第20話 狗神旅団

 ヴォルフラムは狼魔族の精悍な若者である。

 すらりと背が高くて痩身にも見えるが、日々の鍛錬と実戦で鍛え抜かれた筋肉質な身体だ。

 銀白色の長髪はタテガミのように背中まで垂らされている。

 よく日に焼けた顔は若さを隠すかのように厳しい表情を浮かべている。


 ヴォルフラムの黒い瞳には怒りの色があった。

 さきほど陰から覗いていた聖騎士たちの連携に、懐かしい狗神旅団での日々を思い返してしまったのだ。

 大切にしまい込んでいる思い出と憎い人間たちの有様を結びつけてしまうとは。

 あの暖かい栄光の日々を汚す行為だ。


 ヴォルフラムは狼魔族の小さな集落で生まれ育った。


 かつてヴァール魔王国が滅んだあと、魔族たちは寄る辺を失い、ある者たちは流浪の民に、またある者たちは辺境のさらに奥地に移って隠れ住んだ。


 ヴォルフラムの集落は東方山脈の深い森の中にあった。

 そこで彼は狩りを覚え、長ずると村の狭い人間関係に不満を抱くようになり、自分は文字通り一匹狼なのだと信じて外の世界に旅立った。


 たどり着いた街ではろくな仕事も見つからず、ごろつきと関わっては喧嘩に明け暮れる日々。

 そんな荒れた彼を拾い上げたのが狗神旅団のダンテス団長だった。

 狼魔族を中心とした傭兵隊である狗神旅団は精強で知られる。

 その狗神旅団を率いるダンテス団長もまた、狼魔族の奥義「月影斬」の使い手「月影斬のダンテス」として、また美貌の女性としても有名だった。


 酒場にふらりと現れたダンテス団長は、誰彼構わず喧嘩を売っていたヴォルフラムから喧嘩を買って、あっさり叩きのめすや一人で抱えて狗神旅団の山塞まで連れ帰った。


 山中に築かれた狗神旅団の城塞に数十人が集い、暮らし、鍛え合い、出撃していく。

 ヴォルフラムはそこに混ざった。


 ダンテス団長はよく笑う陽気な女だった。戦いに長け、仁義に厚く、狗神旅団のために尽力する団長を皆はよく慕っていた。


 ヴォルフラムはそんなダンテス団長に反発し、しょっちゅう喧嘩を売っては軽くあしらわれていた。

 しかし狗神旅団が出撃した戦場で何度となくダンテス団長から助けられたヴォルフラムは、いつしか団長を深く信頼するようになっていった。


 団長が使いこなす月影斬に憧れて、自分も使えるようになろうと修業にも励んだ。


 やがて団長への反発は暖かなつながりへの照れ隠しだったのだと自覚し、村を離れたのは信じられる長と仲間を得るためだったのだと運命を感じ、ダンテス団長に心酔して狗神旅団に尽くすようになった。


