第11話 三人パーティ

「止めときな! 自分も丸焼けになるよ!」

 女性の声に、はっとクスミは自分を取り戻す。


 部屋の中に女重剣士が入ってきていた。

 この部屋はルームガーダーを倒すまで中から外には出れないが、外から中に入ることはできる。


 女重剣士は鋼鉄の装甲に全身を包み、両手持ちの大剣で武装している。

 女重剣士が大剣でグールの頭を殴りつける。ぷちゅっと音を立ててグールの頭が潰れる。


 他のグールが女重剣士の後ろに回ろうとしている。

 我に返ったクスミは、グールの足や腕の関節をクナイで切り飛ばす。


 女重剣士は景気よく大剣を振り回してグールをミンチにしていく。

 クスミはそれをフォローする。


 気が付けば部屋の中のグールは残らず動かぬ肉塊と化していた。


 ぐったりしているクスミに女重剣士が声をかけてくる。

「大丈夫だったかい」

「助かりましたです……」


「一人でいけると踏んでたけど、二階は厳しいねえ。あんたも同じ口だろ」

「うう、考えが甘かったです」


 クスミは土下座したい気分だったが、さすがにこの床でやるのは嫌だった。


 しばらくするとグールたちの死骸は吸い込まれるように消えていき、ドロップされた魔石が点々と残った。

 女重剣士は魔石を拾い集めて半分をクスミによこす。

「あたしは重剣士のグリエラさ。あんたは?」

「忍者のクスミです。助けてもらったのに、こんなに魔石をもらえないです」

「いいから取っときなって。細かいこと言わずに分け合うのが迷宮でうまくやってくコツなんだよ」


 グリエラは身体を前後左右にひねって柔軟体操をしてから、

「じゃあ、次に行こっかね」

 まだ見ぬ先につながる扉を開く。

「えっ」

 クスミは動揺した。


「来ないのかい?」

 呼びかけられてクスミは悩んだ。

 先に進めばきっとまたグール。でも一人で戻ってグールに遭遇するのも地獄。


 心細くなっていたクスミはあまり考えずにふらふらとグリエラについていくほうを選んだ。


 グリエラを先頭に狭い通路を進む。

 またすぐに扉を見つけた。


「行ってみようか!」

 躊躇せずにグリエラは扉を開く。


 部屋の中には爛々らんらんと光る目がずらりと並んでいる。

 偉そうな神官っぽい服装を着た腐れ者たちに、おなじみのグールたち。

 クスミは強い魔力を感じる。

 さっきの比じゃない。これはやばい。


「うん、逃げよっか!」

「はい!」

 グリエラとクスミは部屋に入らず一目散に逃げ出した。



◆迷宮町


 冒険者は迷宮から戻ってきたら報告書をギルドに出す義務がある。

 報告書を持って冒険者ギルドの受付にたどり着いたクスミはよれよれだった。


「無事にお帰りなさいませ」

 エイダはそう言うが、ちっとも無事な感じではない。


 クスミの姿はゾンビの体液にまみれ、臭いもひどいものだ。忍者の黒装束でなければもっと悲惨な汚れが目立っていただろう。


「……アイテムは魔石しか拾えなかったです」

「次はきっと拾えますよ!」


 うなだれるクスミの肩を、一緒に戻ってきたグリエラが笑いながらばんばんと叩く。

「こんな日もあるさ! またがんばりゃいいよ」


 迎えにきたイスカがクスミを見て笑う。

「あらあら、ひどい姿ですわ~ アイテムは拾えたのかしら」


 クスミはかっと顔を上げた。

「明日はイスカ姉も来なさいです!」

「ええ~っ?」

「やってみないとわからないです! グリエラさんもまたお願いします!」


 グリエラは鷹揚おうように頷く。

「いいねえ。明日はしっかりパーティ組んで行こうかねえ」


「いいですよねイスカ姉!」

 近づくクスミからイスカは後ずさる。

「いい、いいわよ~ だから近づかないで。早くお風呂に行ってらっしゃいよ~!」



◆ダンジョン地下二階 二日目


