同僚と酒

教師生活を始めて一ヶ月が経った。初めての給料を貰ったので休日に買物に出かける。今までは給食の残りを貰ってそれをその日の夕食と翌日の朝食にしていたのだが昼、夜、朝と同じメニューが続く生活を一ヶ月も続けていたら流石に嫌になってくる。

なので先ず買うべきは食料だ。これでも料理はできる方だ。よく言われることだが科学と料理は実はとても良く似ているのだ。


村の商店に着き色々物色する。野菜は俺の世界では見かけないもの、そうでないもの様々だった。

値段は正直高いのか安いのか分からない。貰った給料は金貨9枚、銀貨9枚、銅貨10枚。これも一体日本円でいくら位なのかさっぱりだ。

俺の世界でも見たことのある野菜をいくつか籠に入れる。肉は何の肉か分からないので取り敢えずスルーした。それぞれ“〇〇の肉”とは表記されているのだがその〇〇が何なのか俺は知らないのだ。

次に調味料。食塩、胡椒はあったが他は良く分からない。なので取り敢えずその2つを籠へ。

そして主食は米とパンがあったので両方籠行きだ。

卵を見つけたが殻が虹色に輝いている…勿論スルー。

その他諸々必要なものを籠に入れ見慣れないもの、怪しいものは全てスルーして精算へ。

銀貨6枚と銅貨8枚だった。

そして、とある重大なことに気がついた。

「この材料じゃ野菜炒めぐらいしか作れねぇじゃねぇか…」

しかも肉無しである。

がっくしと項垂れていると誰かが声をかけてきた。

「おう。朝倉先生じゃねぇか!!買物か?」

以前銅と鉛を薄く伸ばすのを頼んだ同僚だった。

筋骨隆々で近くにいると酸欠になってしまいそうになる程暑苦しい熱血漢。

名前をモーリー モリソン。

趣味がトレーニングで結局俺が頼んだあの叩く・延ばす・割れたら治すの繰り返しを本当にメニューに加えたらしい。The脳筋という感じである。

本来なら頭脳派の俺が最も苦手とするタイプの人間なのだが同い年という事もあって初日からやけに話しかけてきた。

かく言う俺も鬱陶しいと思いながらも実際のところ何故か少し嬉しかったのだ。

そうだ。この間のお礼に飯でも奢ってやるか。

「モリソン先生、この後時間あるのならこの間のお礼に何か奢りますよ。いい店知ってたらそこに行きましょう。」

「お礼?何の事か分からないがそう言うなら御馳走になりますかな。行きつけの良い店がありますぜ。」

…この男の場合とぼけてるのか本気で忘れてるのか微妙なところである。


そこから少し歩いた所にあったバーの様な店に2人で入る。

落ち着いた雰囲気のなかなか渋い店だ。モリソンがカウンターの奥にいた男に声をかける。

「よう、マスター。久しぶりだな。」

「2日前に来たばかりじゃないか。脳味噌まで筋肉になっちまったのかい?お前さんは。」

「ハハッ、ひでぇ事言うなよ。それだけこの店が恋しかったって事じゃねぇか。」

モリソンが笑いながらカウンターに腰掛ける。

「んで、そちらさんは?村では見かけねぇ顔だが。」

マスターがこちらを見ながらそう言った。

「俺の同僚だ。この村に来たばっかでな。学校に泊りがけで働いているから見たことないんだろ。」

「お前さんも今年の頭にこの村に来たばかりの新参だろ。その割にはもう見飽きる程この店には来てるがな。じゃあ連れの兄ちゃんも先生か。」

「どうも茶鶴 朝倉です。なかなか良い雰囲気のお店ですね。」そう褒めるとマスターはグラスを磨きながらつっけんどんとした態度で答える。

「ふん。単に古いだけだよ。」

「朝倉先生よ、ここの酒は全部旨いぜ。マスターはちと無愛想だけどな。」

「うるせぇよ。注文は何にする?」

「俺はウイスキーロックで。あとつまめるモン適当に。朝倉先生は何にする?」

「じゃあ同じので。」

「はいよ。」

マスターは一言そう返事すると魔冷庫と呼ばれる魔道具の箱から氷を取り出しグラスに入れ、酒を注ぐ。

「はいよ。ウイスキーロック2つ。つまみは今から作るからそれまでこれでも食っといてくれ。サービスだ。」

カウンターに置かれたのは何かの干し肉のようだ。

「おっ!翼虎-スカイガー-の干し肉じゃねえか。いいのかこんな高級な肉。」

さっき商店で見かけた肉にそんな名前のがあったな。他の肉に比べかなり値が張っていた。

「あるツテから安く仕入れられてな。これで常連さんが増えてくれればそれでいい。なあ、先生の兄ちゃん。」

マスターはこちらを見ながらニヒルに笑った。

なかなか商売上手なおっさんだ。

「朝倉先生よ、こりゃ中々食える代物じゃねぇぜ。翼虎-スカイガー-はかなり強い魔物だからな、なんせ空飛ぶ虎だ。凶暴な上にすばしっこい。その上 空まで飛ばれたら並のハンターじゃ狩ることは出来ねぇ。その分値段が高いんだ。」

モリソンが興奮気味にそう説明してくれた。

魔物の肉も食うのか…

俺が躊躇しているとモリソンがひと切れ口に放り込み数回噛み締めた後に酒を飲んだ。

「クーッ。噛めば噛むほど旨味が溢れ出るぜ。スパイスも良い塩梅だ。こりゃウイスキーに合うな。」

ゴクリッ

思わずつばを飲んでしまった。

俺もひと切れつまみ恐る恐る口に運ぶ。

ヤバい。すげー旨い。何だこれ?これが魔物の肉?

続けてウイスキーを飲む。

あぁ、幸せだ。幸せすぎる。

「いやぁ、こんないい店教えてくれてありがとうございます。モリソン先生。最高に旨いですね。」

酒と干し肉の相性が良すぎて料理が来る前に2人ともグラスを空けてしまった。

「はいよ、お待ちどう。ポテトフライに白身魚のホットサンド、あとチーズドレッシングのサラダね。ん?もう飲み終わったか。次は何飲む?」

マスターが丁度いいタイミングでつまみを運んでくる。

2人は次の酒を頼みつまみを食う。どの酒も料理も最高に旨い。

こうして夜はどんどん更けていく…

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