第7話 僕は鑑定士じゃない!?

 僕はラディアさんの案内で、街から少し離れた草原に来ていた。海辺の街コーフスから北西へ行ったところだ。モンスターもあまり出ないし、比較的通いやすい草原なんだよね。


「着きました!」


 ラディアさんが到着を告げる。辺り一面に広がるは、金色のお花畑。あれ、おかしいな。ちょっと前までは一面青い花で埋め尽くされた場所だったんだけど。


「おかしいな。道は間違ってないよね」

「はい。ここで間違いありません」


 僕は地図を広げて凝視する。ラディアさんも横から覗き込んできた。


「うーん、間違いなくここは"ブルーカーペット"のはず。あの景色はどこに行ってしまったんだ?」


 この地帯は、古くから"ブルーカーペット"と呼ばれている場所だった。『青包蘭』が咲き乱れ、青い絨毯を敷き詰めたような景観だったことからそう名付けられていた。しかし、現実は青い花の代わりに金色の花が敷き詰められている。


 僕は、花のひとつに手を伸ばした。グローブをはめた手で一輪の花を摘み取る。


【金包蘭】

効能:生命活動を活発にし、治癒を促す。

副作用:寿命短縮。

レアリティ:★★★


 『青包蘭』に形はよく似てるけど、別物みたいだ。とりあえず、サンプルとしてひとつ持っておこうかな。


 僕は採集ケースを取り出し、『金包蘭』をしまった。


「ラディアさん。これは、『金包蘭』という花のようだね。ん、『金包蘭』?」

「そう、それです! 確か『エリクシール』の材料になってる植物ですよね!」


 思い出した。『金包蘭』は、あの万能薬『エリクシール』の原料だ。こんなところに群生してるなんて。これだけ大量に咲いてるんなら、確かに量産できそうだ。


「こんなところに『金包蘭』が群生し始めたなんて知らなかったな。これは大発見かもしれない。ギルドに報告した方がいいんじゃないかな」

「そうですね! さすが、ハルガード君です! あなたが居なければ気が付きませんでした!」

「いや、これを見つけたのはラディアさんだから。凄いのはラディアさんの方だよ。僕は鑑定しただけだし」


 【薬識】のスキルがこんな形で役に立つとは思わなかった。作れば売れる『エリクシール』は、原料の安定供給も重要な課題のはず。その原料である『金包蘭』の群生地が新たに発見されたんだ。これもひとつの社会貢献だろう。ラディアさんの行動力の賜物だけど、こういう大きな出来事ならそれを担保してくれる存在も必要だ。僕は鑑定士としてやっていくことも出来るんじゃないだろうか。


 そう考えて、僕は金の花畑に膝をついて項垂れた。


「違う……、違うんだよ……。僕はこう、皆のヒーローのような冒険者に憧れて……」

「どうしたんですか、ハルガード君?」


 恒例となってきた挫折タイムに突入した僕を、ラディアさんが優しく介抱してくれる。ありがとう。君の存在が無ければ僕の心はそろそろ折れてしまっていたかもしれない。


 そんなことがあって、僕らは急いでギルドに戻った。空はすでに夕闇に包まれている。そろそろギルドも閉まる時間だけど、ギリギリ間に合うだろうか。僕らはギルドの扉を開け、中に飛び込んだ。


