地下三階

第13話 クエスト募集

◆迷宮町


 寺院が完成したとの話を聞いて、魔王とエイダは町はずれまで様子を見に来ていた。


 建立された寺院は白く塗られた建物で、一階には礼拝堂、二階には居室、その上には塔をそびえ立たせている。聖教団の強い権威を感じさせる大きな建物だ。


 その中からは口論が聞こえてくる。


 魔王とエイダは正面の大きな扉から中を覗いてみた。


 礼拝堂の床には鎧兜を外した騎士たちが寝せられている。

 激しく負傷しているようだ。


 ロザリオを握った神官アンジェラが治癒魔法を彼らにかけながら、聖騎士指揮官のハインツと口論していた。


「大口を叩いておきながらこの様、迷宮を潰すのではなかったのかしら」

「レジェンド級の龍と遭遇したのだぞ! 寺院でふんぞり返っているお前に言われる筋合いはない!」


「しょせん聖騎士は勇者様の足元にも及ばないようね」

「おのれ、侮辱するか!」

「あらあら、剣をお抜きになるのかしら。怪我の治療を止めてもよろしくってよ」


 魔王とエイダは引き返すことにした。

 

「聖騎士部隊を止めることには成功したようじゃな」


 ほっとしている魔王にエイダが問う。

「聖騎士をあんな目に合わせられるズメイ…… 誰か倒せるんでしょうか?」


「うむ? 冒険者の中には龍退治が専門の者たちもいると聞く。まあ、いずれ倒すであろ」



◆魔王城 大広間


「第三回、ダンジョン運営会議を開催します!」

 エイダが宣言して会議が始まる。


「重大な報告です。日毎活動冒険者数が40%に落ちました」


 イスカが疲れた顔で、

「皆さんズメイにやられて怪我ばかりですからね~ 私も治療していますけど追いつかないですわ~」


 クスミが報告。

「ズメイがいることで、他の階の魔物も強くなってるです」


「瘴気が広がっておるからのう……」


 玉座の魔王は頭を抱える。


「魔王様、ズメイには帰ってもらえないんでしょうか?」

「ズメイは地下三階を守る契約によって召喚されておる。倒されない限り契約は終わらぬ」


「地下三階の配置を変えて封じ込めるとか?」

「配置は変えられなかった。ズメイの魔力によって地下三階の構築魔法が掌握されておるのじゃ」


 大広間のテーブル上に、エイダが映像を呼び出した。

「龍退治の専門家ドラゴンスレイヤーによる戦いがどうなったかをお見せします」


 映像には、鎧兜姿に剣と盾を持った戦士が映っている。

 装備には複雑な刻印がなされており、魔法による加護を得ているようだ。


 戦士は地下三階でズメイと対峙していた。


 三つ首龍のズメイは身の丈が人間の十倍ほど。

 太い後肢で立ち、前肢には鋭い爪。長い尾を引きずり、背中には翼。

 焔のように赤い色をしている。


 首の一つから焔が吐かれた。

 戦士は盾で受け止める。盾の魔法結界が焔を押しとどめている。


 もう一つの首から瘴気が吐かれる。

 さらにもう一つの首から酸が吐かれる。


 盾の魔法結界は焔にしか効果がない。酸と瘴気で盾の表面はただれていき、ついに魔法結界が消えてしまった。


 使い物にならなくなった盾を振り捨てて、戦士は剣を振う。

 剣からは凍気が放たれ、ズメイに直撃した。


 ズメイを白い氷が覆った。

 ズメイは動かなくなる。

 戦士は凍りついたズメイにとどめを刺そうと剣を構えて迫る。


 突然、ズメイの三つ首全てから凍気が放たれた。

 戦士の足元が凍る。


 戦士は愕然としているようだった。

 ズメイは凍っていたのではない、氷の龍へと変化していたのだ。


 凍気のブレスを受けて、戦士は全身が凍りついた。

 氷の柱と化した戦士に、ズメイは焔を吐く。

 戦士は溶け崩れ去った。


 戦いは終わった。


「龍をあちこちで屠ってきた戦士と聞いたが、ズメイには手も足も出ないかや……」

