第19話 僕はモンスター博士じゃない!?

 僕は今まで気にしたことが無かったんだけど、『ルク鳥の羽根』を手に入れてから気がついた事がある。


 街の目立たないところ――例えば、路地裏なんかには、マーキングスポットと呼ばれる区画がいくつかあった。『ルク鳥の羽根』で印をつける場所のようで、マーキングスポットにはバツ印やらチェック印やら、落書きがたくさんあった。描く印は何でもいいようだ。


 これらの印は、冒険者がアイテムを使用して戻ってくると自動的に消えるとのこと。また、上書きしないのがマナーらしい。魔法の力で空から降りてくるので、上書きすると同じ座標へ落ちてくるために思わぬ事故を招くというのが理由だそうな。


 以上がラディアさんから言われた事で、僕は待ち合わせ時間の前にマーキングスポットを探していた。そうして今しがた、星印を書いたところだ。これで良し。

 僕は路地にあるマーキングスポットに書いた落書きを眺めて立ち上がる。


 この『ルク鳥の羽根』の不便なところは、一度マークしたところは簡単に消せないところだ。印は一箇所にしか書けない。時効はあるみたいだけど、拠点に戻る必要が無くなってもしばらくは残り続ける。そうなると、マーキング済の『ルク鳥の羽根』は不要な荷物となってしまう。

 需要があれば、マーキング済の『ルク鳥の羽根』を中古品として取引するのもアリかもしれないな。マーキングした日付と場所くらいはメモしておこう。


 その後、僕は噴水のある広場に向かった。時間的にはまだ余裕がある。僕はぼんやりと空でも長めながら、ベンチに腰掛けてラディアさんの到着を待った。


「ごめんなさい、待ちましたか?」

「あ、ううん、大丈夫だよ。僕もさっき来たところだから」


 少し遠出になるし、モンスターも出現するから服装はいつもと変わらない。でも、心なしかラディアさんの髪型が、いつもより整っている気がする。手入れに時間をかけてきたのかな。


「さあ、行きましょう、ハルガード君!」


 ラディアさんが僕の手をとった。僕はベンチから立ち上がって、ラディアさんと一緒に"白の境界線"を目指した。


 道中の平原を歩いていると、二足歩行のトカゲと遭遇した。行倒れた冒険者たちの装備品なんかをあさって身に付ける、知恵のあるモンスター『リザードマン』だ。


「プチファイア! プチファイア!」


 僕は離れたところからプチファイアを連射する。リザードマンは手に持った盾でそれを防いだ。しかし、これはただの威嚇で、あいつを足止めするのが目的だ。


「ラディアさん、今だ!」

「はいっ!」


 リザードマンの背後に回り込んだラディアさんが、一刀のもとにリザードマンを切り伏せる。僕らは連携プレーで、リザードマンを難なくやっつけた。

 リザードマンが倒れると同時だった。僕の身体に力がみなぎってくる。どうやら、レベルが上がったようだ。僕は「ブック!」と唱えて冒険者手帳を開く。


 この冒険者手帳は、アカデミーを卒業すると貰える特典のひとつだ。自身のスキルやステータスなどが確認出来る。付属のペンを使えば書き込みも自由に出来るので、メモ帳としても使える。便利な魔法具だ。


「ハルガード君、レベルが上がったんですね! いくつになったんですか?」


 ラディアさんが駆け寄ってくる。僕の現在レベルは5だ。アカデミー時代にあんまり戦闘をしてこなかったせいで、レベル自体は低い方だと思う。


「ところで、ラディアさんはレベルいくつなの?」

「私ですか? 私はまだ12です。全然、経験値不足ですよね」


 ラディアさんが苦笑いをして答える。僕は出遅れすぎじゃないか。なんてこった。


「僕はまだ5でした……あは、あはは……」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまう。これから積極的に頑張っていこう。うん。


 僕は冒険者手帳をめくって、スキルを確認した。お、新しいスキルが追加になってる。アクションスキル【創薬】だって。どれどれ……


 僕はスキル説明を読み始めた。


 『自分の知っている道具類について、手順を省略してアイテムを作成出来る。素材アイテムについては再利用可能な形に精製することが出来る』だって。アイテム名や製法、材料などを知ってる前提になるから、作ったことのないアイテムは普通作れないって事になるけれど……ん?


