第6話『鹿肉の水餃子』②

 最初はどちらかと言えば、気まぐれだった。


 同じ山の神の使いでありま、水と縁がある河童の水藻みずもが酷く褒めていたから。


 だから、気に入りの店のひとつである楽庵らくあんの大将の恋仲が、どんな女なのか。


 元旦の日に会えたのは、本当に偶然ではあるが。水藻の弟を見ても、怖気ずに。むしろ優しく接してくれた。


 人魚、と千夜せんやが明かしても少し驚いた程度。遙か昔、人間達が海山問わずに人魚を乱獲していた事実を知らないからだろうが。


 それでも、千夜の人化が少年だからか、少し年下に扱う節がある。嫌では、なかったが。


 さとりの子孫であれど、座敷童子の一角の加護があれど、人間には変わりない。こう言うのは人柄のお陰と言うのだろう。


 とりあえず、鹿肉を持参して。本人と改めて会う日よりも前に、久しぶりに楽庵に来た。


 そして、彼女の恋仲である猫人の火坑かきょうに頼みに来たのだが。


 まさか、試作させてくれるとは思わず、水藻と一緒にまずは生ビールで乾杯した。



「……、……、っはー! いつも御神酒だからこう言うのは良いよね!!」

「うん、良いよね!!」

「ああ。あちらの山の神ですと、缶ビールや瓶ビールはお供え物にないですよね?」

「そうなんだよ、大将さん! 敬ってくれるのはいいけど。供物が似たり寄ったりだと、僕らも神も飽きちゃうよ!!」

「ふふ。ですが、由緒正しい国津神ですからね? 無理は言えませんから」

「……ほんと。今日もついていくって言うの止めるの大変でした」



 山そのものが御神体である山の神が下界に出向くなど、正直言って無理だ。天変地異がないとも言い切れない。社に意識体を切り離す程度ならまだしも。その力も社を介さねば無理だ。


 だから、代わりに使いである千夜や水藻が界隈に出向いたのだ。鹿肉を献上してもらったのも本当。神直々の願いであれば、神獣の類とも言われている獣達も命を差し出すのだから。


 とりあえずは、若い肉もいいが老生した美味い肉を選び。千夜が首を落として、水藻が捌いた。


 血抜きは二人でやったが。


 そして、 最近購入したスマホと言うカラクリで色々調べたのも本当だ。ステーキやローストもよかったが、たまには変わり種をと、水藻と餃子を選んだのだ。


 水餃子なので、具材が少し透き通って見える様が美しい。


 躊躇わずに、火坑がこさえてくれたタレを軽く付けて、ひと口頬張る。



「はふはふ!! け……ど、梅と合うんだ?! すっごくさっぱりしてて美味しい!!」

「鹿は元々脂身が少ないけど。……うん、これは美味しいです!! 良い選択だったね、千夜!」

「だね、水藻!」

「お粗末様です」



 作り方は見ていたが、ニンニクと生姜を使っていないのに。卵を入れたせいか、まろやかな味わいで。さっぱり系のタレとよく合う。ビールも進む。これは予想以上に美味しい。


 それと。今日は人間で言うとこの休日なので、美兎みうはここにはいない。しかし、座敷童子の真穂まほの気配はあった。


 それと、美兎に良く似た気配も。



「大将さーん? 今日あのお姉さん来てないのに、真穂の気配あるけど?」

「ああ。実は、彼女が美兎さんのお兄さんとお付き合いすることになりまして。今日こちらにいらしてくださったんです」

「え、美兎のお姉さんのご家族に、二つも妖を!?」

「お兄さんは、真穂さんとある意味幼馴染みのようで。再会は少し前ですが、どうやら長いこと想いあっていたようです」

「へー!」

「めでたいじゃん!! 乾杯!!」

「千夜ぁ、酔ってる?」

「水藻こそぉ」



 つまみは食べているが、久しぶりの生ビールなので酔いのまわりが早いのだろう。


 良い気分になったので、暮れの水藻のように良い気分になるまで千夜達は飲み明かしたのだった。


 そして後日、美兎と再会した時に。鹿肉の水餃子は大層喜ばれた。

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