第24話 僕は疫病神じゃない!?
アカデミーの門扉は年中開放されている。とはいえ、危ない薬品類も多く取り扱っている施設だ。入館に制限はほとんどないのだけれど、門には守衛さんがいる。
「おや、ハルガード君とラディアさんじゃないか。どうしたんだい?」
守衛さんは気さくに僕らへ挨拶した。ここの守衛さんはノリの軽いお兄さんで、いつも退屈そうに本を読んでいる。ぶっちゃけ、この守衛さんは形だけで防犯機能としてはザルだ。守衛さんも日がなただ本を読んでるくらいで、時たまやってくる来館者に名前の記入をお願いするだけだって言ってたのを覚えている。そこまでぶっちゃけちゃダメだと思う。
「こんにちは。あの、ハーブレット学長とアナグニエ副学長に用があって来たんです」
「あ、そうなんだ。それじゃ、そこに名前を書いてもらっていいかな」
僕らは守衛さんに言われるまま、来館記録に名前を書いた。
「それじゃ、行ってらっしゃい。帰りに来館章は返してね。遅くなるとボクは帰っちゃうので、そこのカゴに放り込んどいてくれて良いよ。まあ、君たちなら分かってると思うけど」
それだけ言って、守衛さんは欠伸をして読書を再開する。ほんとに自由だなー。楽な仕事だと思う。
僕らはハーブレット学長を探しに、館内へ入る。ハーブレット学長の部屋はたしか、本館の三階にある。階段を登るとき、教義室からアナグニエ副学長の声が聞こえた。
「……昨年の調査によると、領内に限らず人類の平均寿命がさらに短くなっているという結果が出ております。その原因はこのデータが示すように冒険者らの生存率減少が大きな割合を占めているためであると考えられております。冒険者の生存率を下げる要因を探っていくと、若い冒険者らの無謀な冒険が後を断たないためと考えられています。そして、エリクシールに代表されるアイテム類の利便性が向上したことにより、しっかりとした経験が無いまま高難易度ダンジョンを潜れてしまうという昨今の状況が問題視されるようになってきました。しかしそれは、エリクシール等のアイテム類が問題なのではなく……」
外部向けのセミナーかな? 卒業式のあとはしばらく学業が休みのはずだから、学生向けの講義じゃなさそうだけれど。
まあ、いいか。アナグニエ副学長は今忙しそうだし、まずはハーブレット学長に相談してみよう。
僕らは三階に行き、ハーブレット学長の部屋の前に来た。扉をノックしてみたものの、学長が出てくる様子はない。今は留守なのかな?
仕方が無いので、しばらく館内をウロウロ回ってみた。けれど、ハーブレット学長の姿は見当たらなかった。講義をしていたのはアナグニエ副学長くらいで、他の教義室は無人だった。
僕らが再び一階の階段前に戻ってくる。すると、ちょうどアナグニエ副学長は講義を終えたところだった。アナグニエ副学長は教義室を出たところで僕らの姿に気付く。
「君たちは、ハルガードとラディアではないか。どうしたのかね?」
アナグニエ副学長の低い声が、僕らに向けられた。相変わらずの黒いローブが印象的な先生だ。
「アナグニエ副学長、ハーブレット学長はご不在でしょうか?」
僕はアナグニエ副学長にハーブレット学長の所在を訊ねた。
「ハーブレット学長は、出張されている。学長に何か用かね」
「はい。実は……」
僕はアナグニエ副学長に、『エリクシール』の副作用について説明をした。そして、『エリクシール』が乱用されている現在の状況について何か手を打つ必要があることを話した。
アナグニエ副学長は薬学会の権威だし、『エリクシール』のこともよく研究されてるはず。
それに、アナグニエ副学長は上流貴族のひとりだ。血筋が重要視される貴族の世界で、珍しく中流階級から成り上がった実力派のひとりらしい。貴族の世界はいくつかの派閥があると言われてるけど、そこには強力なコネクションがある。何とか協力がえられれば良いのだけれど。
「ふむ……ハルガード、たしか君は【薬識】を持っていたな。君のような力を持つ者がこの界隈にいれば、このような事態には陥らなかっただろう。残念ながら、今現在の薬事審査制度では、その副作用に気が付くことは困難だ。冒険者の延命が期待されている『エリクシール』で短命化するという皮肉な結果は、誰も予想する事など出来なかっただろう」
そう言ったアナグニエ副学長の表情は硬い。というか、アナグニエ副学長って、普段からあんまり表情が変わらないから、結構怖いんだよね……。
「たしかに君が考えている通り、我々貴族には独自の情報網がある。だが……君が言うような我々の情報網を駆使するにも、確かなデータが必要だ。これから各領地で使われている『エリクシール』の使用状況等のデータを集め、その話が確かであることを検証しなければならないだろう。こちらで何かしらの手を打つにも時間がかかると思った方が良い。これは、いかなる方法を用いてもすぐに解決する問題ではない」