 ヴォルフラムは狩りで鍛えた腕を活かして斥候を務めた。

 優秀な腕前だと仲間からの信頼も厚く、もはや狗神旅団にとってなくてはならない存在だった。


 その頃、東方山脈では各地の魔族集落と急に連絡がつかなくなるという事件が頻発し始めていた。

 ある洞窟ではそこに暮らす侏魔族が残らず掻き消え、またある迷宮では主がいなくなって全体が崩壊してしまった。


 偵察に出されたヴォルフラムは各地の異常な行方不明を知り、不安を覚えて故郷を見に行った。

 故郷の集落も無人と化していた。親も兄弟も、集落の皆も一人残らず姿がなく、どこに行ったのか見当もつかない。

 ただ、集落に人間の少女が一人倒れていたのを見つけた。


 置いていくにも忍びず、ヴォルフラムは少女を狗神旅団の山塞まで連れ帰ることにした。

 目を覚ました少女はルンと名乗ったが、その名前以外を記憶喪失しており、なぜ集落にいたのか、集落で何が起きたのか知らないという。


 ルンは快活で人懐っこい性格をしていて、すぐにヴォルフラムと親しくなった。

 山塞での生活にも、ヴォルフラムよりもよほど早くなじんだ。


 兄と妹のようにヴォルフラムとルンは暮らした。

 記憶喪失の不安を押し殺して明るく元気にふるまうルンをヴォルフラムは大事に守り、慈しんだ。


 そうして暮らしていったある日、山塞から仲間が一人消えた。

 街まではめを外しに出かけたのかとも思われたが、いつまでたっても戻ってこず、街での話も聞かない。


 またしばらくして別の仲間も消えた。

 さすがになにかおかしいと皆も怯え始めた。


 遂には数人まとめていなくなった。

 団での信頼が厚い者ばかりだ。


 ヴォルフラムは必死に調べたが手がかりの一つもつかめない。

 そんな中、せめて団長とルンは自分の手で守ろうと誓っていた。


 ある日の深夜、宿舎にルンの姿がないことに気付いたヴォルフラムは探しに出た。

 ルンは広場でダンテス団長と団員たちに囲まれていた。


 仲間が消え始めたのはルンが来てからだ、真夜中に出歩いて何をしようとしていたのか白状しろと、周り中からルンは責められている。


 ヴォルフラムは驚き、ルンをかばおうとした。彼女は記憶を失っていて不安であり、夜に眠れず散歩をすることぐらいあるのだと。


 団員の一人がルンを拘束しようとしてヴォルフラムともみ合いになったその時、ルンは豹変した。


 突然、ヴォルフラムともみ合っていた相手が消失した。

 何がどうなったのか理解できないでいるヴォルフラムにルンは告げた。潮時だと。


 やり方はわからないがルンの仕業であることは間違いない。

 ダンテス団長が止める間もなく一斉に団員たちはルンに襲いかかり、そしてルンの剣が放つ蒼い焔に彼らはまとめて焼かれた。


 ルンはいつの間にかヴォルフラムの剣を奪い、悠然と構えていた。剣身からは蒼い焔が吹き上がっている。

 魔法の技だ。しかしこの剣に魔術言語によるプログラムは施されていないはず。まさか古代魔法による技なのか。


 ルンは次々に焔を放つ。

 山塞の建物が炎上していく。


 ダンテス団長の剣を子どものようにあしらいながら、ルンは焔を放っては団員を焼く。

 ルンの狙いは明白だった。皆殺しだ。


 妹と思ってかわいがっていたルンの仕業に、ヴォルフラムは呆然としていた。

 名を呼ばれても返事せず、ただ高笑いしながら殺戮していくルン。


 もはや山塞の全体が炎上し、生き残っているのはルン、団長、ヴォルフラムの三人だけ。


 ダンテス団長は狼魔族の奥義スキルである月影斬の構えをとった。

 そのような技が効くものかと嘲るルン。

 月影斬はヴォルフラムへと放たれた。


 月影斬はヴォルフラムが立っている大地を割った。

 深い地割れにヴォルフラムは落ちていく。

 落ちながら彼はダンテス団長が消失させられる様を見た。

 それが団長を見た最後だった。


 地割れの奥は深い地下空洞になっていた。

 そこに落ちたヴォルフラムが意識を取り戻して地下空洞を脱出し、山塞まで戻ってくるには数日を要した。


 山塞はもはやただの焼け跡だった。

 団長や団員の姿はなく、ルンもいない。

 ヴォルフラムはすべてを失ったのだ。

 

 それからの彼は各地で斥候の仕事を請け負いながらルンを捜した。

 だがその行方はようとして知れない。


 そうしているうちに魔王が復活して迷宮が出現したとの噂を聞き、ヴォルフラムは北辺の森までやってきた。

 そして情報を求めて冒険者に参加したのだった。魔王に会えればルンのような者のことも知っているかもしれない。



 過去の思い出に浸っていたヴォルフラムは、殺気を感じて現実に戻ってきた。

 ここは魔王城の迷宮、地下四階。

 彼は一人で探索をしているところだ。


 暗い通路に魔物の姿は見当たらない。

 だが確実に殺気は接近してきている。

 

 先ほど聖騎士を襲ったものと同一の殺気だ。

 あの時は、いきなりの黄色い突風じみた攻撃が聖騎士ハインツの鎧を切り裂いていた。


 奇襲に備えてヴォルフラムは息を止める。

 静かに、身体を動かさず、心臓すら鼓動を弱めて。


 沈黙の迷宮で殺気が爆発的に膨れ上がるのをヴォルフラムは感知した。


 通路を横殴りに黄色い突風が奔る。

 予測していたヴォルフラムは事前に動き始めていたおかげでぎりぎり回避。

 喰らっていたら身体を半分持っていかれていた。


 瞬時に消え失せた突風を、しかしヴォルフラムは視認していた。

 あれは虎だ。

 大きな虎の前枝が壁を突き抜けて突風のように現れ、攻撃してきたのだ。


 殺気の主はすでに去ったようだった。一撃離脱ということか。


 ヴォルフラムは壁を調べる。

 壁に穴などはない。

 だが攻撃が抜けてきたあたりの壁は材質に若干の違いがある。


 魔物だけが通り抜けられる壁があるということか?


 ヴォルフラムは新たな情報をつかめた喜びを感じかけて、しかし疑問を抱いた。

 この足元の血だまりはなんだ?


 血は自分の顔と胸から流れていた。

 あまりにも鋭い切り口に、傷が開いて血が流れだすまでに時間がかかったのだ。


 攻撃をかわしたつもりだったヴォルフラムは戦慄した。

 傷は深い。いったん戻るしかない。

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