「あら、ハルガードさん。どうされましたか?」


 僕らの姿に気付いたのは、ティファさんだった。


「すみません、こんな遅くに。実は、取り急ぎ報告したいことがありまして」

「何でしょう」

「ここから北西へ行ったところの草原の中でも、"ブルーカーペット"と呼ばれてるところがあるのはご存知ですよね」

「はい。それがいかがしましたか?」

「実は、先程そこへ行ってきたんです。そうしたら、『金包蘭』が群生していたんです」

「『金包蘭』が? 少々お待ちください」


 僕の報告を聞いて、ティファさんはパタパタと受付の方へ駆けた。ペンと報告書を取り出したので、僕らも受付まで行く。


「その話、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」


 僕とラディアさんは顔を見合わせ、ティファさんに経緯を説明した。


「そこで、一応、こちらも持ってきたんですが」


 そう言って僕は、リュックサックから採取してきた『金包蘭』を取り出した。ティファさんはそれを確認する。


「こちらは証拠品としてお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません」

「ハルガードさんは、固有スキル【薬識】をお持ちでしたね。それでしたら、こちらは間違いなく『金包蘭』なのでしょう。念の為、ギルドでお雇いしている鑑定士の方にも確認させていただきます」

「あ、はい。大丈夫です」


 ティファさんは、書類に書き込みをしていく。最後に判子を押すと、その書類をこちらに提示してきた。


「ご報告ありがとうございました。最後に、こちらへサインを頂ければ報酬をお支払いいたします」

「え、報酬ですか?」


 僕とラディアさんは声を揃えて聞き返した。


「あら、ご存知なかったのですか? 『金包蘭』は指定薬草になっておりまして、その群生地を発見された方に情報提供を求めておりました。発見次第、その区域をギルドの管理区域に指定させていただきます。以後は冒険者の立ち入りを制限させていただくことになります。その代わりに、発見者には二十万ルフをお支払いしておりました」

「に、二十万ルフ!?」


 僕らは提示された金額に驚いた。想像してた以上に大金だ!


「それでは、こちらへお二人のご署名を」


 ティファさんは粛々と事務手続きをすすめる。僕は緊張から固唾を呑んだ。そして、震える手で書類にサインした。


「ありがとうございました。では、今日はもう鑑定士の方が帰ってしまいましたので、明日またいらしてください。お手柄でしたね、ハルガードさん」

「ありがとうございます!」


 にこりと微笑んで労いの言葉をかけてくれたティファさん。そんな彼女へ、僕は大仰に頭を下げた。


「ラディアさんも、お疲れ様でした。ところで、『青包蘭』採集のクエストはどうしましょうか。私共としては"ブルーカーペット"での採集を想定していたので、暫くクエストの発注を中止させて頂こうと考えておりますが」

「そ、そうですよね……」


 ティファさんからの告知を受け、ラディアさんは困った様子だ。僕の方をチラリと見てきた。


「うーん。これはクエスト失敗ということにはならないんですよね?」

「あ、はい。そちらの方は大丈夫です。こちらの都合によりキャンセルということになりますので。もし、かかった費用等ございましたら、立て替えさせていただきます」


 クエスト失敗になると、経歴にバツ印がつくことになる。バツが沢山つくと冒険者としての信用度が下がり、案件によっては発注を断られることもあるらしい。なので、向かない仕事はあまり受けない方が良いってことになる。先方にも迷惑がかかるし、当然といえば当然だ。

 しかし、今回のように事情があってキャンセルとなる場合は、そういったペナルティーが無いようだ。


「今回は別な案件で報酬も出たんだし、キャンセルという事でいいんじゃないかな」


 ティファさんの話を受けて、僕はラディアさんに提案した。ラディアさんも、納得されたようで頷いている。


「そうですね。それじゃあ、キャンセルという事でお願いします」

「かしこまりました。本日は、ご迷惑をお掛けしました」


 ティファさんが頭を下げる。何だか、頭を下げてもらってばかりで申し訳ないなぁ。


「こちらこそ、色々とありがとうございました。また何かあればよろしくお願いします」


 僕も軽く頭を下げ、その場を後にした。


 僕らが外に出ると、空はすっかり暗くなってしまっていた。満点の星空が広がっている。


「ところで、ハルガードさん。これから何か予定はありますか?」


 この時間になると、もうほとんどのお店は閉まっている。辺りを見ても、防犯用格子を降ろしている店ばかりだ。


「いや、特に予定は無いけど……あ!」


 僕は重大な問題を思い出した。

 宿屋をとってない……!

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