第8話 偲ぶ者たち

 謎の気配を追い続け、結界に入り込んだ魔王は拍子抜けな気分だった。


 魔王がいるのは谷底。

 谷には小川が流れ、左右には緑色の段々畑が広がっている。

 小さな農家屋敷も点在している。

 大きめの煙突から煙をたなびかせている小屋は鍛冶小屋だろうか。


 畑では農民たちがのんびりした様子で働いていた。

 農民たちは質素でずいぶん古そうな服装、緑髪で耳がとがっている。

 森魔族エルフだ。服装の雰囲気からして東方系だろう。


「エルフの隠れ里かや」


 魔王は谷を見上げる。

 谷の上には、谷全体を覆い尽くさんばかりに枝葉を茂らせた巨樹がそびえていた。

「神樹ではないかや! 強い力を感じるのじゃ。確かめねば」


 魔王は小川沿いの坂道を登り始める。

 魔王が来るのに気付いた農民たちは驚いた様子で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「この小さな余がそんなに恐ろしいかや?」

 魔王は戸惑う。


 畑に植えられているのは薬草の類に根菜や芋などだった。

 畑には農作業の道具が放り出されている。

 鎌や鍬はよく磨かれていて、手入れの良さを物語っている。


 鍛冶小屋を覗くと、老いた鍛冶師が赤熱した鉄を打っていた。刀を作っているようだ。

 だが魔王に気付くや叫び声を上げて小屋を飛び出し、慌てて上へと逃げていった。


 魔王はショックだった。

 美しさを好かれ憧れられこそすれ、魔族からこのような扱いを受けたことはない。


 しばらく歩いて谷の上までたどり着いた。

 巨樹がそびえている根元は広場になっていて、入口には鳥居と呼ばれる形式の門があった。

 東方系の民が信奉する神社の形式だ。


 鳥居の向こうには社があり、そこには魔王から逃げてきた民たちが集まり小声で騒いでいる。


 民達の前には紅銀の派手な巫女装束を着た少女が立っていた。

 長い緑の髪にとがった耳、際立った美しさが目を引くエルフの巫女だ。

 巫女は魔王のほうを向いて待ち受けている。


 魔王は鳥居をくぐって進む。

 巫女は頭を下げて一礼してきた。

「ようこそ~ 神樹村へ。私、村長のイスカ・シンジュです」

「余はヴァール。村人を驚かせてしまったようですまぬ」

「三百年ぶりの御客人ですから驚くのも無理はありませんわ。さあ~ どうぞこちらへ」


 進もうとする魔王の背後に、殺気が突然現れた。

「ぬ!?」

 顔を布で覆い隠した者たちが突然現れて魔王を後ろから取り囲む。


 その中には一人だけ顔を出している者がいた。

「イスカ姉、のんびり相手してないでください。こいつがクスミを追ってきた敵です」

 緑髪でとがった耳、巫女とよく似た顔立ちだが短髪のエルフ少女だ。

 クナイと呼ばれる短刀を構えて魔王をにらみつけている。

 着ている黒い装束は忍者用のものとおぼしい。


 東方系の民には諜報や暗殺を得意とする一派があり、忍者と呼ばれている。このエルフ少女も忍者なのだろう。


 巫女イスカは間延びした調子で返事する。

「急がないでよクスミちゃん、敵かどうかを今から聞くんじゃないの~」


 クスミと呼ばれた忍者はむっとした顔をした。

「クスミは調べたんです。このちんちくりんが冒険者を集めて、神様の迷宮を荒らさせているんです。だから敵です!」


「神様とはどの神様じゃ?」

「魔王ヴァール様に決まってます!」


 魔王は首を傾げる。

「では、つまり余のことではないのかや」


 忍者クスミはきょとんとしてから爆笑した。

「こんなちんちくりんが神様とか! ふざけるにもほどがあります! だいたい神様がなんで自分の迷宮を荒らすんです、おかしいです!」

「荒らしてはおらぬ。運営しておるのじゃ」

「はあ?」


「まあまあ~ 本当のところどうなのか確かめてみようじゃないの~」

 巫女イスカは懐から本を取り出した。

「じゃじゃ~ん! 魔王神社に代々伝わる魔王典から問題で~す! 本物なら答えられるはずで~す」


 巫女イスカは楽しそうに本の一節を読み始める。

「魔王様の基本魔法属性は闇である。〇か×か」


 忍者クスミが手を上げて、

「闇に決まってます!」


「風じゃぞ」

「はいは~い、風が正解です!」


 忍者クスミは愕然とした顔をする。

「魔王様に仕えるこのクスミが間違えるなんて」

「クスミちゃんは忍者修行ばかりで勉強してませんからねえ。はい、二問目。魔王様はどの魔族ご出身かしら~?」


 クスミは自信満々に、

「魔王族です」

「妖魔族じゃぞ。魔力に応じて角を生やすのが特徴じゃ」

「はい、ヴァール様がまたまた正解~」


「三問目です。魔王様の別名といえば? 美の王者、破壊の王者、森の王者」

「魔王様はお強いから破壊の王者に決まりです」

「まったく余を破壊神とでも思っておるのかや。魔王はまたの名を森の王者、この森の支配者じゃぞ」

「うう」


「四問目。魔王様が振るう神器はどれ? 魔王笏、斬神刀、ミスリル手裏剣」

「これならわかるです! ええっと」

「魔王笏じゃ」

「大正解~! この魔王社に祭られている御神体ですね~ 魔王様にしか使えない魔法の杖です。クスミよりもこんなに詳しいんだし、敵ではないんじゃないかしら~」


 クスミはむっとした。

「イスカ姉は甘いです! だいたいよく見てください!」

 クスミは社の扉を開け放った。


 社の中には魔王の像が飾られていた。

 かつての魔王を忠実に再現した像は豊かな曲線美にあふれている。特にその胸の大きさがインパクト大である。

 魔道具の数々を装備した姿でもあり、美と権威と力を感じさせる像だった。

 

「このお姿と、このちんちくりんが、同じなわけないでしょう!」

 クスミは叫んだ。


「ぐぬぬ」

 魔王はご機嫌斜めな顔になる。


「この者はとんでもない嘘つきです!」

「魔王笏があるのならば余に見せるがよい。余が真に魔王であることを、杖を使って示してみせようぞ」


 クスミとイスカは渋い顔をする。

「うまいことを言って盗むつもりです!」

「ん~ さすがに御神体をお客様にお渡しするのは難しいですわ」


 魔王は考える。

 本来この村は魔王の眷属のはずなのだが埒があきそうにもない。

 御神体と呼ばれるからには魔王笏はこの社の奥に飾ってあるのだろう。

 無理をするしかなさそうだ。


はやて

 魔王の身体は風に乗り、浮かび上がる。

「あっ!」

 クスミをかすめて、すいっと社の中に入り込む。

 魔王像の後ろには下への階段があった。

 階段を駆け降りて先に進む。

 

 階段の先には暗い洞窟が広がっていた。

 太い根や細い根が無数に下がっている。神樹の根の中に洞窟はあるのだろう。


 洞窟のあちこちには棚が置かれていて、様々な道具が収納されている。

 剣、鎧、槍、弓、盾、食器、燭台などなど。

 魔王の記憶にある品々もある。はっとした。これらは魔王城の宝だ。

 空っぽになっていた魔王城は盗賊に根こそぎ荒らされたものとばかり思っていた魔王だが、そうではなかった。宝はここに守られていたのだ。

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