第21話 暴露

 深い傷を負ったヴォルフラムは慎重に通路を戻った。


 なんとか止血はしたものの出血量が多くてときどき意識が遠のきそうになる。

 魔力の消耗を減らすために狼魔族の獣耳と尻尾を引っ込めて人間の姿に変化へんげする。


 ヘルハウンドがうろついていたのをなんとか隠身スキルでかわし、さきほどの虎とは運良く再会せずに上層への階段までたどり着くことができた。


 魔物がいない地下三階に上がってきたヴォルフラムは治療のため神社に向かおうとしたところで一計を案じた。

 今、自分の姿は顔から胸まで血塗れだ。人相もよくわからない状態だろう。潜入にはうってつけではないか。


 ヴォルフラムは地下三階に築かれた寺院に向かった。


 寺院は白壁に守られ、門には聖騎士が立っている。

 演技するまでもなく重傷で歩くのもやっとなヴォルフラムだ。門衛はその姿に驚き、確認することなく門の通過を許した。


 門の向こうには聖教団の白い大型テントが並んでいる。

 怪我人が行列を成しているテントにヴォルフラムはよろよろと向かった。


 行列している人間の怪我人たちは警戒することなく地下四階の情報を話しており、ヴォルフラムは聞き耳を立てる。


 魔族と鉢合わせすると互いに引き返すことになって地下四階を調べづらいこと、それにしても罠やスイッチにボタンだらけで先への進み方がわからないこと、ごろごろと転がるような音を聞くこと。


 ギルドマスターがこのところ姿を見せないという話を聞いて、ヴォルフラムは妙に心をかき乱される。

 先日ギルドマスターをちらりと見たとき、なぜかかつてのダンテス団長を思い出させられた。狼魔族は本能的に長を強く求める。ギルドマスターはせいぜい十歳程度の幼女だというのに、まるで仕えるべき長であるかのように見えた。


 思いにふけっていたヴォルフラムに女神官たちが声をかけてきた。重傷者を優先して治療するのだという。


 テントの中に案内されたヴォルフラムは仮設ベッドに寝かされる。

 他にも多くのベッドが並んでいて、奥のベッドではあのハインツが治療を受けていた。


 女神官たちが杖を振るってヴォルフラムに治療魔法をかける中、ヴォルフラムは耳を澄ませる。


 聖騎士ハインツを叱りつけながら神官アンジェラが治療を行っている。

「どうしてそう投げやりなのよ」

「所詮、あいつの行動が全てを決めるのだ。聖女神に仕える聖騎士とてただの使い走りにすぎない」

「だから私たちは新たな勇者を探しているんじゃないの」


 新たな勇者?

 ヴォルフラムには気になる会話だったが、その後は傷の話に移ってしまい、新たな情報は出てこなかった。


 ヴォルフラムはテントの外に意識を回す。

 聖騎士たちの歩き回る音、怪我人たちのざわめき、治療魔法の発動する柔らかな響き……


 隣のテントから神社の巫女であるイスカの声が聞こえてくる。怪我人と話しているようだ。


 ヴォルフラムは訝しんだ。

 隣のテントにイスカがいて治療をしているわけがない。寺院にとって敵なのだ。

 だがこの声は確かに巫女のものだった。

 調べてみねば。


 ヴォルフラムの治療は終わった。

 お礼を言ってお布施を渡し、ヴォルフラムはテントを出る。


 よくわからないふりをして、さりげなく隣のテントに入った。

 そこは執務用テントのようだった。

 机が置かれ、書類が山となっている。

 女物の服も提げられており、ここは女神官が使う場所らしい。


 机の上にある小物からイスカの声が聞こえていた。

 ヴォルフラムは手に取って見る。これは盗聴用の魔道具だ!

 

「何者だ!」

 テントの入口に聖騎士ハインツ。

 ヴォルフラムは見つかってしまった。


「すみません、物珍しかったもので、つい」

 ヴォルフラムはにこやかな表情を浮かべる。


「その顔…… 見たことがあるぞ。魔族だな。正しき者の手で悪しき者は滅ぼさねばならない」

 ハインツは剣を抜く。


 ヴォルフラムはにこやかな仮面を脱ぎ捨てて獰猛な表情となり、盗聴用魔道具を手にかざして、

「神社の盗聴をしているような貴様らが正しい者だというのか」


「なに! 卑劣な盗聴を我らがしているなどと、なんたる侮辱!」

 怒るハインツの耳に魔道具からの声が入る。

「馬鹿な、これは確かに巫女の声のようだが…… そうか、アンジェラが」


 そのアンジェラがテントに入ってきて、ヴォルフラムを一瞥した。


 アンジェラは冷たくハインツに言う。

「侵入者よ、なぜ倒さないのかしら」

「しかし盗聴器が」

「こいつだって侵入してきているでしょ!」

「それではどちらも悪ではないか」

「ええい! みんな集まって! 侵入者を殺すのよ!」


 業を煮やしたアンジェラは外の聖騎士たちを呼び集める。

 ヴォルフラムはすばやくテントの下をくぐって外へ。


 逃げようとするヴォルフラムの周囲にたちまち聖騎士たちが集まってくる。


「よく訓練されてやがる!」

 

 ヴォルフラムは変化へんげのスキルを発動、半人半狼の姿となって狼の足で跳躍した。

 天井まで跳んだヴォルフラムはそのまま天井を駆けて寺院の壁上を通過。

 寺院の外に降り立った。


 だが聖騎士たちがどやどやと門から現れて追ってくる。

 騒ぎを聞きつけた魔族たちも神社から出てきた。


 寺院と神社の前にそれぞれ聖騎士たちと魔族たちが集まり、にらみ合う状況となった。


 神社から現れた巫女イスカにヴォルフラムは盗聴用の魔道具を渡し、大声で説明する。

「寺院はこの魔道具で神社を盗聴していたんだ! こんなことが許されると思うか!」

「……許されざる行為ですわ~!」

 怒りの声を上げるイスカに賛同する魔族たち。


 門から出てきたアンジェラは堂々とした様子で、

「魔族の侵入者が盗人猛々しいんじゃないかしら」

 聖騎士たちは剣を掲げる。


 魔族と聖騎士たちは武器を抜いて一触即発の状況。

 人数は魔族のほうが多いものの、人間の冒険者たちも聖騎士側に参加し始めた。


 このままでは殺し合いが始まること必至だ。


 屋台を準備していた酒場主人のダンは妻のマッティに急ぎ頼んだ。

「ギルドの人を呼んできてくれ」


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