第7話「礼拝堂での戦い」

「なんでゾンビ、いや、アンデッドがこんなところに。 それも人間の」


 俺は腰を抜かして床に倒れ込んでしまった。


 暗黒エリアには黒魔術の使い手で屍術師

ネクロマンサー

という職業があることは知られているが、人族の死体を操るネクロマンサーは存在しないと聞く。 あらゆる種族や動物をアンデット化し死体操作可能とするネクロマンサーだが、人族の死体は神の恵

グレース

の影響もあり、未だかつて人族のアンデット化には成功した者はいないと聞く。


 だが、確かに目の前に写る20体はいるであろうアンデッド達の姿は人間そのものだった。


 気が付けば、直ぐ目の前までアンデッド達が俺の目前まで迫っていた。 それは動けないでいる目の前の獲物である俺を先行しているアンデッド4体が標的にした瞬間でもあった。


 「う、動けない」


 床から立ち上がろうとしたが、俺は恐怖という名の金縛りで体が動けずにいた。 アンデッド4体が俺に襲いかかる動きが見えた。


 だが、次の瞬間に襲いかかってきた4体のアンデッドが黒い炎に包まれて数秒で消滅したと同時に、俺の目に映った光景は魔王様の後ろ姿だった。


 「大丈夫かい、ユウ君?」


 立ち上がれずにいる俺に手を差し伸べた魔王様の手は温かさで包まれているように感じた。


 「すぐに終わらすからね、だから、これを持ってぼくから少し離れた場所に避難してくれ」


 そう言うと、魔王様はフードを取り外して俺に渡しながら優しい笑顔で俺に言った、その笑顔は、まるで天使か女神のように俺は感じた。


 「は、はい。ありがとうございます」


 それだけ言って俺は魔王様の側から後方へと離れた。 後方へと離れたところで振り向くと、アンデット達が円形上に魔王様を囲んでいた。 その中心にいる魔王様の体が黒いオーラに包まれ、そのオーラが大きくなり、魔王様の位置に大きな魔法陣が広がっていくのが見えた。


 「黒き闇に導かれ、魔界より我下へとその力を召喚せよ、黒の女神

デスアテナ

との契約に従い、その封印を解き放て、我が名はエリス・エスターク!! デスファイヤーエクスプローション!」


 魔王様が爆炎魔法を解き放たった瞬間、爆音と閃光が礼拝堂内全体に広がり、俺はその爆風と衝撃波で吹き飛ばされそうになったが、なんとか堪えることが出来た。


 礼拝堂内全体に広がっていた眩しい光の閃光が収まり、徐々に視界が開けてきた。 同時に何か腐った物が焼ける匂いがする中、鼻と口を押えながら魔王様が立っていた場所に目を向けると、そこにはアンデッド達の姿は跡形もなく、魔王様だけが立っていた。魔王様は後方へと振り返り、こちらへ向かい歩きながら笑顔で声をかける。


 「大丈夫だったかい、ユウ君? それに、神父君。」



 その後、俺は神父さんの手伝いをする為に巻き散ったドアやガラスの破片の片付けをしたり、魔王様の魔法の余波で吹き飛んだ長椅子等を片付けをしていた。 魔王様は、女神像に再び祈りを捧げてたが、気が付けば、いつのまにか礼拝堂の中から姿を消していた。


 「心配ですかな?」


 神父さんが片――付けの作業をしながら話しかけてきた。


 「あ、はい。 私、いえ、俺はあの方の執事なので」


 「そうかい。 でも、まさか魔王エリス様がこんな僻地の礼拝堂に来られるとはね、あのフードを被っている時には全く分からなかったよ」


 「あの、この事は内密にして頂けますか?」


 「分かっておるよ。 ワシは長くこの礼拝堂で神父をしているが、魔王様を見たのはこれで2度目じゃ。 もうかれこれ30年前になるかのう。 エリス様の母上様である先代魔王セーラ様も1度だけ来られたことがあるのじゃよ」


 「魔王様の母君、いや先代魔王様がですか?」


 「うむ。先代セーラ様も、エリス様のように女神像アルテミス様の前で同じように誰よりも長くお祈りをしていたよ。 どこか、悲しそうな感じでのう」


 そう言うと、神父様は作業を止めて俺の両肩を持って話を続けた。


 「君はあの方の執事という存在以上に、あの方は君を必要としているのだろう。 あの方の闇を君が――」


 と、そこへフードを被りなおしている魔王様が礼拝堂内へと入りながら話しかけてきた。


 「やぁ、待たせたね、ユウ君。そろそろお城に戻ろうか?」


 神父様の話の途中で外から戻ってきた魔王様の言葉で遮断されてしまい最後の言葉の意味が分からないまま俺達は礼拝堂を後にした。


 魔王様の闇がどうとかって一体どういうことなのか俺には皆目分からなかった。


 「ところで、魔王様。先程のアンデッドなんですが」


 「まぁ、そんなのは終わった話だからいいじゃないか。 それより、ぼくはお腹が空いたよ、帰りに街で何か食べて行こうよ」


 「いけませんよ、魔王様。今食べたら夕食に食べれなくなりますよ」


 「大丈夫さ! 夕食もちゃんと食べるから。 だから、ねっ! お願いだよ、ユウ君」


 きっと夕食は食べ残すだろうと思いながらも、今は魔王様の願いを聞き入れたい思いで、俺は溜息を吐きながらも返した。


 「分かりましたよ。 では、暗黒街フェルミ名物のトルテでも食べに行きますか?」


 「おぉー、行こう行こう! ところで、トルテってなんだい?」


 「パイ生地で作った器の上に、フルーツやクリーム等を盛り合わせた焼き菓子ですよ、凄く美味しいのできっと満足されるかと」


 それを聞いた魔王様は目を輝かせながら俺の腕を引っ張り「早く食べてみたいー!」と言いながら走りだした。


 まるで恋人みたいだなって、俺は不謹慎にもそう思ってしまった。人間の俺が魔族の王である魔王様と恋人関係になれるはずなんて絶対に許されないのに。


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