 僕は思い至ったことがあって、さっそく【創薬】を使ってみる。右手のひらを空に向けてみる。回復アイテムで何か出来そうなのがないかな、とふんわり考えてみた。すると、頭にぶわーっとアイテムの情報が流れ込んできた。


「あ……あっ……!」

「どうしたんですか!? ハルガード君!」


 思いがけない情報量の多さに頭痛がし、僕は頭を抱えて膝をついた。これは、驚いた。


 手持ちのアイテムだと『スキルポーション』や『ライフポーションS』なんかが出てくると思ってたけど……作ったことのないアイテムまでわんさか出てきた。


「これは、ヤバい……!」


 正直な感想だった。ちょっと予想はしてたんだけど、思った通りだ。


 このアクションスキル【創薬】は、僕の固有スキル【薬識】と連携する。すなわち、【薬識】であらゆるアイテムの製法や名称を知っている僕は、材料さえあればあらゆるアイテムを【創薬】によって作り出せることになる……!


「あの、ハルガード君……? 頭が痛いんですか? いったん、戻りましょうか?」

「あ、ごめん。もう大丈夫だよ」


 ラディアさんを心配させちゃったな。僕は、すっくと立ち上がって大丈夫な素振りを見せた。


「心配かけてごめん。とても便利なスキルを手に入れたんだ。ちょっと、それにびっくりしちゃっただけ。僕はもう大丈夫だから。行こうか」

「はい。……あの、無理はしないで下さいね?」


 僕らはそのまま"白の境界線"を目指して歩く。しばらくして、目的の場所についた。


 着いた場所は断崖絶壁だった。向こう岸に陸が見えるのだけれど、そこまでの空間が特殊な場所だ。岸壁は一面、白色で覆われている。これは絶景だ!


「わぁ……キラキラしてて綺麗です!」

「凄いね、これは……!」


 陽光を乱反射して、岸壁はキラキラと輝いている。びっしりと埋め込まれた白色の石は、ずっと向こうまで続いていて先が見えない。なるほど、確かにこれは"白の境界線"だ。もっと近くで見てみたい。


「どうにかして、ここを降りられないかな……?」

「たしか、降りられる所があるみたいですよ。迂回してみましょう!」


 僕はラディアさんの案内で、降り口を探した。探しながら、ラディアさんがこのパワースポットについて解説してくれる。ラディアさんが言うには、この崖下はちゃんと歩ける道になってるそうで。そこをカップル達がよく歩きに来るらしい。ん、カップルだって?


「はい。だから、私ひとりで来るのはちょっと忍びなくて……すみません、私とじゃ嫌でしたか?」

「いいいや、そそんなこと! むしろ光栄というか申し訳ないというか、僕なんかでごめんなさい!」

「こちらこそ、私みたいな落ちこぼれ冒険者なんかと一緒に来てくれて、ありがとうございます」


 あぁあ、なんかすごく気まずいぞ。ここ、デートスポットだよねきっと。こんな所歩いてたら、僕らもカップルと間違われちゃったりなんかしてもう……あれ?


 僕が盛大にキョドって後退る。壁に手をつくと、空気を読まないスキルが壁面に反応した。


【ホワイトマター】

効能:体力を回復する。回復量は服用量に依存する。

副作用:大量摂取で下痢

レアリティ:★★


 え、嘘だろ。

 この石、食べられるんだ。


 そこで、僕は閃いた。僕は剣を抜いて、岸壁に叩きつける。


「あの、ハルガード君……何やってるんですか?」


 結構簡単に採掘出来たな。砕いた『ホワイトマター』を握りこんで、僕はアクションスキル【創薬】を発動する。頭の中に選択肢が現れたので、僕はアイテム名を念じるように呟く。


「【創薬】、『ヒールタブレット』!」


 僕の手のひらでホワイトマターが輝くと、またたく間に『ヒールタブレット』へ変化した。握りこんだ量は一欠片だけど、四粒くらい出来上がった。


「ハルガード君、何ですかそれ?」

「フィークさんの課題に提出するものが、ようやく出来たんだ! これだよ、僕が求めてたものは!」


 ラディアさんが僕の手のひらを覗き込んできた。僕は、ラディアさんに出来上がったものを説明する。


「これは、一粒の回復量がちょうど『ライフポーション』と同程度に調節された『ヒールタブレット』っていう回復アイテムなんだ。用途は『ヒールポーション』と変わらないけど、これだけ小さいんだ。携行性は大幅に改善されてる。その上、一欠片で数粒出来るんだ」


 僕は視線を岸壁へ巡らせる。ラディアさんもつられて、僕の視線の先へ首を巡らせた。


「これだけの量があるんだ。大量生産も容易だし、製法も砕いて固めるだけだから難しくない。コストもかなり抑えられるはずだ」


 僕は視線を『ヒールタブレット』に戻して言葉を続ける。


「しかも、重ねて服用可能なんだ。あんまりたくさん摂ると下痢することになるけど、一欠片でこれくらい出来るところを見ると、たぶん十粒とかそれくらい一気飲みしない限りはそんな心配ないと思うんだよね。これで回復量の問題も調節できる。どう、まさに理想の新商品じゃない?」


 僕はラディアさんに、この製品の良さをアピールした。ラディアさんは僕の手のひらの錠剤を眺めて頷いている。


「凄いです……これは画期的だと思います! あの、一粒貰っていいですか?」


 ラディアさんは一粒取って口に含むと、すぐに後ろを向いてしまった。あれ?


