第10話 レア級アイテム
◆魔王城、地下七階の大広間
魔王がとことこと入ってくる。
黒いローブ姿で背中にはマントが踊っている。その手には魔王笏を持っていた。
魔王の顔は明るい。
埃まみれで塵だらけだった大広間が今やピカピカに磨き上げられ、きれいな玉座にテーブルと椅子が並んでいるのだ。
エルフ村から来た者たちが魔王城の掃除や片付けの仕事に就いた成果である。
「おはようございます魔王様!」
席について資料を確認していたエイダが顔をあげる。エイダも明るい表情だ。
「おはようエイダ。早くからいたようじゃな」
「記念すべき第一回ダンジョン運営会議ですから!」
大広間の隅で振動音が鳴り響き、空間に楕円形の穴が開く。
穴の向こうにはエルフ村が見える。魔法で離れた空間をつなぐポータルだ。
エルフ村と魔王城を行き来しやすくするために魔王が設置したものである。
ポータルをくぐって、巫女イスカと忍者クスミが現れた。
通り抜け終わるとポータルは消えて静かになる。
「イスカとクスミ、参上いたしましたわ」
二人は魔王に深々と頭を下げた。
イスカはテーブルの席につき、クスミは床に正座した。
「エイダちゃん、よろしくね~」
「こちらこそよろしくお願いします!」
魔王は目をぱちくりさせて、
「クスミよ、なぜ椅子に座らんのじゃ」
「魔王様の御身を傷つけようとしたクスミには椅子に座る資格がないです」
「その件はもうよいと言うたではないか」
「どうかお許しくださいなのです」
「ううむ、頑固じゃのう」
魔王は玉座に座ろうとするが、高くて届かない。
エイダが魔王の両脇に手を入れてひょいと持ち上げ、玉座につかせる。
「うむ。では第一回ダンジョン運営会議を始めようぞ」
「はい!」
「はい」
「はっ」
まずエイダが報告を始める。
「
「魔力還元率は高すぎないかや? 我らが得た魔力を85%も冒険者に返しているということであろ?」
「これ以上絞ると冒険者が赤字になりますので」
そこでイスカが質問する。
「85%しか返さない時点で赤字のように思えるのですけど?」
「同じ魔力量で返すとしても、凝縮した希少な魔石にしてドロップすることで価値が上がるんです」
クスミは会話の意味がよくわからなくて、ぽかんとしている。
エイダが説明を続ける。
「アイテムのドロップ率ですが、レア級アイテムが0%だったのを1%に設定しました」
「うむ。レア級アイテムをエルフ村から手に入れたことでようやく可能になった設定じゃ。イスカ、感謝するぞよ」
「お役に立てて光栄ですわ」
「レア級アイテムを配れば冒険者も喜ぶであろ。いずれ足りなくなれば鍛冶での生産も頼むのじゃ」
そこでクスミが急に立ち上がった。
「イスカ姉、村で守ってきた宝物を冒険者にあげるということ?」
「そうよ」
「なんで!? 皆で守ってきた大事な宝物なのに!」
魔王がすまなそうに、
「魔王国を再興していくにはどうしても必要なことなのじゃ」
「でも、でも、宝物を人間にあげちゃうなんて! せめて売っちゃいけないんですか!?」
エイダが説明を始める。
「仮に、レア級アイテムを100銀貨で売る場合としたら100銀貨の儲けですよね」
「はい?」
「冒険者の100人に1人がドロップアイテムとして手に入れる場合の収入を計算しますね。入場料が100銀貨、100人が消費するMPとHPがおよそ5,000、100人の食事代と宿代で300銀貨。合計で400銀貨と5,000MPを魔王国は手に入れることができます」
「そ、それで?」
「つまり売るよりも300銀貨と5,000MPお得なんです」
クスミはぽかんとしている。
「クスミちゃんには難しすぎたみたいね~」
イスカが哀れみの目をクスミに向ける。
「ううう」
クスミは頭を抱えている。
「冒険者というものは、買うよりもドロップにやる気を出すものなのじゃ。そこがわかれば…… そうじゃ!」
魔王は手を打った。
「クスミよ、自分でダンジョンに潜ってドロップアイテムを見つけてみるがよい」
「はい?」
クスミは顔をあげた。
「己自身で試してみれば気持ちもわかるじゃろ。忍者修行にもなる、行ってくるがよい」
「は、ははっ!」
よくわからないまま、クスミは深々と土下座した。
◆ダンジョン地下二階 一日目
魔王に言われたとおり、クスミはダンジョンに挑み始めた。
パーティは組まず一人で潜ることにした。
クスミは思っていたのだった。ダンジョンなんてちょろいと。
自分は長く修行してきた忍者、一人で十分、魔物なんて相手にもならない。
確かに地下一階のゴブリンやオーガはそうだった。
影を縫って進めば戦う必要もないし、やろうと思えば一撃で倒せる。
真正面から戦っている冒険者たちが苦労しているのをしり目に、あっさり地下二階に到達した。
ここからはアイテムを手に入れるために魔物と戦う。
やたら込み入った迷宮だった地下一階とは異なり、地下二階は細い通路と広めの部屋の組み合わせだった。
部屋にはそれぞれ
どんな強敵であろうと倒してやる、そんな気概で部屋に突入したクスミを待っていたのはグールの群れだった。
グールは呪われた
腐敗した人間の身体を持ち、速度は遅いが見た目よりもずっと力がある。
全身が毒や病原菌の塊みたいなもので、触られるだけでも汚染され、噛まれると病気になってしまう。
森で生まれ育って外に出たことがないクスミには初めてのグール遭遇だ。
部屋の中にはグールが十五匹。
見るだけでも気持ち悪い上に臭いもきつい。
逃げて先に進むことも考えたが、別のグールが待ち受けていそうだ。
そもそも魔物を倒してドロップアイテムを手に入れるために来たのだ。
「倒してやります!」
クスミは手裏剣を投てき、狙い過たず急所の首や心臓、頭に突き刺さる。
だが意に会することなくグールは迫ってくる。なにせ既に死んでいる。
「もっとぶっ壊さないとだめなんです!?」
クスミはクナイを握る。
近づいてきたグールが腕を上げたところでクナイを一閃、腕の関節を切断する。
切断部から茶色い液体が噴き出した。
クスミは声にならない叫びを上げながら、グールの足関節も切断。今度は黒い液体が勢いよく噴き出した。臭い。汚い。
グールがにっと笑う。汚れた乱杭歯がむき出しになる。ドブよりもきつい口臭が吐きかけられる。
「い、い、い、やですうううっ!」
扉から脱出しようとする。
だが扉は開かない。ルームガーダーを倒すまで扉の鍵が解除されない仕掛けのようだ。
「死ね、死ね、死ね、死ねですううう!」
迫るグールに手裏剣を集中投てき。足を切断する。
グールは倒れたものの、残った手足で這ってくる。
そうこうしている内に、部屋はそこらじゅうに散乱したグールの手足や胴体がうごめき、あちこちが黒や茶色の水たまりで足の踏み場もない地獄絵図である。
もう頭が回らなくなってきたクスミはふところから油を取り出した。
「全部焼いてやればいいんです!」
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