第14話 悪龍ズメイ
迷宮に降りる祠は入口が開けっ放しになっている。
いつもと違って入場メダルを払うことなく冒険者や聖騎士たちがぞろぞろと入っていく。
地下一階に降りた者たちはいつもと少し様子が違うことに気付いた。
新たに階段が出現している。
階段には看板が掲げられていて、地下三階近道と記されていた。
冒険者たちは吹き出した。
「魔王の仕業か」
「どうやら悪龍は魔王にも嫌われたみたいだな」
皆が近道階段を通っていくと、穴が待っていた。
どうやらこれは地下三階の天井穴であって、ここから飛び降りれば地下三階に着くようだ。
盗賊のマッティが縄梯子を吊るし、まずはダンが降りる。
降りていく途中で攻撃されるのではないかとダンは戦々恐々だったが、ズメイは悠々と見物していた。
続々と冒険者や聖騎士たちが地下三階に降り立つ。
エイダとイスカも縄梯子で降り、クスミはそのまま飛び降りてくるりと着地し、魔王は風に乗って降りた。
冒険者五十名、聖騎士十五名に神官一名、魔王一行四名、七十名にもおよぶ大部隊である。
ズメイを半円に囲み、前衛は剣や槍を構え、後衛は魔法や投てき武器の準備を済ませて戦闘準備は全員完了。
ズメイは六つの目を面白そうに輝かせている。三つの顎からは焔や瘴気が漏れ、シュウシュウと音を立てる。
冒険者たちをまるで恐れていないようだ。
逆に冒険者たちの中には緊張して手足を震わせている者もいた。
ズメイが放つあまりにも強大な妖気に当てられているのだ。
魔王は前衛の前に出た。
恐れをなしていた冒険者たちも注目する。
「これは戦いの祭りじゃ。ズメイ、汝の首を取りてその血を迷宮への供物としようぞ。皆の者、猛るがよい、屠るがよい、ズメイ
「おおお!」
魔王の言葉に乗せられて、前衛の剣士たちがズメイへと突撃。
ズメイは身の丈十メートル以上の黒い巨龍である。
剣士たちはその三つ首を狙って剣を煌めかせる。
ズメイは剣士たちへと酸のブレスを吐く。
後衛の魔法使いたちが対抗して灰の風を吹き付ける。
酸は中和されて効果を減じた。
ズメイは唸り、後肢で立ち上がって剣から逃れようとする。
剣士たちはズメイの腹狙いに切り替えて突き刺しに行く。
ズメイは翼を動かして浮上した。
剣士たちの真上、至近距離から焔を噴きつける。
「ぐわあああっ!」
戦士たちは兜や鎧に対焔の魔法をかけてもらっていたが、あまりにも激しい焔に逃げ惑う。
聖騎士指揮官のハインツが、仏頂面の神官アンジェラに命じる。
「祝福せよ!」
「なんで私がこんな地下でこんな化け物相手にこんなこと」
「アンジェラ!」
「はいはい」
アンジェラはロザリオを掲げて祝福の呪文を唱える。
魔法が発動、聖騎士たちの白い装備が聖なる祝福に輝く。
「聖騎士、突撃!」
重装のフルプレートアーマーに身を固めた聖騎士たちは長槍を構えてズメイへと突撃。
「闇の魔物よ、地獄に帰れ!」
浮遊しているズメイへと長槍を一斉投てきした。
祝福された長槍は輝きながらズメイへと一直線に飛ぶ。
長槍はズメイの黒い腹に突き刺さると見えた。
だがハインツは目を疑った。
黒かったはずのズメイが白く輝いている。
聖なる輝きだ。
「まさか……!」
長槍はくるりと反転して、あたかも天罰のごとく聖騎士たちへと降り注ぐ。
数人が腕や足のアーマーを貫かれた。
ズメイは咆哮する。
白く輝くその姿は聖騎士たちにとってひれ伏したくなるほどの神々しさである。
「惑わされるな!」
そう叫ぶハインツ自身が身を震わせている。
さきほどまで闇に染まっていたズメイが今や聖なる属性に変じている。
「気を付けよ、ズメイは属性を自由に変えるようじゃ!」
魔王が叫ぶ。
聖騎士たちは祝福効果をあきらめて抜剣。
冒険者たちも物理攻撃に切り替える。
浮遊しているズメイは三つ首の顎を開いた。
ブレスの準備だ。
「今です!」
クスミが叫び、手裏剣を投げる。
ズメイは焔と酸と瘴気を一度にブレスする。
しかし手裏剣は溶けずにズメイの口の中に当たった。
「
それを見て、後衛の冒険者たちが次々に真銀製のナイフや矢でズメイを攻撃する。
ズメイのブレス対策用に持ってきた真銀製の武器だ。焔と酸と瘴気では真銀を溶かせない。
ズメイは苦しげに吠える。
「効いているぞ!」
歓声を上げる冒険者たち。
その瞬間だった。
空気を叩きつけるような衝撃波が走り、前衛の冒険者たちがまとめて吹っ飛ぶ。
その冒険者たちにぶつかられて、後衛も倒れる。壁に叩きつけられる。
ズメイの巨体が消えていた。
いや、変じていた。
そこには人の姿をして龍の顔を持つ者が立っていた。
龍人だ。
学者が着るようなゆったりした布の服に身を包み、恭しそうにお辞儀をする。
お辞儀をされた冒険者や聖騎士たちのほうはと言えば、倒れ、苦しみ、血反吐をあふれさせている。
「我は龍人ズメイ、なんともはや楽しき戦い、皆様には御礼申し上げます。さて、次なる一手は如何に?」
人の姿と化したズメイは右手に鞭を持っている。
先ほどの衝撃波はこの鞭が発したのだろう。
鞭は龍の尾が変じたもののようだった。
長大な鞭は一振りで全体にダメージを与えていた。
この部屋のどこにいても鞭の攻撃からは逃れられないということだ。
だが、魔王には傷ひとつなかった。
エイダがかばったからだ。
代わりにエイダは服を切り裂かれ倒れている。
「なぜじゃ、エイダ、どうしてそこまでする。余は汝のために何もしておらぬではないかや……」
額から血を流しているエイダはにっこりと笑った。
「あたしは小さい頃にヴァール様の伝説を読んでから、ずっと憧れてました」
エイダは少し血を吐いた。
「美しくて、魔法が強くて、でもそれよりも、仲間のためなら矢面に立って、封印されようとも友を信じて。そんなヴァール様に勇気づけられてここまで来たんです。あたしがお礼をする番なんです……」
「違うぞ、エイダよ。今は余の番じゃ!」
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