第6話 ギルドマスター就任

 魔王とエイダは祠の前に立ち、周囲を確認していた。


「ここにはかつて城下町があったのじゃ……」

 魔王は遠い目をしている。


 周囲は広い平地だが、瓦礫や石ころが散らばり雑草が茂っている。

 寒々とした光景だ。


「冒険者たちがたくさん来たら、また賑わいますね!」

 エイダが元気そうに言う。


「うむ。そのために町を作るぞ。宿屋、酒場、市場、たくさんの建物を用意せねばならん」

「冒険者ギルドが要ると思います」

「ふうむ、冒険者どもを管理するためにまずギルドを作るべきであろうな。しかし余を倒さんとする者たちのギルドを余が手がけることになろうとは」


 用意してきた建物設計図を二人で眺め、最初にギルド会館を作ることにした。


 魔王は膝をついて地面に手を当てた。

 手の前方に魔法陣が広がる。魔法陣は五メルほどの大きな円を描いた。


「出でよマッドゴーレム」

 魔法陣が発動、中央から土が盛り上がり高く伸びていく。

 土は丸っこい人型をとった。高さ八メルほどもある巨人の姿だ。

 その手には土くれの鋸みたいなものを握っている。


 ちなみに魔王が魔法発動時に言葉を発しているのは単なる気分であって、呪文を唱えているのではない。あくまでも魔法陣による発動だ。


 魔王はマッドゴーレムの下に続けて新たな魔法陣を描く。

「昇焔」

 魔法陣から火柱が立ち昇り、マッドゴーレムを包み込む。

 マッドゴーレムは表面が真っ赤に灼けて溶け始める。

 土が溶けるほどの高温だ。


 魔王とエイダは距離を置いて見物している。

 やがて火柱は収まり、マッドゴーレムも冷えてきた。

 マッドゴーレムの表面はガラス状に硬化しており、手に握っていた鋸みたいなものにも鋭い歯が並んでいた。


「セラミックゴーレムじゃ。土くれのマッドゴーレムは力だけじゃが、こやつは固いものを加工できる作業に使える」

「凄いです、魔王様!」

「くくく。セラミックゴーレムよ、木を伐ってくるがよい!」


「ウオオオン」

 セラミックゴーレムは唸り声のようなものを上げて森へと移動した。

 鋸で木を切り倒し、丸太にして並べていく。


「丸太は半年ほど寝かすって習いました」

「そんなに待ってはおれん。ゴーレムにかけた魔法でなんとかする」

「ダンジョンみたいに最初から魔法で全部作っちゃだめなんですか」

「ダンジョンと同じ作りでは人間も疑うであろ?」

「人間が作ったっぽくしなきゃいけないんですね」


 二人が話している間にもゴーレムの作業は着々と進む。

 並んだ丸太にゴーレムが口から風を吹き付けているのは、水分など余計なものを飛ばしているのだろう。


 ゴーレムは丸太を材木に加工し、荒れ地を整備し、基礎を埋め込み、建物を組み上げ始めた。釘は使わず寄木細工のように組んでいる。

「あっという間に家が建っちゃいますよ!」

 エイダは目を見張る。


 木造りの立派な二階建て施設ができあがった。ギルド会館だ。

「一階は酒場、二階が事務所じゃな」

「酒場で働く人たちが要りますね」


 エイダは紙に酒場のマスターと料理人を募集と書いて、酒場のクエスト参加者募集用ボードに貼った。


 ゴーレムは倦むことなく宿屋を作り始めている。


「ギルドの事務はエイダに頼むとして、酒場や宿屋に大勢を雇わねばならんな」

 続々と増えていく建物を見ていた魔王はふと気配を感じた。

 誰かに見られている感触。

 冒険者か? しかし妙に鋭い視線だ。殺気が込められている。


「魔王様、そろそろ夕ご飯にしましょう」

「ああ、そうじゃな」

 魔王が返事をしたとき、気配はもう消え去っていた。




 翌日、騎馬の冒険者たちが到着し始めた。

 ギルド会館の二階受付でエイダが待っていると、木の階段を女重剣士が上がってくる。

「いらっしゃいませ、冒険者登録をお願いします!」

 エイダが声をかけると、鎧兜姿のたくましい女重剣士はぎろりとにらんできた。

「いくらだ」

「銀貨十枚で登録すれば、以後はダンジョンに一回銀貨一枚ではいれるようになります」

「がめついな。それだけの見返りはあるのか」

「それはあなた次第ですね」

「ふん」


 文句を言いながらも女重剣士は革袋を取り出してすぐに銀貨十枚を払い、名前や職業などを登録した。大儲けするために覚悟してきたのだ、のんびりしている暇はないのだろう。


「グリエラさんですね。すぐ入りますか?」

「もちろんだ」

「では銀貨一枚をお願いします」

 女重剣士が銀貨を出すと、引き換えに白いメダルをエイダは渡した。

「このメダルを使って祠に入ってください。迷宮への入り口です」

「わかった」

 女重剣士はすたすたと階段を下りていく。

「どうぞ御武運を!」

 エイダは背中に声をかける。


 次に階段を上がってきたのは若い男女のペアだった。

「なあ、酒場のマスターと料理人募集って張り紙を下で見たんだが、俺たちここで酒場を開こうと思って来たんだよ。あのさ、俺たちに酒場を丸ごと任せてくれないか。酒や肉も運んできてるんだ」


 エイダはにっこり笑って、

「契約条件をお話ししましょう」

「ああ、頼むぜ! 俺はダン、こいつはマッティって言うんだ」



 女重剣士が祠に来ると先客が騒いでいた。

 男騎士が少女に食ってかかっている。


「迷宮に入るのになんで冒険者ギルドに金を払ってこなきゃいけねえんだ!」

「規則じゃからな」

「ああ? 誰が何の権利があってそんな規則を決めたっていうんだ。舐めてんのか」

「ギルドマスターの余がここを作った者の権利として決めたのじゃ。払わぬならば早う去ね」


 男騎士は剣を抜こうとする。

 女重剣士は男のうざさに蹴りつけてやろうかと考えたが、少女が手で制した。


 男騎士の身体がふいに浮き上がった。

「ん、な、なんだ?」

 男は後ろからセラミックゴーレムにつかまれていた。

「う、うわあああ!」

 男は八メルもの高さまで持ち上げられて恐怖のあまり泣き叫ぶ。

「捨ててくるのじゃ」

「ウオン」

 ゴーレムは男を持ち上げたまま森のほうへと向かっていく。


「ははははは! すっきりしたよ」

 女重剣士は笑う。

 少女は苦笑する。

「愚か者には困ったものじゃ」

「あんたがギルドマスターなのかい」


 その幼さで、と女重剣士は言おうとして口ごもる。彼女の積み重ねてきた経験が告げている。見たままではないと。


「余が冒険者ギルドマスターのヴァールじゃ」

「自分は重剣士のグリエラ。ま、見たままだ。これからよろしく頼むよギルマスさん」

「……うむ」


 祠の扉には、ちょうどメダルが入りそうなスリットが開いていた。「メダル一枚入れる」と説明が書かれている。

 女重剣士がそこにメダルを入れると、チャリンという音とともに扉が開いた。

「さあて、魔王を倒しに行ってくるかね。そうそう会えるものでもないだろうが」

 女重剣士は扉をくぐる。

「ふふふ、案外と会うのは難しくないかもしれぬぞよ」

 魔王は笑って見送った。


 その日は五人が潜り、全員が生還したのだった。

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