第5話 ルームガーダー
◆ダンジョン地下一階
ダンとマッティは慎重に進み続けた。
さきほどオーガに囲まれて以来、遭遇するのは低レベルのゴブリンばかりだった。
ゴブリンは身長がダンの半分ぐらいしかない人型の魔物で、痩せた貧相な体格をしている。暗緑色で猿とトカゲを混ぜたような顔だ。ずたぼろめいた服を着て、古ぼけた剣と小さな木の盾で武装していることが多い。
一体ずつであればダンの敵ではなかった。
ゴブリンを十体ほども倒したころには地下一階のマッピングも八割がた終わっていた。
最奥部が近い。
いよいよお宝でも待ち受けているのではないかと二人は気もそぞろだ。
二人は扉を見つけた。
マッティが地図と見比べて、
「この奥は広い部屋になってそうだよ。なんかやばい奴が中にいる。なんでか鑑定できない」
「おいおい、やばすぎじゃねえか」
そう言うダンだが目を輝かせている。
行くしかないとばかりにダンは扉を蹴っ飛ばす。勢いよく扉は開いた。
ダンは長剣を構えて飛び込む。
待っていたのは意外な光景だった。
広く薄暗い部屋の中央に人が立っている。
人は闇に包まれていてその姿は定かではないが、背が低くて細い身体付きは少年か少女のようだった。
その者は口を開いた。
「余の迷宮にようこそ。ダンとマッティよ」
少女の声が響き渡る。その声から伝わってくるのは圧倒的な威圧感。
自分たちの名前が呼ばれたことにダンとマッティは戦慄する。
「余は魔王ヴァール。生き残ることが能うならば、余が復活を人間どもに知らせるがよい」
ダンとマッティは震えあがる。
魔王と名乗る存在を疑うことなどできはしない。彼らにもすぐわかるほどに、あまりにも次元が隔絶した存在だったからだ。
魔王復活と聞いてやってきたものの、御本人と対峙する覚悟なんてなかった。
だが恐れおののいている場合でもなかった。
魔王はふいと姿を消し、その奥からは別の咆哮が響き渡ったからだ。
最初に倒したオーガよりもオーガロードは頭一つ大きい。体格も一回り上だ。
両手にこん棒を持ち、二人に襲いかかろうとしている。
だが、二人のやる気も違った。
さっきの魔王と比べたらオーガロード一匹の恐ろしさなんてたかが知れている。
それにルームガーダーを倒せばきっとお宝にありつけるはずだ。
二人はじりじりとオーガロードの前後に回り込む。ダンは前、マッティは後ろ。
「グォオオオオルウウ!」
オーガロードは咆哮しながら両手のこん棒を振り回す。
攻撃圏内から慌てて二人は後退。
オーガロードはダンへと突進。
背中に隙を見たマッティはお得意の短剣を投てきする。
毒を塗った短剣が背中に突き刺さる。
「やったよ!」
だがオーガロードの勢いは止まらない。
二本のこん棒をクロスさせてダンへと振り下ろす。
こん棒一本をダンは長剣でガードしたものの、もう一本までは止めきれない。
長剣は弾き飛ばされ、こん棒がダンの左腕をへし折る。
ダンは苦痛に呻きながらも横に転がってオーガロードから距離をとる。
そこにマッティがポーション瓶を投げた。ダンは右手で受け取り歯で栓を抜いて薬液を喉に流し込む。
左腕の痛みが薄れていく。
武器を失ったダンはじりじりと下がる。
オーガロードは再び突進の姿勢。
背中に毒入り短剣が刺さったはずなのに弱まる様子はない。
「オーガロードは毒耐性が高いみてえだな」
ダンは苦笑いする。
今までの必殺コンビネーションが通用しない相手だ。
「次の手をやるよ。集中しな、ダン!」
マッティが叫ぶ。
オーガロードが突進してくる。
ダンは集中。時間の経過が遅くなったように感じる。
マッティが盗賊スキル、武器奪取を発動する。狙いは落ちている長剣。
一瞬で長剣を拾い上げたマッティはそのままダンへと長剣をパス。
オーガロードが使うこん棒のリーチは長剣よりも長い。