 魔王は頭を抱える。


「蘇生は…… もう無理ですわね~」

 イスカがつぶやく。


 クスミが立ち上がった。

「強い魔物が現れて困ったとき、クエストというもので冒険者を集めるのだと酒場で聞きましたです。力を合わせてやっつけるです!」


 エイダは頷いた。

「ズメイ退治のクエストですね。全員で立ち向かえばきっと倒せます!」


「……そうするしかなさそうじゃな」

 魔王は頭が痛い。

 急いだあまりに安易な配置をしてしまった。

 その結果、ダンジョン運営が立ち行かなくなりかねない事態を招いている。

 どう考えても自分の責任である。

 取るべき方法は一つしか考えつかなかった。



◆冒険者ギルド会館


 一階の酒場に龍退治クエスト参加者募集の紙が貼られて三日。

 二階のギルド受付には閑古鳥が鳴いていた。


「誰もクエスト申し込みに来ませんね……」

 受付席のエイダはあくびをする。


 隣に立っているクスミは、

「ズメイを倒すクエストなんて死にに行くのと同じだって言われているです」


 魔王は覚悟を決めた。


「やはり、やるしかなかろう……!」


 魔王は受付カウンターに回って、

「ズメイ退治のクエスト、余が申し込む!」

 叫んだ。


「ま、じゃなかったヴァール様、その小さなお体では無理ですよ。魔力も使ってばかりで回復していないじゃないですか」


 エイダがなだめようとするも、取り付く島もない。


「やるといったら、やるのじゃ!」

 断固として宣言する。


 仕方なく受け付けてからエイダは、

「じゃあ、あたしも行きます」


「なんじゃと、エイダには無理」

 魔王は困惑の表情である。


「ヴァール様だって無理でも行くんでしょう」

「ぐぬぬ」

 魔王には帰す言葉がない。


「クスミも行くです」

「……お前たち…… すまんのじゃ……」

 

 エイダとクスミは明るく笑う。


 魔王は決然とした表情を浮かべる。

「かくなる上は、やってやるのじゃ!」


 魔王は階段で一階の酒場に降りる。

 二階での叫びを聞いていた酒場の冒険者たちは、魔王に注目する。


「余が悪龍を退治してくるゆえ、汝らはここで酒を喰らって待っているがよい」


 魔王の言葉に冒険者たちはざわついた。


「ヴァールちゃん、本気なのかよ」

「ギルマスちゃん……」


 酒場では聖騎士たちも飲んだくれていた。

 彼らに視線をやって魔王は、

「もう聖騎士は辞めてよいぞ。余が代わりを務めてくるゆえ」


 聖騎士指揮官のハインツが勢いよく立ち上がった。

「子どもの分際で、聖騎士を愚弄するか!」

 剣を抜こうとする。


 そのとき、酒場の奥から声が上がった。


「皆さん。今日の酒場はもうお開きだ」

「そうだよ、帰りな」


 酒場を経営するダンとマッティ夫婦だ。


 ダンは鎧と長剣を身に着け、マッティは動きやすそうな盗賊用の軽装に着替えている。

「ヴァールさんには店を任せてもらった恩義があるからな。ちょっくら龍退治に行ってくらあ」


 それを聞いて、冒険者の一人が立ち上がった。

「飲み終わったところだ、俺も付き合うぜ」


 次々に冒険者たちは立ち上がる。

「やってやろうじゃん!」

「おう!」


 聖騎士ハインツは剣を抜いて掲げた。

「冒険者ごときに任せてなるものか。鋭気は十分に養った、聖騎士団、出撃するぞ!」

「ははっ!」

「アンジェラも呼んでこい。さぼらせんぞ」


 魔王はダンとマッティに微笑んだ。

「礼を申すぞよ」


 ダンとマッティも笑って答える。

「冒険者がクエストに行く、当たり前のことでさあ!」

「たまには潜らないと腕がなまりますからねえ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る