アナグニエ副学長はやや残念そうに言った。やはり『エリクシール』ともなれば、使用を制限するのも生産を制限するのも情報を拡散するのも、一筋縄ではいかないようだ。何の混乱も起こさずに、障害なく『エリクシール』の薬害を防ぐことはひどく困難だろう……。
けれど、だからといって手をこまねいていれば、多くの犠牲者が出るだけだ。たぶん、これまで知られていないだけで、既に出ていてもおかしくない状況のはずなんだ。
どうにかして止められないだろうか……。
「優秀な卒業生の君にそんな顔をさせてしまっては、我々アカデミーの立場がないではないか。できる限りの協力はしよう。あとは、我々に任せなさい」
アナグニエ副学長の手が僕の肩にのせられた。よかった。アナグニエ副学長も僕に協力してくれるみたいだ。僕は安堵からほっと息をついた。
「アナグニエ副学長、ありがとうございます。よろしくお願いします」
僕らはアナグニエ副学長に深々と頭を下げると、アカデミーを後にした。
これで、打てる手は全て打ったつもりだ。
つもりなんだけど……。
僕らは再び噴水のある広場に来ていた。僕はベンチに腰掛け、ラディアさんも隣に座った。そうして僕はふっと空を見上げる。辺りはすっかり暗くなってしまった。
「僕に出来ることはやったと思う。でも、結局なにひとつ解決できた気がしないんだ……」
そう呟いて僕は、ラディアさんの方を向いた。ラディアさんは空を見上げたままだ。
「皆さん、ハルガード君にとても協力的で、いい人達ばかりでした。きっと、皆で力を合わせれば大丈夫だと思います。誰も不幸な人をつくらない……というのは難しいかもしれないですけれど、今日こうして一石を投じることが出来たんです。あとは、波紋が広がっていくのを待ちましょう」
ラディアさんはそう言うと、僕に青い瞳を向けて微笑んだ。ラディアさんの励ましにも、僕はいつも助けて貰っている。
アカデミーを卒業して僕はボッチのままひとり冒険に行くつもりだった。でも、気が付けばこうして多くの人と関わり、多くの人と協力して、問題に向き合っている自分がいる。冒険には全然出れてないけれど、本当に僕は人に恵まれて、助けられているなと実感した。
ラディアさんの言う通り、これで良かったんだ。あとは、ティファさん、道具屋のおじさん、アナグニエ副学長に任せておけば、じきに解決するだろう。
……本当に、そうだろうか?
「ラディアさん……申し訳ないんだけど、明日も付き合ってもらっていいかな」
「はい、私は大丈夫ですよ。というか、パーティーで同い年なんですし。私にそんな遠慮することなんてないですよ、ハルガード君」
僕のお願いに、ラディアさんは二つ返事で承諾してくれた。僕から見ても、ラディアさんは優しすぎるように思う。
僕なんかと付き合ってなければ、こんな風に、この街の水面下で起こってる問題に振り回されることなんてなかったんじゃないかな。
「ごめんね、迷惑ばっかりかけて。もしかしたら、僕は皆の疫病神なのかもしれない。僕がいなければ、問題は問題として認識されずに、世の中は平和だったんじゃないかなって、今更ながらに思うんだ。ラディアさんが言ってたように【薬識】で何でもかんでも看破できるって言うのは、ホントに困りものだね」
僕は自嘲気味に言った。なんか、疲れてきちゃったな。
「いえ、私は楽しいです。こんな大変な事態で不謹慎かもしれませんけど、ハルガード君と一緒にいると色んな経験ができて、毎日ワクワクします。だから、ハルガード君……自分を疫病神だなんて言わないでください。あなたは疫病神じゃないですよ」
ラディアさんはそう言って、僕の手を握った。
「ハルガード君は、私の憧れです。誰も気が付かない問題に気がついて、誰も思いつかない解決策を閃いて。いつも一生懸命じゃないですか。ハルガード君のそういう所が、私は好きですよ」
「ラディアさん……」
僕が感動して目線を合わせていると、ラディアさんの顔がみるみる赤くなっていく。
「ごごご、ごめんなさい! 私、今変なこと言いましたよね! すみません、今の言葉は忘れてください!」
ラディアさんの様子を見て、僕も急に恥ずかしくなってきた。なんだか僕も、急に暑くなってきたな。
「ぼぼ、僕の方こそごめん! なんか、ごめん!」
僕らは二人してお互いの顔が見れなくなってしまい、その後は宿屋までずっと顔を合わせられずにいた。
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