第25話 僕は名探偵じゃない!?

「君たちは何を言ってるんだ? 冷やかしなら帰ってくれ」


 これで三件目だ。

 ここもダメだったか……。


 僕は、昨夜作成した街の工場リストに三つ目のバツ印をつけた。


 昨日は何だか目が冴えちゃってあんまり眠れなかったから、記憶を頼りに『エリクシール』を生産している街の工場とショップのリストを作ってみたんだ。みんなに協力してもらって水面下で動いてもらってはいるけれど……僕は、『エリクシール』を冒険者達が乱用するのを一刻も早く止めたかった。ただ、やっぱり僕自身で冒険者達に訴えていると確実に僕が怪しい人扱いされるし、仮に信じてもらえても大混乱は不可避だと思う。


 だから、ティファさんの提案通り、生産を止める方向で動くことにしたんだ。……でも、まったく上手くいってない。こうして朝からいくつかの工場を回ってみてるけど、そもそも話すら聞いてもらえず門前払いされ続けている。


 こうしてみると、フィークさんみたいに対応してくれる方が珍しかったんだなと、僕は思った。たぶん、フィークさんの場合はクレーマーを返り討ちにして嘲笑うのが趣味だったんだと思う。あの人、性格悪いし。


「はぁー……やっぱり、僕みたいな権威もコネも何もないただの無職が何か言おうとしても、誰も相手にしてくれないよね……」


 ほんとに、【S級スキル】って何だろうって思う。あんなのアカデミーの中だけで通じる特権みたいなもので、社会に出たら全然役に立たないじゃないか。それどころか僕が何を言っても誰も信じてくれないから変に浮いてしまうだけだよ。ホントに知識チートなんて持つもんじゃないと思わされる。


「それだけ、皆さん苦労されてるんだと思いますよ。ほら、こういうお仕事って、クレーム多そうじゃないですか」


 ラディアさんが苦笑いを浮かべてフォローを入れてくれる。たしかに、ちょっとでも問題があれば即クレームだったりするよね。工場にはなんの落ち度がなくても、一方的に悪者扱いしてくる人だっているだろうし。

 今まさに、自分がそういう風に思われてるんだろうなって思うと、何だか虚しくなってきた。……ん?


 次の工場に向かうところで、僕は道端に倒れている人を発見した。大変だ!


 僕らは、倒れている男性の傍に駆け寄った。


「大丈夫ですか?!」


 返事はない。肩を叩いてみても、反応はなかった。この人、よく見たらこの前ショップで『エリクシール』をたくさん購入しようとしていた男性だ。そばには、薬瓶がひとつ落ちている。周囲にも足跡が複数ある。


 まさかと思い、僕は彼の胸に耳をあててみた。……鼓動が、ない!


「ラディアさん、大変だ!」


 僕らは急いで街の診療所へ向かい、事態を説明した。すぐに弓使い風の男性はベッドへ運ばれたが、残念ながらすでに事切れていたそうだ。


 ついに、悲劇が起こってしまった。


 いや、もしかしたら、今まで普通に起こっていたのかもしれない。それが今回、たまたま街の中で発生してしまったに過ぎないのかも。


 街中で回復アイテムを使うことなんて普通ない。でも、周囲に足跡がいっぱいあったし……状況から考えるに、たぶん彼は冒険者同士で喧嘩別れをしたんだと思う。そのいざこざで傷を負ったことで、『エリクシール』を服用したんじゃないか。

 冒険者の中でも戦闘力の高い人達なんかは『エリクシール』しか持ち歩かないっていうし、『ライフポーション』を使う感覚で『エリクシール』を常用しててもおかしくない。


 僕は、奥歯を噛み、拳を握りしめた。


 また、僕は役に立てなかった。彼とは大した接点ではなかったけど、それでも止められたかもしれない人だ。なにせ、僕はあの場で彼に助言をしたのだから。聞き入れて貰えなかったけど。


「ハルガード君……あまり、思い詰めない方が良いですよ」

「分かってるよ!」


 それでも、僕は悪くないです、なんて言えないじゃないか。僕はどうして冒険者になりたいのか……それは、こういう風に助けられたかもしれない命を救ったり、危険な目にあってる人たちを助けたかったからなんだ!


