第7話 交際の喜び

 まったく、人間と言うのは大抵酒精に弱い。


 ついこの間の、湖沼こぬまの家に火坑かきょうが来訪した時もそうだったが。


 湖沼海峰斗みほとと言う人間は、人間としてなら強い部類ではあるものの。妖である座敷童子の真穂まほと比較したら全然弱い。


 彼と妹の美兎みうである父の方が強いが、それでも真穂に比べれば弱い。総じて、妖などは酒に強い。神の部類になる者も。


 結局、去年以来大神おおかみは来ていないが、美兎と火坑が結ばれたから満足しているのかもしれない。来て、また一週間以上貸し切りは勘弁だが。


 今真穂は、足元がギリギリ使えている海峰斗を軽く支えながら居住地まで運んでいる。妖術で瞬間移動をしても良かったが、たまには人間のように夜道を歩くのも良い。


 と、同時に見せつけてやりたかったのだ。


 この、妖の血縁でもある人間の男は、自分の物だと。コソコソと、真穂の懐をつけ狙う悪質な連中には辟易していたからだ。


 なら、真穂の気持ちが本物かとなった相手である海峰斗を。無防備な姿であれ、真穂自ら介抱している人間が只者ではないことを示すため。


 現に、遠巻きに舌打ちをする連中を見て、真穂は気分がいい。


 そう思いながら、界隈の奥の奥。ビルのような建物に入り、迷うことなくエレベーターに乗って最上階まで登ると。


 海峰斗が、まだ酔ってはいるが目を覚ました。



「……あれ?」

「気がついた? みーほ?」

「……どこ?」

「真穂の家。来るって言ったじゃない?」

「あー……うんうん。思い出した。楽庵らくあん出る前くらいに言ってた」

「で、エレベーターだけど。もう着くわよ?」

「……おー」



 が、降りてからの反応が面白かった。



「さ、どうぞ?」

「……え?? エレベーター直結!? 広!? 床大理石!? 真穂ってお金持ち!?」

「LIMEでも言ったじゃない? こっちの界隈じゃデパートの役員のようなものもやってるって」

「あと売れっ子小説家……だから?」

「まーね!」



 ここまでの財を築き上げてきたのは容易ではないが。美兎のような好ましい霊力を保持する人間と出会うまでは、実に味気ない生活を送っていた。


 だから、あの日。にしきに出入りする美兎に気付き、気まぐれに座敷童子としての加護を与えたのだ。その選別で、見事守護に値する者だとわかり。


 えにしの次第で火坑と結ばれたが、まさか真穂本人もその兄で昔のよしみである海峰斗と再会して。


 こうして結ばれるに至ったわけだが。



「……けど。普段はほとんど、美兎の家に行ってんだろ? なーんか殺風景だなって」

「いいとこに気づいたわね?」



 小説家の仕事のスペースも、案内しながら教えた一間で事足りているし。自炊はしなくもないが、そこまで食事を必要としない真穂達妖にとっては嗜好品に近い。


 なので、普段は酒かコーヒーとかで済ませている。人間にとっては不健康そうだが妖の主食は霊力や妖気だから関係ない。


 それを告げれば、なるほどと頷かれた。



「じゃさ、じゃさあ? 毎日は無理だけど。会う日には俺がなんか作るよ? 美兎よりは得意だし」

「あら嬉しいわね? けど、別にあなたを小間使いのつもりで付き合っているわけじゃないのよ?」

「まーね? けど、俺って付き合うと尽くしたいタイプだからさ? もちろん、火坑さんとことか他の店も知りたいけど。俺と二人で過ごしてほしい」

「!……ほんと」



 美兎もだが、湖沼の人間。あのさとりの子孫は食えない性格の人間ばかりだ。


 だが、不思議とそれが不快に感じない。



「? どかした……!?」



 不意の喜びをくれたのなら、真穂もそれを与えようと。


 真穂は少し背伸びをして、海峰斗の唇を奪った。



「……どうせなら、真穂と一緒に作る選択肢はないの?」

「…………喜んで」



 これが交際と言うことなら、今まで疎遠だったのを恨むくらい。けど、待った甲斐があったかもしれない。

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