第27話 僕は家畜じゃない!?

 僕は走りながらラディアさんの話を聞いて、驚いていた。しかし、すぐに納得する。『エリクシール』販売の元締めがアナグニエ副学長ならば、全てが腑に落ちるからだ。


 アナグニエ副学長は上流貴族であり、強い権力を持っている。その強い権力を使えば、ギルドだって意のままに動かすことが出来るかもしれない。また、薬学会の権威でもあるから、薬事に関して強い発言力もある。これだけの規模のことをしでかすのに相応しい権力を、アナグニエ副学長なら持っていたっておかしくない。


 なんだか、嫌な予感がする。僕がアカデミーに行った時、アナグニエ副学長は僕に協力してくれるって言っていた。アナグニエ副学長が元締めなら、問題の多少はあっても対応が出来るんじゃないか。何より薬学会の権威だ。こんな重大な副作用を知ったなら、対応を急いでくれてもいいはずだ。

 けれど……アナグニエ副学長からはそんな気配を微塵も感じなかった。まるで、どこか他人事のような態度だったと思う。


「ラディアさん、アカデミーに戻ろう! もう一度、アナグニエ副学長に強く言ってみようと思うんだ!」


 僕がラディアさんに言うと、ラディアさんもうなづいて賛同してくれる。


 僕らは、そのままアカデミーに向かって走り続けた。


 日が傾いてきて、辺りは暗くなり始めていた。僕らはアカデミーに到着する。門扉までくると、守衛さんが帰ろうとしている所だった。


「あれ、ハルガード君とラディアさんじゃない。どうしたの?」

「はぁ……はぁ……すみません、アナグニエ副学長はまだいらっしゃいますか?」


 僕は息を切らしながら話す。


「アナグニエ副学長なら、まだ研究室でブツブツやってたよ。熱心な人だよね。門は閉じてるけど、鍵は空いてるから。あ、一応来館記録に名前だけ書いといて。それじゃ」


 そう言って、お兄さんは手を振って帰途についてしまった。ほんと自由だなー。


 僕は律儀に来館記録に名前を記入する。てか、来館記録には僕とラディアさんの名前しか書いてない。あれから誰も来館が無かったんだ。これだけ人の出入りがなかったら、さぞかし暇だろうなぁ。


「アナグニエ副学長の部屋は、確か二階だよね。急ごう」


 僕らはアカデミーの門を開けると、池の横を通り本館の二階に向かった。


 アナグニエ副学長の部屋の前へ着くと、ぶつぶつと声が聞こえた。この特徴的な低い声はアナグニエ副学長のもので間違いない。よかった、まだいらっしゃった。


「……では、契約書類は後日まとめて送っていただくということで。……ああ、材料は問題ない。契約書類を確認次第、こちらから指示を出しておく」


 アナグニエ副学長の呟きが、ドア越しに聞こえる。誰と話してるんだろう……いや、それよりもだ。今、契約の話じゃなかったか?


 ……どういうことだろう。アナグニエ副学長は、『エリクシール』の普及を止めるため僕に協力してくれるんじゃなかったのか。


 僕は意を決して、研究室のドアを開けた。


「誰だ! ……なんだ、ハルガードとラディアか。君たちはドアを開ける前にノックくらいするよう、教えられなかったのかね」


 アナグニエ副学長が驚いて振り向く。しかし、僕らの姿を認識すると、すぐに警戒を解いたようだ。


「申し訳ございません、アナグニエ副学長。……ですが、先程のお話はどういうことですか? アナグニエ副学長は、僕に協力してくれるのでは無かったのですか?」

「盗み聞きかね。……守衛が見回りに来て誰も居ないことを確認したのだがな。私も油断してしまったようだ」


 部屋にはアナグニエ副学長しかいない。さっき話していたのは、通信魔法を使ってたのだろうか。そう言えば、アナグニエ副学長は時々、通信魔法を使って誰かと話していたのを思い出す。それはそれとして。


「僕の質問に答えていただけませんか、アナグニエ副学長。どうして、僕に協力するなんていう嘘をついたのですか?」


 僕はアナグニエ副学長に詰め寄った。アナグニエ副学長の態度は、明らかにおかしい。これは、何かうしろ暗いものがあるに違いないぞ。


「ふむ。知りたいならば教えてやらないことも無い。だが、やたらと首を突っ込むものでは無いぞ、ハルガード。行き過ぎた好奇心は、身を滅ぼすというものだ」


 アナグニエ副学長は遠回しに忠告してきた。たぶん、アナグニエ副学長の口ぶりからすると、話を聞いてしまったら後戻り出来ない何かがある。でも、僕はここで引き下がる訳にはいかない。アナグニエ副学長を説得しなければ、きっと『エリクシール』乱用問題は解決できない。