 やっぱり、こんなのんびりしてちゃダメだ。今もこうしてるうちに、どこかで『エリクシール』のせいで自覚なく消えていく命があるんだ。こういう人たちを増やしてはいけない!


「ラディアさん、『エリクシール』は沢山の工場で作られてるって、道具屋のおじさんが言ってたよね?」


 僕は、ラディアさんに道具屋のおじさんが言ってたことを確認する。


「はい。言ってました。だから、私たちはこうやって工場をまわってるんですもの」

「普通、これだけ売れてる『エリクシール』なら、ひとつの企業が独占しようと思わないかな。僕がフィークさんと契約書をかわすときに、『ヒールタブレット』の製法とか材料の原産地とかは他言しないよう念を押されたんだ」


 僕はラディアさんにフィークさんとのやり取りを説明した。契約書に書いてあることは隅々まで穴が空くくらい眺めたから、よく覚えてる。


「だから、沢山の違う企業体系の工場がこぞって『エリクシール』を作ってるというこの状況って、普通の契約と違う形なんだよ。これは僕の予想なんだけど、製造方法を教えたり材料の供給を誰かが一手に引き受けていて、その代わりに生産をお願いする形なんだと思う。そうして得た利益の一部を徴収する契約方式だと考えれば、この状況の辻褄が合う」

「つまり、生産をお願いしている元締めがいるって言うことですか?」


 僕の推理に、ラディアさんが聞き返した。


「たぶん、そう考えるのが妥当だと思う。そして、材料の供給にはきっと、ギルドも関わってる」


 ギルドが『金包蘭』の群生地を差し押さえる理由がそれだ。たくさんの工場へ材料を安定供給するために、ギルドという大きな組織を使って確保しているんだ。


「そうしたら、『エリクシール』は街そのものの意図で生産が行われてるという事じゃないですか!」


 ラディアさんが驚愕し、両手で口をおおった。


「たぶん、そういう事になる。だから、今回はギルドもアテにならない気がする。ギルドの利権も関わっている可能性が高いから……」


 くそ、話が大きすぎる。こんなの、よっぽどの権力がある人じゃないと太刀打ちできないじゃないか。末端職員のティファさんでは、残念ながらどうすることも出来ないだろう。

 そうすると、『エリクシール』の生産業務を委託している元締めも、並の企業なんかじゃないはず。言い換えれば、そこに権利が集中してる分、そこを突き止めれば全世界的に生産を止められる可能性が出てくる。


「ラディアさん、僕はあんまり行きたくなかったんだけれど……確か、リストにあったよね、あそこ」


 僕とラディアさんは、僕の手元にある『エリクシール』製造工場の一覧を覗き込んだ。


 しっかり書いてあるんだよなぁ、『オリカフト』がさ。フィークさんの工場にも『エリクシール』の生産ラインがあるんだ。ちゃっかりしてるよホント。


「僕の見立てが正しければ、ここにもあるはずだよ、業務委託の契約書が。契約書には必ず相手方の名前が書いてある。あの人がそれを教えてくれるかは分からないけど、行ってみる価値はあると思うんだ」


 僕は、ラディアさんに『オリカフト』へ行くことを提案した。


 フィークさんは、僕らの中で唯一、知り合いの好で話を聞いてくれそうな人物だ。彼に頼みごとをすると偉いものを要求されそうな気がするけれど、背に腹はかえられない。


 ラディアさんは、大きく頷いて僕の意見に賛成してくれた。


「さすが、ハルガード君です! 凄い推理力だと思います! 名探偵ハルガード君ですね!」


 だから僕は冒険者になるんだと何度言えば……。

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