第12話 聖騎士団

◆迷宮町


 昼過ぎの迷宮町を魔王とエイダが散策している。

 季節は春になった。天気も良く、陽射しが暖かい。


 迷宮町もずいぶんと発展してきた。

 ギルド会館をすぎると宿屋が並び、共同市場が続く。

 共同市場の建物は広い二階建てで、中を細かく区切って多くの商人たちが使っている。


 魔王とエイダは共同市場に入った。

 迷宮で拾ってきた希少な武器を陳列した店、回復用の薬屋、人形に鎧兜を着せた防具屋。

 そんな中に日常用の服屋も新たに出店していた。


 エイダが服屋に入って、吊り下げられている服から目当てのものを見つける。

「これです、ヴァール様にすごく似合うと思って」

 エイダは白いワンピースを魔王に当ててみる。


「やっぱり! すごくかわいいです!」

「かわいいよりも、きれいなほうが好きなのじゃが」

 そう言いつつ、姿見に映した自分の姿に魔王もまんざらではなさそうである。


「これもかわいいですよ!」

 レースのフリルが数段重ねられた黄色いドレスをエイダが持ってくる。


 しばらくあれこれ着替えショーをやった後に二人は店を出た。エイダは大きな袋を提げている。


「帰って着替えましょう!」

 通りをギルド会館へと歩きながら、はしゃぐエイダ。


 通りの彼方から馬のいななきが聞こえてきた。

 人の叫び声に、馬車の音。

 妙に騒がしい。


 魔王は眉をひそめて、

「あれはなにごとじゃ」


 魔王は町はずれの方へと通りを歩き出す。

 エイダもついていく。


 町はずれのあたりまで来ると騒ぎの正体がわかった。

 騎馬の部隊がやってきていた。

 白い鎧を着て白馬に乗った騎士の一群だ。


「聖教団の聖騎士です!」

 エイダが驚く。

「ううむ、いずれ来るとは思うておったが」


 騎馬の聖騎士たちに、白い馬車、それから荷馬車が多数。


 白い馬車からは目を引く女性が降りてきた。

 白いドレスを着た神官だ。

 大きな胸をこれ見よがしに胸元を大きく開いて、スリットの開いたドレスで太ももを見せつけている。


 女神官は聖騎士たちに命じた。

「寺院に向いた場所を探してらっしゃいな」

「ははっ、アンジェラ様」


 聖騎士たちは騎馬で町に散っていく。

 歩行者に構わず大通りを飛ばしていく姿に魔王は顔をしかめた。


 大きな羽飾りを兜につけた指揮官らしき聖騎士が女神官に抗議する。

「聖騎士部隊の指揮官は俺だぞ。勝手に命令するな」

「あら、わたくしに寺院建立を取りしきれとサース枢機卿は御命じになったのよ、ハインツ。あなたの配慮が足りないから、わたくしに手間取らせているのではないかしら」

「この……!」

 聖騎士ハインツは怒りを露わにする。


 そこに魔王は割り込んだ。

「誰の許しがあって、この街に寺院を建てようというのかや」


 聖騎士ハインツはさっと魔王に顔を向けたが、

「……なんだ、ガキか」

 相手にするのも無駄とばかり、馬を明後日に向けて歩かせる。


 神官アンジェラは大きくにっこりと笑って、

「信仰がない町に寺院を建立するのは、聖女神がお許しになったことですわ。そういうあなたはどなたの許可を得てわたくしに口を聞いているのかしら」


「失礼です!」

 露骨に見下した言い方にエイダが食ってかかろうとしたのを魔王は手で止める。


「余はここを築いたヴァールじゃ。冒険者ギルドのマスターでもある」

「ふうん、小さいのにがんばってますのね。でも寺院も持たない町だなんて町失格ですわ」


「いずれ神社を建てるつもりじゃ」

「神社、異端の魔族信仰ですわね! ああ、おぞましいですわ」


 聖騎士の一人がアンジェラの元に来て、

「アンジェラ様、本日からの宿についてご報告を」

 もう魔王との話は終わったとばかりに、アンジェラは聖騎士と話し始める。


 魔王も口を閉ざして、ギルド会館へと歩き出す。


「今のはあんまりです!」

 エイダは歩きながら怒っているが、魔王は落ち着いてみえる。


「しょせん相容れぬ敵よ。それに、この町に治療所がないのは気になっておった。エルフたちは鍛冶に忙しくて神社を建てる余裕もない。寺院にはせいぜい治療の役を果たしてもらおうぞ」


