第13話「最大の恥と勇気の欠片」
「今日から魔王様の執事見習いから執事へと昇級しました。これから本格的に魔王様の執事としてこの身を捧げて参ります」
俺が魔王城の前にて倒れていたところを、衛兵が発見して魔王様に報告したのが1年前だ。 多くの者が俺が人間であることを忌み嫌い、処刑される運命の中で魔王様は俺をこの城に住まわせ執事見習いとして雇ってくれた。
そして、半年後に見習いから正式に魔王様の執事となった。
「そうかい、おめでとうユウ君。 ぼくは嬉しいよ、君がぼくの執事になってくれて。 これからよろしくお願いするよ」
「ありがとうございます。 はい、私の命の恩人である魔王様に全てを捧げて魔王様のお役に立つことを誓います!」
魔王様は自室の椅子から立ち上がると、俺に近寄り頭を撫でながら笑顔で俺に言った。
「全てをぼくに捧げる必要なんかないよ。 ただ、少しでも長く君がぼくの側にいてくれたら、ぼくはすごく嬉しいなぁ。 ぼくは、ユウ君のことを気に入ってるからさ」
魔王様の優しい言葉と俺の事を大事に思っていることを聞いて、思わず涙が出そうになり言葉を直ぐに返すことが出来ないまま、頭を下げることでしか返事をすることが出来なかった。
「もう、泣き虫だな~ユウ君は。 そんな泣き虫君じゃ、ぼくは安心できないじゃないか」
「も、申し訳ありません。 あまりに嬉しいお言葉を頂いて俺、いえ、私は‥‥‥」
鼻水が止まならい、涙で声が上手く出なかった。
「分かった、分かったから、もう泣くのをやめて、涙を拭いて顔を上げて。 ぼくを心配させないで安心させてくれないかい? 執事となった君へ最初に出す命令だよ、これは」
俺は鼻をすすり、涙を脱ぎ払ってから、跪き魔王様を見上げてから自分の最初の執事として受けた命令を遂行した。
「はい! 私は魔王様の執事として、魔王様を心配させないように致します!」
「うん!」
魔王様を笑顔でそう言うと、俺の首に黒色のペンダントをつけてくれた。
「え、こ、これは?」
いきなりのことに驚いた俺は立ち上がり魔王様に尋ねた。
「君は泣き虫で心配だからね。 魔道具の1つで、ぼくのお気に入りのアクセサリーの1つさ。 正式にぼくの執事になった君にお祝いとしてプレゼントだよ。 お守りがわりに身につけておくといい」
「そのような貴重な物を。 ありがとうございます! 一生大事に致します」
この命があるのは魔王様のおかげであり、こうして生きていられるのも魔王様のおかげであり、魔王様の為に自分の全てを捧げて生きることを俺はこの時に改めて誓った。
目の前には何も見えない白い閃光の中、それはまるで全てが雪景色の白い風景に見えた中で半年前の出来事を俺は思い出しながら思った。
「俺はクズだ。 魔王様に拾って頂いたこの命は魔王様の為に捧げると誓っていたはずなのに。」
それなのに魔王様救出を放棄して逃げたいと本気で思ってしまった。 それは、魔王様に対しての裏切りであり、好きな人を救わずに逃げようとしたことは最大の恥だ。
「絶対に生きてやる! 絶対に魔王様を救出してみせる!!」
その瞬間、目の前を覆っていた真っ白な風景が少しずつ晴れていった。 そして、光を輝きながら宙を浮遊していたペンダントから青い炎が飛び出した。
立ち上がれずにいた俺に飛び掛かってきたバックル3匹は青い炎に包まれ一瞬にして無と化した。同時に、俺の傷ついた体に走る激痛がとれたのを感じた。
俺は立ち上がった。
「おらぁー、かかってこいや、この狼野郎がっ!」
俺の中にあった死の恐怖心は消えていた。 俺を食い殺そうと側にいた残りのバックル二匹に対して俺は大声で叫んだ。
先程まで恐怖心でいっぱいで臆病な俺の心の中で、勇気が溢れていくのが自分でも分かった気がした。
ジン中隊長から借りた魔剣を抜き、俺は襲いかかってきた二匹のバックルと戦いを開始した。 執事見習い時から魔王様護衛の為に剣の稽古をしていたが、俺には才はなく、剣の稽古をつけてくれたジン中隊長からは剣士には向いていないと言われていた。 それでも、俺は剣の鍛錬を欠かさずにしていた、少しでも魔王様の執事として役に立つ為に。
襲いかかるバックル二匹に対して、素早さでは勝てない俺はバックル二匹を牽制させることは出来たが、二匹に致命傷を与える程の攻撃は出来なかった。
それでも俺は諦めなかった。
何度も牽制をしながら攻撃を繰り返し、そして、遂に襲いかかる一匹のバックルの喉元に剣を差し素早く剣を抜き、もう一匹の攻撃を鞘で振り払い、倒れたところを鞘で抑え込み剣で頭にとどめをさした。
「はぁ、はぁ、はぁ、勝った、勝ったのか?」
既に絶命している二匹のバックルの死骸を見て、俺は自分の勝利が現実であることを知る。 気が付けば、ペンダントからは輝きがなくなっていた。
「ありがとうございます魔王様。 今、救いに行きます。」
魔王様から頂いた首につけているペンダントを握りしめながら俺は魔王様に感謝をした。 死という絶対的な恐怖に恐れていた俺自身に「さよなら」をした瞬間でもあった。
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