Killing In The Species

タツマゲドン

正当化

 見えるのは果てしなく続く木々の群れ。自分の大きな足でやせた土に覆われた大地をひたすら踏み固める。


「――!」

「――!」


 背後、遠くから何者かが叫んでいる。言葉の意味は分からないが、俺を追う為に何かを言い合っているのだろう。


 シダのカーテンを手で押し除け、低木が揺れる。地面から浮き出た太い根を飛び越えた先、動く気配が見えた。


 葉に覆われているが、赤く目立つベストを着ており、手には長い筒状の物体――こちらに差し向ける。


 加速。肩を投げ出し、重い物体が当たる。走り止まった時、人の姿は茂みの中に突っ込んで身動きが取れなくなっていた。


 だが安堵はしていられない。横でガサガサと葉の音。


 詰め寄ると、先程の奴と同じような筒状の物体を胸の前に構えた、これまた同じ服装の人物。髪と目の色が違うが、熱帯雨林の熱気になれていなさそうな白い肌と疲れた表情。


 ダッシュを加算して顎に向かって殴る。相手は筒先を向ける前に白目を剥いてその場に伏した。


 バキッ!――突如、頭上にあった太い木の枝が折れ飛んだ。後ろにはまたも筒の先端を向ける別の人間。


 素早く茂みに隠れ、視線を避ける。走れ。


 突如、後ろ足が何かに引っ張られる感覚。進もうとする意思を抗い、強い力で足首を握られ戻される。


 引きずられ、やがて止まると、足元に長いロープが巻き付いていた。


 そして気が付くと、赤いベストの人物らが俺を囲っていた。もちろん両手に例の筒状の物体を持って。


「何故だ、一体何故こんな事をするんだ!!!!!」


 俺を囲う奴らに向かって吠えるが、奴らはただ俺に銃口を向けるだけ。まるで俺の言葉が全く分からないとでもいうかの如く、


 そして目の前から白い閃光が視界を……


 


 






 アフリカのとある熱帯雨林を一発の銃声が響き渡った。鳥の群れが上空でパニックを起こしている。


「よせ、それ以上顔を出すな」


 銃声がした近く、体格の大きな大人がひそめた声で、木の根元から顔を出そうとする子供を制止した。


「でも……どうして……」


 涙ぐんだ声の子供はすっかり俯いていた。


「それが奴らってもんなのさ。奴らは肉が欲しいんじゃない。第一奴らの知能だから安定的に食料を得られるだろうさ」


 二人の目線の先百数十メートル先では、木々の間、銃に撃たれてピクリとも動かない仲間が何者らかに連れ去られていた。


「あいつらは自分達がいかに強いかを示したいのさ。あの銃によっていかに自分達が特権的な存在なのかを。もっともあんな格好は煌びやかなだけで野蛮でしかないのだがな……」


 一団の中の金髪の人物が楽しそうな声を上げて小躍りしている。一人狩るだけで大分満足らしい。


「どんな生き物も死ぬが、無駄な殺生を自分の名の下に正当化し、無駄でしかない自分達の価値を高める、それが奴らだ。群れをまとめるリーダーシップの欠片も無い。俺達が立ち上がろうが、奴らは銃で鎮圧する。昔、別の仲間が同じ事をしにきた奴らに立ち向かっていったが、呆気なく殺された。それ以前にも同じ事がずっと続いてきたそうだ」


 様子を見ている大人はこめかみの辺りを指で押さえ、黒い顔が憂いを帯びる。


「せめて言語が通じれば良いのだがな。俺達ゴリラには人間の複雑な言葉とやらは到底分からん。向こうも俺達の事を理解しようなどと到底考えてもいないだろう。なにしろ奴らは虫の大群のように突然やってきては荒らして回る……」


 数人がかりで仲間の死体を担ぐ人間達。辺りを警戒すらしていない。もっとも奴らに襲い掛かっても返り討ちにされるだけだ。


「だが、俺じゃあ出来なくても、お前なら出来るかもしれん。お前はまだ若い。俺達は先祖の知恵を通して今まで生きてきた。道具を扱い、仲間と共存し、いかに生きるのかを」


 子供の肩をポンと撫でてやる大人のゴリラは、期待するように、そして悲しげに言った。


「俺達を上回る奴らが出てきた以上、新しい方法を探すしかない。暴力を使ったって向こうがそれを超えてしまえば意味が無いのだ」

「うん、僕頑張る。色々な事を学んできっと解決するよ」


 緊張か怖さか、顔を強張らせた子供のゴリラは、森の奥に消える人間共をずっと眺めていた。

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