 そういう魔王が小さな拳をぎゅっと握りしめているに気付いて、エイダはその拳をそっと自分の手で包み込んだ。


「ですよね!」

 エイダは努めて明るく言う。



 果たして翌日、町の奥に天幕がいくつも建てられ、寺院の治療活動が始まった。

 天幕の横では急ピッチで寺院の建立が行われている。


 天幕には怪我をした冒険者たちが並んでいる。

 天幕内で治療を受けた冒険者は決して安くはない寄付金を払って出てくるが、男たちは幸せそうに目尻を下げていた。

 神官アンジェラの胸元や太ももを間近から謁見する栄誉を賜ったのだ。


「おお、やだやだ。男ってやつは」

 行列を眺める重剣士グリエラは肩をすくめて見せる。


「うちのも怪我なんかしてないくせに行きたがってねえ」

 酒場の女将であるマッティはため息をつく。大繁盛だと聞いて様子を見に来たのだ。


「今まではいちいち治療師を探してたから助かるっちゃ助かるんだけどね。蘇生もしてくれるそうだし」

「でも騎士たちが物騒で心配だよ」


 寺院の周りをうろつく聖騎士たちに二人は目をやる。

 見るからに力を余らせた男たちだ。

 いずれ何かをしでかすのは間違いなかった。


 兜に大きな羽飾りを付けた聖騎士が号令をかける。

「出撃するぞ!」

「ははっ!」


 聖騎士たちは整然と行進を開始した。



◆ダンジョン管制室


 地下二階の状況を映像で確認していたエイダが驚きの声を上げた。

 アンデッドたちがみるみる倒されている。


 地下二階は多数の部屋を作り、そこに大量のアンデッドをルームガーダーとして配置している。できるだけ攻略を長引かせるのが狙いだ。


 そこに聖騎士の部隊がやってきた。彼らが得意とするのは聖属性の攻撃、それが特に有効なのはアンデッドである。


 ダンジョン管制室に浮かび上がっている映像には、整然と突撃していく聖騎士たちが映っている。


 広い部屋で聖騎士たちは横一列に並んだ。

 その向かいには、ばらばらに襲いかかろうとしているグールたち。


 中央にいる聖騎士、指揮官のハインツが号令をかける。

「総員突撃!」


 白い鎧兜に身を包み、右手に長槍、左手に四角い盾を構えた聖騎士たちが並んで突進する。

 槍ぶすまから逃れられず、次々と串刺しになっていくグールたち。

 長槍が刺さったところからグールの肉体が崩壊し始める。聖なる祝福を受けた長槍がアンデッドにかけられている不死の呪いを破壊しているのだ。


 長槍にかかったグールは腐り果て滅びていく。わずかな時間でルームガーダーのグールは全滅していた。


「撃滅完了!」

「次の部屋に移動せよ!」


 指揮官ハインツの号令一下、聖騎士たちは縦列で行進して次の扉へと向かう。



 映像をここまで見て、エイダと魔王は顔を見合わせた。


「すぐに地下二階を制圧されそうです」

「まずいぞよ。まだダンジョン地下三階は作っておらんのじゃ!」

「急ぎましょう!」


「ううむ、時間がない…… 手抜きするしかないのじゃ」

 だだっ広い一部屋だけの地下三階を取り急ぎ構築する。


 魔王は管制官用の席で操作用魔法陣を次々に呼び出す。


「ダーマよ、ポップサークルに設定できる魔物のクラスを教えよ」

「コモン級、アンコモン級、レア級です」

「レア級ではバジリスク、ジャイアント、レッサーデーモンあたりか…… だめじゃ、あの聖騎士たちを止めるには足りぬ」


 エイダが提案する。

「調べていたら、ネームド召喚という設定があるみたいなんですけど」


「ふむ。ダーマよ、ネームド召喚では何ができるのじゃ」

「異界の魔物を真名によって召喚できます。ポップは一回限りです。対象の強大さに応じて多量の魔力を要します」


「召喚できるクラスは?」

「コモン級、アンコモン級、レア級、エピック級、レジェンド級まで可能です」

「よし、レジェンド級を呼ぶぞよ!」


 魔王は操作用魔法陣を開いて、設定を開始する。

「必要魔力は備蓄の八割かや…… やむを得まい。レジェンド級、龍を設定」


 魔王は叫ぶ。

「来るがよい、三つ首の悪龍にして知恵深き龍人ズメイ!」


 地下三階に莫大な魔力が注ぎ込まれる。

 次元に穴が開き、強大な存在が通り抜けてくる衝撃は、この管制室がある地下八階にまでも伝わってくる。


 管制室に浮かび上がっている地下三階の映像に、巨大な龍が映されていた。

 三つ首の龍ズメイだ。

 ズメイは不思議な色をしていた。黒くもあり白くもあり、銀にも赤にも水色にも見える。

 その不思議さは強大な魔法的存在であることを物語っていた。


「成功じゃ。これで聖騎士は止められるじゃろうて」

「一安心ですね!」


 地下二階の監視映像には、聖騎士部隊がアンデッド・プリーストを屠る様が映されている。

 地下二階を制圧して地下三階に進むことは間違いない勢いだった。


 魔王たちは地下四階を設計し始めた。凝った作りにしようとアイディアを出し合う。

 だが二人は気付いていなかった。もう誰も地下三階を突破できなくなっていることに。

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