「ハルガード君……これ、ちょっと苦すぎます……」

「え、どれどれ……うわっ、苦っ!」


 僕もラディアさんに続いて一粒口に含んでみた。これは苦い。そうか……もとが石だし、単純に砂を舐めてる感覚に近い。このままだと、ちょっと製品化は難しいかもしれない。


「もう少し改良が必要だな……。でも、かなり良い線行ってるはず。味の問題をクリアしたらイケそうだ」


 もしかしたら、『ライフポーション』が生まれる前はこれが使われてたのかもしれない。でも、『ヒールタブレット』が流行らなかった理由が分かった気がする。


 さて、そうと決まれば。ここらにある『ホワイトマター』を研究用に、少しばかり拝借していこう。

 僕は先程割って地面に散らばった破片を拾いあげ、リュックサックに放り込んだ。これだけあれば十分かな。


 リュックサックに採掘した『ホワイトマター』をしまった所で。僕は視界の端に異形の姿を捉えた。あれ、なんだ?


 白の境界線となっている岸壁に囲まれた一本道。その向こうから、カポカポと音を立てて石の道を歩いてくる二足歩行の……馬?


「ハルガード君、あれ、何ですか……?」


 ラディアさんも気がついたようだ。物騒な異形の出現により、僕らは物々しい雰囲気に包まれた。


「あれは……たぶん、馬頭鬼だ!」


 馬頭鬼は、馬の顔をもつ筋骨隆々の人型モンスターだ。脚も馬に近い形をしているけれど、二足歩行で歩ける姿形に変化している。まさか、こんな所に出没するなんて。


「ここは、滅多にモンスターが出ないスポットのはずなんですけど……どこかから迷い込んだのですかね?」

「かもしれない……」


 僕らは剣を構えて、歩いてくる馬頭鬼に警戒していた。馬頭鬼の陰影がだんだんハッキリしてくる。そこで僕らは、さらに戦慄した。


 あの馬頭鬼、メイド服を着てる!


「ひいっ!」


 ラディアさんが変な悲鳴をあげた。僕もあれはヤバいと感じた。僕の頭の中で警鐘が鳴り続けている。


「あれは、馬頭鬼の中でもさらにレアな、メスの馬頭鬼――乙馬頭鬼だ!」


 僕は剣を収めて、咄嗟にラディアさんの手を掴んだ。


「ラディアさん、逃げるよ! 幾多の馬頭鬼を尻に敷く、メスの乙馬頭鬼はきっと僕らじゃかなわない! ついでにあの姿は絶対ヤバい!」


 ラディアさんも剣を収めて頷く。僕らは踵を返して走り出した。


「ぶるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるヒーン!」


 酷く興奮した乙馬頭鬼が鳴き声をあげて、突進してきた。両手で手刀をつくり、馬の脚力をもって突進してくる。うひーっ! 怖い怖い怖い怖い!


「何か無いか何か無いか……あった! 『ルク鳥の羽根』!」


 僕はリュクサックから『ルク鳥の羽根』を取り出した。手を引かれて走るラディアさんに乙馬頭鬼の腕が差し迫ったタイミングで、僕らの身体は淡い光に包まれた。

 そのまま凄い勢いで空を駆けると、拠点にしている街コーフスの路地に僕らは立っていた。


「はぁ……危なかった。……ラディアさん、大丈夫……?」

「はぁ……はぁ……。はい、私は大丈夫です……」


 今でも心臓がバクバクしている。モンスター図鑑で見たことがあって、面白いモンスターもいるもんだなと思ってたけど……実際に出会ってみると、あまりにも恐ろしい生き物だった。


「お陰様で、助かりました……はぁ……モンスター博士のハルガード君がいなかったら……はぁ……今頃どうなっていたか……」

「ラディアさん……僕はモンスター博士じゃなくて……はぁ……」


 息も絶え絶えな僕らは、その場でへたり込み背中を預けあった。まあ、いいや。もうそれどころじゃなくて、落ち込む元気もない。


 あれは今晩、夢に出てきそうだなぁ……。

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