第18話 僕は言語学者じゃない!?

 僕らはカルム山に来ていた。ラオル森林での薬草採集のついでに、パワースポットであるカルム山へやってきたんだ。


「ここらへんは松の臭いがする……ん、あの祠かな?」


 丸太で作られた階段を登り続け、僕らは祠のある広間までやってきた。それほど綺麗な訳でもないけど、定期的に誰かが手入れしてるのかな。こざっぱりしている。


「ここが、神農様がまつられている祠ですね。なんだか、神秘的な感じがしますね!」


 ラディアさんが、祠を見て目を輝かせている。神秘的かなぁ。僕には、そういうスピリチュアルな感じっていうのは分からないや。


 ラディアさんの反応をよそに、僕は祠の扉を開けて『神農草本』の所在を確かめた。あったあった。

 僕は古めかしい書物を丁寧に開く。今では使われていない言語で書かれてるな。


「あの、どうですか? というかハルガード君、読めるんですか……?」


 ラディアさんがおずおずと聞いてきた。


「あ、うん。この言語ならある程度読めるよ。研究でこの手の本は読んできたから」

「凄いですね。私にはちんぷんかんぷんです……」


 ラディアさんは、見慣れない言語にしり込んでしまっている。まあ、冒険者の必修科目でも無かったし、普通にすごしていたらこういうのを見る機会は無いもんね。

 考えて、僕は本を読みながら肩を落とした。今思うと、僕は何で冒険者を目指してたのにこんな所にばかり時間を割いてたんだろう……普通なすごし方じゃないじゃん……。


「あの、ハルガード君……? 大丈夫ですか?」

「あ、うん……僕ってやっぱり普通じゃないよね……」

「え、どうしちゃったんですか急に? 普通の言語学者さんは、そういうの勉強してるものじゃないんですか?」


 ラディアさんは頭に疑問符を浮かべてる。いや、なんて言うか普通に言語学者って思われてるところがもう。何度も言うようだけれど、僕は冒険者になりたいんだってば……。


 ため息をつきながら、僕は『神農草本』のページをめくる。めぼしい情報は書いていなさそうな……ん? 『エリクスの薬』?


 気になる文言を発見して僕は手を止めた。『エリクスの薬』というのは古い呼び名で、これは今流通している『エリクシール』と同じ物だとアカデミーで習った。『神農草本』には『エリクスの薬』の製法も書いてあるみたいだ。ふーん。


 気になって、僕はその辺のページを読み込んだ。昔は『金包蘭』が無かったのかな。使う材料も製法も違うみたいだ。生命力を補い、異常を治し、魔力ともに漲ると書いてあるあたり、効能は一緒みたいだけど。あ、材料はフレングラスか。これは大変貴重で出回ってないから、作るのが困難だな。まぁ、これはフィークさんの課題で作ることはないから良いか。


 僕は読み進めて、他の回復薬が無いか探してみた。女神散とか解毒湯とか、それらしいのはいくつかある。けれど、材料がすぐ手に入るか微妙なものばかりだ。そういうのは、輸入に頼る形になるので、コストが高くついてしまう。製造は可能だと思うけど、安価な『ライフポーション』の代わりとするには厳しいかもしれないなぁ。


「ふぅー……、参考にはなったけど、すぐに用意するのは難しそうな物ばかりだったよ」

「そうでしたか。それは残念です……。何かヒントになるようなのがあればと思ったんですけど」


 ため息をこぼす僕を見てか、ラディアさんは落ち込んでしまった。


「あ、いや。大丈夫だよ。まだ期日まで時間があるし。明日、また別なところへ行ってみようよ」

「はい……そうですね」


 まあでも、収穫はあったかな。昨今はポーション全盛期といった印象で、回復アイテムと言えば薬瓶に入った液体で売られてる物が多い。でも、『神農草本』では粉薬が多く収載されていた。たぶん、当時は液体での保存が難しかったんだと思う。


 それと、粉薬は戦闘中に飲むのが難しい。だから、これらをそのまま活かすことは難しいだろう。けれど、昔と違って今は製剤技術がずいぶん進んでいる。液体にこだわらず考えれば、選択肢はもっとあると思う。


「そうだ、ハルガード君。ぜひ一緒に行きたいなと思ってたところがあるですけど……明日、一緒に行きませんか?」


 僕が先頭を歩き、丸太階段をおりているところだった。後ろを歩くラディアさんが、ふいに提案してきた。僕は足を止めて振り返る。


「良いけど、どこに行くの?」

「えっと、"白の境界線"っていうパワースポットなんですけど……」


 ラディアさんが気恥しそうに頬を赤らめて言う。どういうご利益のある場所なのかな?


「以前、口コミで凄く綺麗な場所だって聞いたんです。でも、あんまり一人で行く場所ではありませんので、なかなか行く機会が無くてですね……」


 ラディアさんはモジモジしながら、歯切れ悪く説明する。


 なるほど。一人でいけないとなると、そこらに出現するモンスターが少し手強いのかもしれない。それならそうと言ってくれれば良いのに。


「あの、男女で行かないとご利益が薄い場所でして。ハルガード君さえよければ、なんですけど……」

「僕は構わないよ。むしろ、頼ってくれて嬉しいな。せっかくパーティーを組んでるんだから、そういう場所なら遠慮なく言ってくれて構わないんだから」


 なんで恥ずかしそうにしてるかは分からないけれど。もしかして、魅了系の状態異常魔法を使ってくるモンスターが出没するのだろうか。魅力系の魔法はオスならメスに、メスならオスにといった具合で、異性にしか効果を発揮しないといわれている。だから、対策として男女ペアで向かわなければならないのも頷ける話だ。

 ということは。その手のモンスターとなると、夢魔系のインキュバスだろうか。出会ったことは無いけれど、手強そうな印象がある。


「冒険者としてはまだまだ頼りない僕だけど……僕でよければ、ぜひラディアさんの力になってあげたいな」


 僕は、素直にラディアさんへ思いを伝えた。そうして、僕はラディアさんへ手を差し出す。ラディアさんは、顔を赤らめて僕の手をとってくれた。


「は、はい! よろしくお願いします!」


 僕らは握手を交わした。そんな大げさにすることでも無いと思うけど。まあでも、僕もラディアさんの力が必要だし。これからも、パーティーとしてやっていきたいというのが僕の本音だ。


 その後のラディアさんはどこか上の空で、気持ちの面でふわふわしていたように思う。どうしちゃったんだろう? まあ、明日になってみたら分かるかな。


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