寺院で殺し合いが始まりそうだ。


 マッティは急いで地上にまで戻り、ギルド会館の二階に上がった。

 ギルドマスターは不在のようだが、エイダがいた。


 エイダは広いテーブルの上に掌ほどのカードを並べている。

 カードは冒険者たちのギルド登録書類だ。


「--やっぱり組み合わせが重要なんだ。上手くいくパーティは組み合わせがそろっている」


 エイダはカードを並べ替えながら、カードに記されている情報を手元の魔法板に入力したりしている。


「エイダ、取り込み中に悪いけど地下三階でもめ事なんだよ。すぐ行ってくれないかい」

「神社と寺院ですか」

「殺し合いが始まりそうだ」

「ちょっと待ってください。すぐ行きます!」


 エイダは自分の部屋に戻り荷袋を取ってきてから急ぎマッティと地下三階に向かう。


 地下三階に降り、屋台通りにまで来るともう向こうから言い争う声が聞こえてきた。


 通りを挟んで左側の神社には魔族、右側の寺院には人間が集まり、罵り合っている。

 魔族の先頭に立つ狼魔族ヴォルフラムは半人半狼の姿で腕を構え、手の指先からは鋭い爪が伸びている。

 人間たちの前に出ているのは聖騎士ハインツ、銀色に輝く剣を抜き放っている。

 いずれも臨戦態勢だ。


 その剣呑な状況のど真ん中にエイダは歩み出た。

 その落ち着き払った様子に両側が注目する。

 神社から出てきたイスカとクスミは心配そうにエイダを見ている。


 ヴォルフラムは殺気のこもった狼の黄色い眼でエイダをにらみ、

「死にたくなければどけ」


 ハインツは剣をエイダに向けて、

「エイダ、邪魔だてすれば何が起きても知らないぞ」


 エイダはできるだけ明るく大きな声で話始めた。

「皆さん、ギルドからの調査結果を発表します」


 予想外の言葉にヴォルフラムは動きを止め、ハインツは眉をひそめる。


 エイダは話を続ける。

「ギルドでは冒険者がダンジョンに潜る前の申請と潜った後の報告を義務付けています。これを調べることで、どんなパーティがどんな成果を残したかがわかります。いろんなデータを見ていくうちに、あたしは上手くいくパーティとそうでないパーティには異なる傾向が示されていることに気付いたんです」


 聞いている者たちの間から感想が漏れる。

「腕前がいいか悪いかだろ、当たり前だ」

「人間のパーティがだめなんだ」

「魔族のパーティは失敗する」


 エイダは大きく息を吸ってから、

「同じような者が集まったパーティは失敗率が高く、様々な者が集まったパーティは成功率が高かったんです! 人間だけ、魔族だけよりも、人間と魔族がそろったパーティのほうが大きな成果を残しています。さらに、いろんな職業や魔力属性をそろえることも重要な要素でした。戦士と盗賊、魔族の忍者と人間の重戦士、聖騎士と神官と魔法使い……」


 聴衆たちは反発の罵り声を上げたが、

「このところ失敗続きだったのは組まなくなったからか……」

「戦士ばかりじゃやりづらくてなあ」

「魔法だけでは無理がある」

 そんな声も漏れてくる。


 エイダはせいいっぱい声を張る。

「地下四階を攻略できていないのは同じような者だけで小さなパーティを組んでいるからです。皆さんが進むために必要なのは競争ではなく協力です! もっと大きくてもっといろんな人たちが力を合わせた冒険者パーティを、そしてパーティが手を組んだ冒険団を作りましょう!」


