第20話 僕はアイテムプランナーじゃない!?(1)
フィークさんと約束した日から、ちょうど一週間経った。僕は今、工場『オリカフト』でフィークさんと対峙している。
「まずは、ハルガードさん。逃げずに約束を守れたことを褒めてあげましょう。ところで、そのお嬢さんはどなたですか?」
フィークさんは腕組をし、ちらりとラディアさんへ視線を向けた。睨まれたラディアさんは、僕の隣でフィークさんにおずおずと返答する。
「私は、ラディアと申します。僭越ながら、冒険者をやらせて頂いております。あの、今回は公平を期すために、第三者の審査員としてこちらにお招きさせて頂きました」
今回はフィークさんのフィールドで戦うんだ。どんな巧妙な罠が仕掛けられてるか分かったもんじゃない。だからせめて、これくらいは認めて欲しいところだ。
「なるほど。実際に冒険をされる方がモニターとして参加されるのは、こちらとしても僥倖です。わざわざこのような場にお越しいただき、ありがとうございます」
フィークさんはラディアさんの素性が分かるや、得意の営業スマイルへ切り替わった。自分に益があるとみれば、すぐに態度を変えるんだな、この人は……。
「それでは、今回の社内コンペについて簡単に説明させていただきます。テーマは『ライフポーション』の後継に相応しい商品です。お集まり頂いた皆様には、私フィークと、そちらハルガードさんの持ち寄った薬品を比べて、三つの票のどれかに入れていただきます。その結果、勝った方の作品を我が社の新商品として開発させて頂きます。まず、ここまでで質問はございますか?」
「あの、すみません。提示品は二つなのに、票は三つあるんですか?」
さっそく、ラディアさんが手を挙げて質問をした。僕もそれは気になった。どういう事だろう?
「はい。票には三種類あります。ひとつは、私の提示する薬品。もうひとつはハルガードさんの提示する薬品。そして三つ目は、どちらも却下の三種類です。我が社の命運を託す新商品なのですから、生半可な物であれば容赦なく切り捨てて頂きたい。私は、そう考えております」
なるほど。どちらも採用しないという選択肢もあるのか。なかなかにシビアだな。
フィークさんの説明を聞き、僕は固唾を飲んだ。緊張が僕の体を支配する。
「それでは、次に進ませていただきます。今回のコンペでは、多数決を採用させていただきます。ハルガードさん、これについて異論はありませんか?」
フィークさんが急に、僕へ話を振ってきた。どういう事だろう?
「いえ、随分と私を疑っている様子でしたので、念のため確認させて頂いたまでです。私は公正なジャッジを皆さんにお願いしてるつもりなのですが、あなたの方はその点について疑っているでしょうから」
皆の注目が僕に集まった。え、いや確かにちょっとは疑ってたけど、そんなふうに大々的に言われると……。僕、そんな顔に出てたかなぁ?
あ、なんだか作業員方の視線が痛い。てか、今気がついたけど、コレもしかして向こうの戦術なんじゃないか? ヘイトスピーチみたいなもので、僕の心象を悪くするためとか。うわー、そうだとしたらかなり意地が悪いぞ。でも、あの人ならやりかねない……。
「ハルガード君、あんまりあの人のこと睨んじゃダメですよ。顔に出てます……」
「え、あ、ごめん」
小声でラディアさんが僕を諭してくれた。それを見て、フィークさんは僕を小馬鹿にしたように鼻で笑う。くっそー、まんまと乗せられた。戦いはもう始まっているのか。心理戦は、やっぱり向こうに一日の長があるなぁ……。
「僕はそれで、大丈夫です。続けてください」
僕は慎重に言葉を選んで、それだけをフィークさんに返した。下手に言い訳しようものなら、なおさら皆の印象を悪くしかねない。うーん、言いたいことはあるけど、ここは我慢しよう。
「よろしい。では、今回は多数決を採用させていただきます。これより、皆さまには我々の用意した薬品を試飲していただきます。私も万全を期してはおりますが、審査するものが薬品であるゆえ、万が一にも体調を崩された場合にはすぐにお申し出下さい」
フィークさんはそう言うと、自身の用意した薬品をテーブルに並べ始めた。それを見て、僕も用意してきた『ヒールタブレット』をテーブルに置く。
あれから、僕らは味について改良を重ねたつもりだ。甘いものを混ぜてみたりはしたけれど、薬品本来の苦味自体はどうにもならなかった。そこで、僕は糖でコーティングする事を思いついたんだ。表面を甘い糖で覆ってしまえば、飲みやすくなる。これで、味の問題はクリアした。
対するフィークさんの品は……ポーションだ。瓶の形状が『ライフポーション』とは異なり、少しばかり見栄えが良くなっている。ただ、それだけのように見えるけれど……。
互いの準備が整ったところで、フィークさんが会場のみんなにアナウンスする。
「それでは、皆さま。試飲を開始してください。互いに意見を交換し合っても構いませんが、どの票を入れるかは各自でお決め下さいますようお願い申し上げます。投票は半刻後に行わせていただきます」
会場にいる作業員は十二人ほど。ラディアさんも審査員をしてくれるので、都合十三人だ。どちらかだけに入れるならドローは無い。両方却下の票が入ることは無いと思うけれど……。
「おや、ハルガードさんの作品はタブレットですか。なるほど、考えましたね」
しばらくフリータイムとなったためか、フィークさんは僕のところへやって来た。僕らには投票権のがないので、皆の反応を窺うことしか出来ない。暇といえば暇だけれど、わざわざ僕に何の用だろう?