剣で斬りに行けばさっきの二の舞になる。
「うおおお!」
ダンはスキルを発動する。剣士スキル、居合斬り。
飛んできた長剣の柄をダンは蹴り込んだ。長剣はまっすぐにオーガロードの胸へ。
突進してきたところにカウンターとなって突き刺さる。
ダンは全体重をかけて長剣を深々と押し込んでいく。
「見たか、
「……ウグゥルウ!」
オーガロードのこん棒がダンの足を殴りつけて、おかしな方向に足が曲がる。
「ぐはっ!」
ダンは倒れる。
「グハウウウゥ!」
オーガロードは咆哮し、ダンにとどめを刺そうと歩む。
一歩、二歩。
そこで大量に血を吐きだして、どうと倒れた。ダンは下敷きになる。
「ダン!」
マッティが駆け寄る。
倒れたダンにのしかかっているオーガロードの死骸は塵のように消えていった。
ダンは喘ぎながら叫ぶ。
「やった、やったぞ!」
部屋の中央に輝きながら宝箱が現れる。
ルームガーダーを倒した褒美として現れたのだと二人は喜ぶ。
なぜ冒険者に褒美が与えられるのか、そこには二人の考えは及ばない。
回復する時間も惜しく、ダンは宝箱まで這って進む。
宝箱の鍵をマッティがかちりと解除した。
歓喜しながら蓋を開いた二人は、箱の底に黒いドレスを見つけた。
ドレスは肩や胸、腰にアーマーが付いており、アーマーには紋章が象嵌されている。
「これは魔王の紋章じゃねえのか!」
「きっと魔王が着ていたドレスだよ! ああ、どんだけの値が付くかねえ!」
二人は歓喜のあまりに涙を流している。
◆ダンジョン管制室
ダンとマッティがドレスを抱えて喜ぶさまにエイダは悔しそうだった。
「魔王様のドレスをあげちゃうなんて! あたしが着てみたかったです」
「客寄せのために、魔王が復活した証拠を持って帰ってもらわねばな。それに着れなくなったドレスなど見とうもないわ」
今、魔王が着ているのは魔力で生成した黒いローブである。
「いちいち服を着るのにも魔力を使うのではかなわんな。服だけではない、食糧もなんとかしていかねば」
管制室に浮かび上がった映像の中、ダンとマッティはポーションで回復を済ませてから撤退していく。
「収支はどうじゃ」
「ゴブリン・レベル1が10匹倒されて-10MP。オーガロード・レベル20が倒されて-20MP。ダンのHPが-30、さらに回復してから-38。これを魔力変換して+68MP。差し引き+38MPです! 最初からカウントすると合計+37MPになりました」
魔王はにやりとする。
「初回の実験としてはよかろう。奴らが今回の話を吹聴して、冒険者を大勢連れてきてくれればいよいよ本番じゃ。それまでに準備しておくことは多いぞよ」
「がんばります!」
楽しそうなエイダを見ながら魔王は考える。
ダンとマッティは魔王の気配だけであれほど恐れおののいていた。
あれが普通の人間の反応だ。
このエイダはたいした女だ。
見られていることに気付いてエイダはにっこりと笑う。
魔王はなんだか暖かい気持ちになっていくのを感じた。
◆冒険者ダンとマッティ
ダンとマッティはウルスラ連合王国の北ウルスラ王都に到着した。
冒険者相手の道具屋に二人は出向き、魔王城の地下迷宮で得たドレスを金に換えた。
手に入れた金は二人が結婚して新たな生活を始めるのに十分な額だった。
二人が冒険者ギルドで吹聴した話は尾ひれを付けて広まり、多くの冒険者が北を目指す旅に出たのだった。
道具者の主人は買ったものを貴族に転売して何十倍も儲けたがそれは別の話。
王都の聖教団が対魔王に動き始めたのも別の話。
そしてダンとマッティが儲かる商売を思いついて北で暮らすことにしたのもまた別の話だ。
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