 エイダはヴォルフラムとハインツに目をやる。


 ヴォルフラムは身体を震わせて、

「冒険団、団だと……」

 かつての団での思い出が彼を襲う。暖かく力強い記憶。

「いや……! 団を奪ったのは人間だ! 手を組むとかありえねえ! 魔族だけで十分だ!」


 ハインツもまた、

「聖騎士の誇りにかけて、我らの力で進むのみ。魔族など無用」


 ヴォルフラムとハインツは通りを挟んで互いに構え直す。


 その間に立つエイダは荷袋から水晶球を四個取り出し、床の前後左右に並べて自分を囲った。

「そう言われると思ったので準備をしてきました。ハインツさん、あたしを攻撃してみてください」


 ハインツは怒りの表情を浮かべる。


「我が武技を侮辱するのか、エイダ」

「攻撃されてもなんともありませんから、全力でやってください」

「……知らないぞ」


 ハインツの闘気が急速に高まる。

 周囲の者たちは慌てて遠ざかる。


 イスカが叫ぶ。

「エイダ、止めるのですわ!」


 エイダは手をイスカに向けて、

「やらなきゃいけないんです」


 ハインツの背中に白く眩い翼のような輝きが生じた。

「聖霊翼」


 翼は大きく羽ばたき、ハインツの身体を浮き上がらせた。

「轟突天罰!」

 翼から風が吹き荒れ、ハインツを反動で突進させる。

 ハインツの全身が突撃武器となってエイダに迫る。


 エイダの周囲に球状の多重結界が生じた。

 ハインツは結界に激突、鐘のような音が響いて結界を破壊。

 結界を破壊、破壊、破壊。


 だが幾つもの結界を残してハインツの突撃は止まる。

 ハインツの背中からは翼が消えていた。


「我が轟突天罰が止められただと!?」

 戸惑うハインツ。


「聖系統の魔力で強化された突撃が来ることは予想がついていたので、対聖魔法多層結界障壁と対物理多層結界障壁を用意してきました」


 ハインツは悔しさに拳を握りしめ、

「予想できたとて俺の武技をとどめるだと! エイダ、魔道具の優秀な発明者とは聞いたことがあったが……」


 エイダは次いで、

「ヴォルフラムさんもどうぞ」


 ヴォルフラムは太い犬歯を剥き出し、

「舐めるなよ」

 高く構えた右手の爪が蒼白く輝き、光の粒がこぼれ始める。


 光の粒に当たった人々が痛みの叫びを上げ、ヴォルフラムの周囲から離れる。


 イスカとクスミは事態がどう進むのかわからなくなり、ただエイダを見守っている。


「奥義、月影斬!」

 ヴォルフラムが腕を振り下ろす。

 右手の爪から三筋の光が三日月を成し、エイダへと飛ぶ。

 三日月はエイダを取り巻く球状結界を割り進む。

 割る、割る、割る。

 だがやはり幾層もの結界を残して消えた。


「馬鹿な、山をも割る月影斬だぞ!」

 ヴォルフラムは愕然とする。


「狼魔族の方でしたら月系統の魔力攻撃だと思ったので、対月魔法多層結界障壁を持ってきました」

 エイダは微笑んでから言った。

「次はお二人で同時にどうぞ」


 魔族も人間も激しくざわつく。

 あまりにもの侮辱に聞こえたからだ。


 ハインツもヴォルフラムも顔色を変えていた。

 両者とも殺気を激しく高まらせて今一度構え直す。


 怒りが二人の息をそろえていた。

 言葉を交わすまでもなく、互いにそろえて魔力を高め直す。

 先ほどは相手が相手だけに力を抜いていた。だが今度は本気だ。


 再びハインツの背に翼が生じる。

 ヴォルフラムの爪に月光が灯る。


「轟突天罰!」「月影斬!」


 エイダは落ち着いた様子で立っている。

 多層の球状結界を轟突天罰と月影斬が破り、破壊し、砕く。


 全ての結界が失われた。

 月影斬の三日月と轟突天罰の衝撃波がエイダを突き抜ける。


 エイダは皆を見回した。

「御覧のとおり、聖系魔法と月系魔法は相性がよくて、相乗作用で効率的に結界を破壊できるんです。どちらかだけじゃダメなんです。力を…… 合わせて……」


 エイダの周囲に置かれていた水晶球が全て砕け散る。

 エイダの身体に三筋の光が走り、血が噴出した。

 竜巻にでも襲われたかのようにエイダの身体が振り回され、よじられ、壁にまで飛ばされて叩きつけられる。


「エイダ!」

 倒れたエイダにイスカとクスミが駆け寄る。


「ひどいですわ……!」

 深く三筋に切り裂かれて出血し、さらに全身を強く打撲している。


 イスカはエイダを抱きかかえ、急いで治療魔法をかけ始める。


「エイダ、しっかりするのですわ!」

「……思ったより…… すごかったです…… てへ…… しっぱい…… ああ…… ヴァール様…… もどって……」


 エイダはがっくりと首を落とした。

 イスカは悲鳴を上げる。

「出血が多すぎて治療魔法が効きませんわ!」


 イスカの隣に無言でアンジェラが並び、治療魔法を発動する。

 肉をつなぎ、骨を戻し、千切れた神経を再生する。

 だが肝心の生命力が戻ってこない。


 イスカとアンジェラはしばらく治療を続けたが、やがて手を止めた。

 アンジェラはぼそりとつぶやく。

「どうしてここまで……」


 イスカとクスミにはわかっていた。ヴァールに元気を取り戻してほしくてやったのだと。



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