 重剣士グリエラと忍者クスミを前衛に巫女イスカを後衛として、三人パーティが地下二階を進んでいる。


 昨日、グールの大群がいた部屋に至る。

 今日も元気にグールが十五匹お出迎えだ。


 グリエラとクスミは前に出てイスカを護る。

 イスカは巫女の道具である大幣おおぬさを構えている。木の棒の先から白い紙を垂らした祈祷道具だ。

 彼女が使うのは東方系の術式である。


「祓えたまい~ 清めたまえ~」

 イスカは大幣を振りながら、のんびりした調子で唱える。

 そうしている間にもグールの群れがにじり寄ってくる。


「これはあれかい、呪文でグールを追っ払うのかい」

 グリエラは大剣でガードしながらクスミに聞く。

「そんな感じなのです。もうちょっと待っててです」

 クスミは忍刀を構えている。


 グールから周りをぐるりと囲まれた。

 吠えるグール、よだれを垂らすグール、うなるグール。

 今にも一斉に飛びかかってきそうだ。


 クスミは気持ち悪さに鳥肌が立つ。

 グリエラは開き直ったのか笑っている。


 イスカの祝詞は続く。

かむながら守りたまい~ さきわえたまえ~」


 じりじり近づいてきていたグールたちがとうとう一斉に飛びかかってきた。


「うわ、来たです!」


 イスカは大幣を振り下ろす。

遠神能看可給とおかみえみたえ!」


 大幣から清浄な気が放たれる。

 気は部屋中に広がっていく。

 気に触れたグールは魂が抜けたかのようにばたばたと倒れていく。


「ふう…… 解呪しましたわ」

 イスカは額の汗を手で拭う。


「やるじゃないか! お前の姉ちゃん凄いよ!」

 グリエラは片手でクスミの背中を叩く。

 クスミは自慢げな顔をする。


 倒れたグールはやがて吸い込まれるように消えていき、魔石を残した。

 他にドロップアイテムはない。

 クスミは残念そうである。


「気をつけろ。次の部屋はもっとやばいぞ」

 グリエラを先頭に次の部屋へと進む。


 前回は扉を開けたところでびびって逃げ帰った。

 今回は準備をしてきて、イスカも連れてきている。


「開けるぞ!」

 グリエラが控えめに扉を開けるや、クスミが油の瓶に火をつけて投げ入れた。扉をすぐに閉める。

 部屋の中からは肉が焼ける音と不気味な苦悶の声が聞こえてくる。


 しばらくして静かになったところで扉をまた開けた。

 広い部屋の中には焦げたグールたちが倒れている。


「やったな」

 三人は部屋の中へと侵入する。


 倒れているグールの中には神官のような服装をしている者もいる。

 クスミが近づいて確認しようとしたときだった。


 そのグールからうなり声のようなものが聞こえてくる。

「離れて、呪文よ~!」

 イスカが叫ぶ。


 うなるグールから魔法陣が広がる。

 倒れているグールたちから白い蒸気が上がる。

 やがてグールたちは次々と立ち上がった。

 再生したのだ。


 うなっていたグールも立ち上がる。神官の姿をしているグールだ。


「アンデッド・プリーストだよ!」

 グリエラが叫ぶ。


 グールが十五匹に加えてアンデッド・プリーストが五匹。さきほどの部屋よりも多い。


 グールから上がっていた蒸気を吸い込んでしまい、グリエラとイスカはせき込む。

 アンデッド・プリーストが唱えたのは回復の呪文ではない。

 汚れた気で生命力を奪う呪文だ。しかしグールには逆に作用する。


「またさっきの浄化を頼む!」

 そう言いながらグリエラはよみがえったグールの群れに切りかかっていく。

 大剣でグールの頭を吹き飛ばした。

 倒れたグールはしかし、みるみるうちに頭を再生させて起き上がってくる。


「まいったね、こりゃ」

 グリエラは大剣を縦横に振り回してグールを倒していくが、グールはすぐによみがえる。

 奥にいるアンデッド・プリーストたちが呪文を唱え続けているのだ。