 僕はラディアさんと顔を見合わせ、頷き合う。


「……お願いします。理由をお聞かせください」


 僕は覚悟を決めて、アナグニエ副学長に申し出た。アナグニエ副学長は手をローブの袖に入れて腕を組む。


「……ハルガード、君はどこまで知っているのかね? ここに来たということは、私が『エリクシール』の生産を管理する立場にあることを突き止めたという事だろう」

「はい。ちょっと乱暴な手段を使いましたが……。契約書から、アナグニエ副学長が『エリクシール』の生産を工場に指示していることを突き止めました」

「ふむ。私は君に、あとは任せるよう言ったはずだが。それなのに、君はどうしてここに来たのかね?」

「それは、そんなに悠長にしてられないからです。すでに、街中で死者が出ています。近くに薬瓶が落ちてたことから、おそらく『エリクシール』の影響だと考えます」


 僕はアナグニエ副学長に、今日起きた出来事を伝えた。アナグニエ副学長の表情は変わらない。


「そうか。ハルガード、それが正常だ。『エリクシール』は正しく機能している」

「どういうことですか?」


 アナグニエ副学長の言っている意味が分からない。『エリクシール』の副作用が正常に機能しているって、何を言ってるんだろう。


「『エリクシール』は、冒険者の利便性を考えて開発された薬品だ。そして同時に、冒険者を殺すために作られた薬品でもある」


 アナグニエ副学長は、当然のことであるように言った。ちょっと待って、全く状況が飲み込めない。冒険者のためであり、冒険者を殺すためって、どういう事だ?


「なに、それほど難しい話ではない。我々貴族にとって、冒険者は必要な存在だ。冒険者は物を買い、人々を救い、領民の生活に貢献する。そうして経済を回すから、我々貴族は税金を徴収できる。まったく、ありがたい存在だ」


 アナグニエ副学長は、とつとつと話し始めた。僕らは黙ってアナグニエ副学長の話を聞く。


「しかし、時に力が強過ぎる冒険者も現れる。君たちのような【S級スキル】を持つ者に代表される冒険者だ。彼らは優秀であるが、同時に危険分子でもある。おそらく、そこらのモンスターよりも厄介な存在だ。我々はそんな彼らもコントロールしなければならない。冒険者共を利用した冒険者ビジネスのために、必要のない者は処分する必要がある」


 冒険者ビジネスだって……?

 なんだ、それ。


 アナグニエ副学長は、まるで僕らを虫けらを見るような冷めた目で見つめながら、話を続けた。


「そのために開発したのが『エリクシール』だ。どんな傷もたちまちに癒す優れた効能を持つこの薬は、冒険者たちに瞬く間に広まった。これに優る薬は無いと言えるほど、便利な薬だろう。一方で、その毒は冒険者らを確実に死地へ追い込んでくれる。『エリクシール』を常用すれば、本人が知らぬ間に死期を近づける。いかに強大な力を持つ者であっても、自身の寿命を跳ね除けることはできぬ」


 言って、アナグニエ副学長の口元が歪む。アナグニエ副学長は、初めから知っていたんだ。『エリクシール』が副作用で使用者の寿命を縮める薬であることを。つまりこれは、副作用でありながら期待された効能でもあったんだ……!


 アナグニエ副学長は話を続ける。


「力ある者ほど『エリクシール』を使い、自らの死期を近づける。ゆえに、冒険者ビジネスの実態に気がつくことなく、自ら死んでくれる。我々貴族に反抗する力を持つものを自動的に封じ込めてくれるのだ。同時に、『エリクシール』の販売益は我々に転がり込む。間抜けな冒険者共は我々に金を落とし、勝手に死んでくれると言うわけだ」


 ひどい。なんて身勝手な話なんだ。僕ら冒険者は、アナグニエ副学長のような上流貴族を生かすための糧でしかないなんて。


 でも、ひとつ腑に落ちないことがある。


「アナグニエ副学長、それでは、魔王にはどうやって対抗するのですか? ナクトル達のような力のある冒険者は、魔王討伐のための戦力になるから……そのためにアカデミーがあるのではなかったのですか? アカデミーの存在意義は何なのですか?」


 僕はアナグニエ副学長に質問した。アカデミーは、主に冒険者を養成する機関のはずだ。結果として冒険者以外にも優れた生産職を輩出することもあるのだけれど、主な役割は冒険者を育てることにある。今の話だと、わざわざ冒険者を殺すために育ててるみたいじゃないか。


「魔王などというものは存在しない。とはいえ、君たちのような愚か者が冒険へ出るためには、そんな架空の存在も必要だろう。魔王は、そのために我々が作り出した幻だ。冒険者共は幻を追い続けて永遠冒険に明け暮れ、そして勝手に死ねば良いのだ。それだけのために、君たちのような存在がいる」


 アナグニエ副学長は顔色ひとつ変えることなく、僕らに真実を告げた。


 僕は愕然として、その場に立ち尽くした。


 なんだそれ……それって、僕らはアナグニエ副学長にとっては家畜同然の扱いだってことじゃないか。そんな、むごい話があるのか。


 アナグニエ副学長の話は、僕らを茫然自失させるのに十分な内容だった。


「アカデミーは、冒険者という家畜を育てて社会という箱庭に輩出するための機関だ。家畜共には『エリクシール』という餌を与えて金を産み落とさせ、同時にこの仕組みに気付かせることなく処分する。理解出来たかね、ハルガード。これが、君の求めていた真実だ」


 アナグニエ副学長が話を終えた。

 なんて言葉を返したら良いか分からない。


 僕ら冒険者の夢なんて、彼らにとってはどうでもいい話だった。ただ自分たちのために生まれて、ただ色んなものを消費して金を落とし、ただ死んでくれればそれで良い。


 無慈悲で救いのない話だ。それがこの世の真実だなんて。


 僕は、何のために生まれてきたんだろう?

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