第28話 僕は人殺しじゃない!?
「ハルガード、ラディアよ。君たちとても優秀な生徒だ。『エリクシール』の違和感に気が付き、私のところまでたどり着いたのだから。この街にアカデミーが創立されて以来、この真実を知った一般の生徒は君たちが初めてだ。光栄に思いたまえ」
そう言ってアナグニエ副学長は、ゆっくりと僕らに手のひらを向ける。
「だが、真実はあまりに残酷だっただろう。君たちは、もう引き返すことが出来ない。そして、冒険者でありながら冒険に出ることの無い役立たずは処分しなければならない。さらばだ、若人よ」
アナグニエ副学長の手が光った。
「危ない、ハルガード君!」
ラディアさんが、飛びつくようにして僕を突き飛ばす。
僕の背後にあったドアに、無数の種子が叩き込まれた。
「あれは、術殺しの種! どこから出てきたんだ!?」
僕は突然飛び出してきた術殺しの種に驚いて声を上げた。
術殺しの種は『鉄砲百合』の作る種で、強い魔力に反応して放たれる。モンスターではないけれど、時々野に咲いているので定期的に駆除しなきゃいけない迷惑な花だ。たまにそこら辺に咲くとはいえ、こんな研究室に咲くわけが無い。
アナグニエ副学長は、倒れた僕に腕を向ける。僕らは慌てて起き上がると、そばにある机へ隠れるように駆け込んだ。
「そんなところに隠れても無駄だ。『鉄砲百合』の放つ種子の威力は見ての通り、机など粉砕してしまうぞ」
そう言ったアナグニエ副学長は、机の向こうで僕らに手のひらを向けているんだろう。
「ラディアさん、せーので左右に別れるんだ」
「はい、ハルガード君」
僕らは小声で打ち合わせをすると、「せーの」と唱えた。
途端、机が爆散する。
僕らはアナグニエ副学長の左右に飛び出した。
両手のひらをそれぞれに向けてきたアナグニエ副学長。僕は初級魔法のバブルシャワーを唱えて応戦する。
「むぅっ!」
無数の泡に怯んだアナグニエ副学長へ、ラディアさんが剣を突き出した。アナグニエ副学長は突き出された剣を仰け反って避ける。そして、そのまま尻もちをついた。
隙だらけとなったアナグニエ副学長の喉元へ、ラディアさんが剣を突きつける。
「勝負ありですね、アナグニエ副学長」
ラディアさんが言った。
アナグニエ副学長の戦闘力は大したことなかった。たぶん、アナグニエ副学長も僕みたいに戦闘向きではないんだろう。駆け出しとはいえ戦闘向きの冒険者であるラディアさんに、こうもあっさりと負けてしまうなんて。ちょっと拍子抜けだ。
「トドメを刺さんのかね?」
無機質な表情のまま、アナグニエ副学長は言う。抵抗しないアナグニエ副学長に、ラディアさんは戸惑っているようだった。
どうしよう。とりあえず、このまま取り押さえてしまえば良いだろうか。あとは事情を話して街の治安維持隊にでも突き出して……でも、治安維持隊みたいな公的機関はアナグニエ副学長が抱える組織だろうしなぁ。
こういう時、どうしたらいいんだろう?
僕も対応に迷っていた。世の中の法律は上流貴族が敷いたもので、こういう権力者が悪さをすると止める術が無い。まったく、都合のいいようにルールを作ってくれたもんだ。
ニルバならどうするかな。躊躇することなく殺すんだろうか……。それ以外に、方法が無さそうだし。
「まったく、何を迷うことがあるのかね。私の首などすぐに切り落としてしまえば良い」
アナグニエ副学長がこともなげに言う。
そうは言ってもさー……。
「ふむ。それでは、ひとつ教えてやろう。さきほど私が放った術殺しの種は、私のアクティブスキルによるものだ」
そう言って、アナグニエ副学長は手のひらを上に向けた。それを見て、ラディアさんが剣でアナグニエ副学長の顎を持ち上げる。
「なに、そう警戒することはない。君たちに向けてスキルを使う訳では無いのだから。私の使ったアクティブスキルは【創薬】だ」
アナグニエ副学長は、ラディアさんの威嚇にまるで怯える気配がない。自分の命なんて惜しくないんだろう。
それにしても、アナグニエ副学長が僕と同じく【創薬】が使えるなんて驚きだ。
「【創薬】自体は、薬の研究に携わる者であれば自然と使えるようになるものだ。これにより、『鉄砲百合』を素材とした爆弾を作り出しただけに過ぎん」
アナグニエ副学長が説明してくれたおかげで、僕は気がついた。
そうか。道具は回復アイテムだけじゃない。攻撃系のアイテムも、材料さえあれば【創薬】で作ることが出来るんだ。なるほどなー、勉強になった。さすがアナグニエ副学長。……って、感心してる場合じゃないな。
僕が感心していると、アナグニエ副学長の手が光りだした。手に現れたのは青色の、ポーション?
「フフ……君たちが私を殺せないのならば、私みずから服毒自殺してやろうではないか」
そう言って、アナグニエ副学長は手に持った薬瓶をあおる。
僕は、アナグニエ副学長が飲む薬瓶を見て、気がついた。
【M・E・D(エインガナ)】
効能:モンスターの能力を使えるようになる毒薬。
副作用:モンスター化。自然治癒することはなく、不可逆的。
レアリティ:★★★★★
「ラディアさん、離れて! それは毒薬だけど、モンスター化する薬だ!」
僕が叫ぶと、ラディアさんはバックステップでアナグニエ副学長から距離をとる。
アナグニエ副学長の身体から黒い靄が立ち昇る。同時にアナグニエ副学長の身体が徐々に変形していった。
「実は私も君たちと同じように、固有スキルを持っているのだよ。私の固有スキルは【消失半減】だ。私の体に作用するあらゆる薬物の効能および副作用を半減させ、いずれ消失させる【A級スキル】だ」
大蛇に化けたアナグニエ副学長が言った。いや、正確に言うと、大蛇の額辺りにアナグニエ副学長の上半身が乗ってるような形だった。たぶん、スキルの効果によって、完全にモンスター化することが無いんだろう。
こいつは、まずいぞ……目の前に現れた白い大蛇は、エインガナと呼ばれる伝説級のモンスターじゃないか!
「ラディアさん、あれはルク鳥やドラゴンに並ぶ伝説のモンスター『エインガナ』だ!」
僕は叫び、戦慄した。エインガナは、歴戦の冒険者が徒党を組んでようやく相手にできるモンスターだ。こんな奴を、駆け出し冒険者であるラディアさんと未だ冒険者ですらない僕なんかが相手できるわけ無い。
「ハルガード、アイテム学を優秀な成績で修めた君だ。君も【創薬】くらい使えるのだろう? さあ、私と知恵比べをしようではないか!」
エインガナと化したアナグニエ副学長が言う。アナグニエ副学長はとぐろを巻いて、僕らの前に立ちはだかった。
部屋の扉はアナグニエ副学長の巨大な身体て塞がれている。窓から逃げ出そうにも、ここは二階だ。この状況、どうすればいい?
冷や汗が僕の頬を伝った。
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