「そう邪険にしないで下さい、ハルガードさん。始まってしまえば、あとは彼らに采配を委ねるだけです。私達に出来ることなど何もありませんよ。気楽にいきましょう」
そう言って、フィークさんは僕の肩をポンと叩いてきた。僕はフィークさんに言葉を返す。
「フィークさんこそ、見た目はあまり変わらないようですけれど。まさか、中身が全く同じということはありませんよね?」
「ええ、もちろん。容量はほとんど同じですが、容器を工夫致しまして。少しばかり量が多くなったように見える構造になっています。加えて、『ライフポーション』の濃度を上げて僅かばかりの頭痛薬を配合し、味を整えました」
それって、つまりは見た目を変えてほとんど同じ物を作っただけじゃないか。濃度が高いぶん効果は上がるし、頭痛薬を組み合わせた事で副作用は軽減される。理に適った改良ではあるけれど……。
「それって、ほとんど同じものを新商品として出すってことですか?」
「ええ、そのつもりですよ。とは言え、きちんと効果も上がりますし、手を加えた分僅かばかりですが値段も上がります。それにより、従来の製品に比べて特別感が出ることでしょう。また、頭痛薬は他に傷の痛みなども軽減してくれるので、生傷の絶えない冒険者には助かる効果だと考えました。悪くないアイディアでしょう?」
「いえ、僕はそういう事を言ってるんじゃなくて……」
困惑する僕をよそに、フィークさんはクククといやらしく含み笑いをこぼした。
「あなたのお考えは十分理解しておりますよ。今回のコンペに勝って、『ライフポーションS』の製造を止めさせることでしたか?」
フィークさんは一度言葉を切ると、鋭い目付きでニヤけた顔を僕に向けた。
「だから、同じ商品を少しテコ入れした物を持ってきたのですよ。それと、『ライフポーションS』を同時販売して差別化をはかるつもりです。あるいは、セット商品にするのもわるくありませんね。状況に応じて使い分けられるお得なセットと言った具合に」
なんてことだ。この人、あれだけ僕が言ったのに微塵も『ライフポーションS』の販売を止めるつもりがない。そのうえ、これみよがしにセット販売まで考えてるなんて。僕の想定が甘すぎた。
今回のコンペに負けるつもりはさらさら無かったけど……。一応、勝っても負けてもとりあえず『ライフポーションS』の販売は中止できると思ってたんだ。けれど、この勝負にフィークさんが勝ったら……『ライフポーションS』を『ライフポーション』として継続販売するだけでなく、同じ成分の物を全く違う新商品として売り出すつもりなんだ。
しかも、その結果僕が勝負に負けたならペナルティーとして何も言及する権利が無くなる。フィークさんの放ったスキルで、万が一にも僕が約束を破ろうものなら、有無を言わさず僕の右手が吹き飛んでしまう。
この人、どこまで僕をコケにすれば気が済むんだ……!?
「いい表情ですね、ハルガードさん。あなたのそんな間抜け面が見たかった。どうです、皆さんのお話を聞いてみませんか、ほら?」
フィークさんに促され、僕は会場で話す人々に視線を向けた。
「このポーション、フルーティーで美味しいですね。これは飲みやすい」
「このくらいの瓶なら、持ち運びも難しくないでしょう」
「そちらの錠剤はどうですか?」
「少し甘いくらいで、僕はあんまり。小さすぎるし、なんだか飲んでも効いてる気がしないです」
フィークさんのポーションは中々好印象なように思う。一方で、僕の方は……。
「いいですか、ハルガードさん。薬というのは効能が全てでは無いのですよ。もちろん、効果を蔑ろにしていい訳ではありませんが……大事なのは印象なのです」
「印象、ですか?」
「印象の悪い薬は、たとえ優れた効果を持っていても使われなくなります。逆に、印象の良い薬は、本当は効果のないものでも効いている気がしてくるものなのです」
「……おっしゃる意味がわかりません」
僕は【薬識】でアイテムの効能効果を看破できる。だから、効くものと効かないものがはっきり区別できる。本当は効果のないアイテムに、いったい何の価値があるんだろう。
「ハルガードさんは、街で何の意味もない壺が高値で取引されているのを見たことがありませんか? ああいうのは、壺自体には何の価値もありません。しかし、案外売れるものなのです。何故だと思いますか?」
「……分かりません」
「人々は、壺を買っているのではないのです。印象を買ってるんですよ。その印象によって、安心もすれば病気が治ることだってある。ま、【薬識】で全てが把握出来てしまうあなたには分からない感覚かもしれませんがね」
痛いところを突かれた気がする。同時に、フィークさんの手口が少し理解出来たかもしれない。僕は、確かな情報に則って色々と試行錯誤してきたつもりだ。真正面でぶつかったなら、たぶん僕の方が随分と有利だ。
だからだろう。フィークさんは、僕と正面でぶつかる事を徹底的に避けている。こんなことは、相手のことを理解しているから出来る芸当だ。フィークさんは、フィークさんなりの見方で相手のことをきちんと捉えている。こんな戦い方をする人は、今まで見たことが無かった。
「さあ、そろそろ時間になります。結果が楽しみですね。開票は、不正防止のためにこちらの作業員とそちらのお嬢さんの二人でおこなってもらいましょう。それでは、私はこれで」
フィークさんは片手を上げて手を振る。そうして、僕のもとから離れていった。
僕は果たして、この人に勝てるのだろうか……。
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