 大幣を振っているイスカを守りながら、クスミは隙を見てクナイを投げた。

 アンデッド・プリーストの首に命中。しかしアンデッド・プリーストはなんでもないかのようにクナイを引き抜く。たちまちクナイが開けた穴もふさがってしまう。


 準備ができたイスカは大幣を振り下ろす。

遠神能看可給とおかみえみたえ!」


 アンデッド・プリーストたちも呪文を唱える。


 大幣から放たれる清浄な気と、アンデッド・プリーストたちの汚れた呪文が拮抗。

 気は相殺されてしまった。


 大技を連発したイスカはあえぐ。

 しばらくは浄化をできそうにない。

 だがアンデッド・プリーストたちは疲れることなく呪文を唱え続けている。


「お姉ちゃんはいいから前に出なさい」

 イスカの言葉にクスミは一瞬ためらうも、前にダッシュ。守っているだけではいずれやられるだけだとクスミにもわかっていた。


 忍刀でグールを切り裂く。手足を飛ばしてしまえば、いくら再生力が高くても回復までには時間がかかる。

 グリエラは大剣でグールの胴体を粉砕していく。


 二人の剣風がアンデッド・プリーストへと迫る。


「合わせるよ!」

「はい!」


 大剣がアンデッド・プリーストの首を吹き飛ばす。

 忍刀がアンデッド・プリーストの首を薙ぐ。


 大剣がアンデッド・プリーストの首を潰す。

 忍刀がアンデッド・プリーストの首を切る。


 大剣と忍刀が最後に残ったアンデッド・プリーストを粉砕する。


 アンデッド・プリーストは呪文を唱えるいとまもなく全滅していた。

 残ったグールはもう回復することはない。

 グリエラとクスミは安心してグールを片づけた。


 ようやくルームガーダーは全滅した。  

 グリエラ、クスミ、イスカの三人はしばらく肩で息をしていた。


 アンデッド・プリーストやグールの死骸が床へと吸い込まれるように消えていく。

 後には魔石と、そして宝箱が残っていた。


「宝箱です!」

 はやる気持ちを抑えきれずにクスミは宝箱を開く。

 宝箱には手甲鉤てっこうかぎが入っていた。手の甲に装備する武器で長く鋭い爪を持つ。


「イスカ姉、鑑定お願いです!」

「どれどれ…… 手甲鉤、忍者用装備、真銀ミスリル製でアンデッドに極めて効果的、レア級アイテム。クスミちゃん、レア級アイテムだよ!」


 クスミは思わず手を上げて、

「やった、やったです、レア級です! 忍者用です!」


 そこではたと気づいて、

「あ、迷宮で手に入れたものは皆でわけるんですよね、グリエラさん」

「そいつはクスミにあげるよ」

「え、でも」

「使いたいんだろ、次のが出たら遠慮なくあたしがもらうからさ」


 クスミは深々と頭を下げた。



◆魔王城、地下七階の大広間


「ではダンジョン運営会議、第二回を開催します」

 エイダの言葉で会議が始まる。

 出席者は前回と同じく魔王、エイダ、イスカ、クスミである。


「前回、クスミさんから疑問が上がっていたレア級アイテムの配布ですが……」

「はい! はい! はい!」

 勢いよくクスミが手を上げる。

 その手には手甲鉤が装備されている。


「レア級アイテムをもっと出すべきだと思います! あんな目にあってこれひとつだけです!」

「クスミちゃん、そんなことしたら宝物がすぐ全部なくなっちゃうのよ~」


 魔王はおかしそうに、

「どうじゃ。クスミはまた潜りたいかや」

「毎日潜ってます!」


 魔王は薬が効きすぎたかとも思うが、後の祭りである。


 魔王は小声でエイダに、

(エイダよ、ちょうどあれが出るように操作したであろ)

(え! ええっと、はい、やりました)

(チートじゃぞ)

(すみません!)


 魔王は笑う。

「まあよかろう。余も潜りたくなってきた」

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