第14話 永遠の恋敵


「うわ~こりゃヤバい!山猿仔虎やまざることらを怒らせた!」

 

 チャンディは慌てて王子の後ろに隠れ、ナギルは何処から持ち出したのか?中華鍋を被って対シュエホア戦に備え、タスルは自分のデコに無病息災護符を貼った。

 三人の従者はカラミティ・シュエホアが怖かった。

 

「あなた達…… 出会って間がない淑女の、それもお股を触るだなんて無作法を、いったい何処のどなたから教わったのかしら?」

 

 はーい。妓楼のお姐さんでーす、

と軽く言えない雰囲気だった。

 シュエホアから妖気を含んだ瘴気が流れている。

 

 「……わ、悪かったよ!いえ!私が悪うございました!」

 

 シバンは慌てて平伏した。

 

 「心がこもってないわ……」

 

 シュエホアの青みがかった茶色の目が、一際神秘的な青の輝きを増した。

雪肌、卵形の顔の輪郭を彩る赤毛は、透ける陽光で燃える様に輝いて見えた。

 シバンの胸がときめいた。

 

 「おお宝貝ベイビー…… 君が、まさかそんな解語之花かいごのはなのような可憐な女の子だとは思わなかったんだ!」

 

 「……私が解語之花ですって?」

 

 唐の楊貴妃を称した故事から。

 言葉を解す花、とシバンは褒めたハズだった。ところが――


 「私は…… どちらかしら?」


シュエホアの顔はさっと青ざめた。

  艶めいた語を理解する花、という意味にも取れるのだ。美しい花はモノと同じ。つまり娼妓を指す。

 もうしっかりしてくれよ、と傍で聞いていた貴公子達は嘆いた。

 もうこうなったら三重トリプルいや、五重クインタプルで。

 

 「い、言い間違いだ!君は、仙姿玉質せんしぎょくしつ羞花閉月しゅうかへいげつ沈魚落雁ちんぎょらくがん天香国色てんこうこくしょく、もう一つおまけ、窈窕ようちょうたる淑女だったなんて知らなかったんだ…… 知っていたらすぐに求愛していたよ。本当に!」 


 「……よくもまあそんな歯が浮く様なお世辞がよどみなく上手い具合にお口からペラペラスラスラと出ていきますこと。全く呆れたわ!」

 

 かえって怒りを募らせる結果となった。

 「君こそ僕がずっと探し求めていた一輪の花だ!」と言えば良かったのに。

 妓楼通いもほどほどにしないと、どんなに美しく装った美辞麗句おせじも本気の恋には通用しない。

 

 「よし俺も男だ!マジ本気!潔く責任を取ろう!この身を君に捧げてもいい…… どうか存分に!!君の清らかな肢体に弄ばれるのも、それは青春の一頁だ!」

 

 これには仲間からも「シバンの意味不明」「ド変態」「肉欲の化身」とさんざん苦情を言われていた。

 

 「……私は遠慮します!」

 

 別の意味で、身の危険を感じて引かれた……

 王子が横槍を入れた。

 

 「シュエホア、そいつを斬れ!か弱き女子おなご不埒ふらちな事をしようとする輩は紳士として、いや!人としてどうかと思うぞ!」

 

 「君には言われたかないね!」

 

 三人の従者も呆れ果て、王子あんたがそれを言いますか?という顔をしていた。


 「そうね。王子様は未遂だけど前科があるわ…… じゃ、まずは王子様から!」


 藪から蛇だったみたい。

 王子は貴公子達から指を差されて笑われた。

 

 「ま、待て!聞くんだシュエホア!お前は まさに " 肥溜こえだめにカラス" !!」

 

 「あのう………… それ " 掃き溜めに鶴 "の間違いではないかしら?」

 

 どちらも喩えられて嬉しくないものだった。

 

 「ええ!?」

 

 これでも精一杯褒めたつもり?らしい。

 臭くても「君は俺の心の泉地オアシスだ!」と言うべきだった。

 

 「みんなして私を馬鹿にするなんて…… もう!絶~対許さない!お仕置きよ!!」

 

火に油を注いだだけ。

 と、そこへいきなり何者かに首根っこを掴まれたシュエホアは、ひしゃげた胡瓜みたいな奇声を上げた。


 「きゃっ!ぴえぇぇぇ~!?」

 

 「仕置きが必要なのはお前だな……」

 

 部下の金さんと銀さんを従え、トクトアが登場。

 

  「……トクトア様」

 

 「トクトア!帰ってたんだ!」

 

 貴公子達は喜び、王子は訝しむ様な目を向けた。

 シュエホアを離したトクトアは、二人の部下に素早く目線を送った。

 

 「さ、参りましょう」

 

 金さんと銀さんはシュエホアの両脇に立った。

 

 「私は悪くないもん!」


 行かない、と拒否。

 珍しくトクトアが声を荒らげた。

 

 「黙ってついて来い!いつかの様に、また尻をぶたれたいか?」

 

 (ひっ怖い。なんで私が怒られなきゃいけないの?でも……)

 

 シュエホアは大人しく彼に従うことにした。

 

 「いえ……」

 

このトクトアの、まるで地を滑るように迫り来る氷河の様な、脅威的な威圧感に負けた。

 貴公子達、王子の従者達は、内心では彼の登場を非常に喜んでいたくらいだ。

 騒動を上手く収めてくれたということで、さしたる不満もなく、この荒ぶる淑女の退場を心より望んでいたのである。


 「おい!こら待てお前!バヤル・ジョ…… いや!俺のシュエホアを何処へ連れて行くんだ?」

 

トクトアは王子に向けて、身も凍る一瞥を投げかけた。

 しかし、ムシムシ熱帯性の王子には無効だった。


 (俺のシュエホアだと?そうか……

貴様の臭いだったのか。こいつの回りをうろうろする害虫は)

 

 トクトアは苛立ちを抑えるように努めた。

 

「……邸下、千字文のことでこの者をお助け下さったとか。誠にありがとう存じます。しかし…… もうご案じくださいますな」

 

 そして麗しい顔に毒々しい笑みを浮かべて。

 

 「私が戻って参りましたので、バヤル・ジョノンをお気に掛ける必要もないかと。バヤル・ジョノンは私付きの雑仕ぞうしなのです。私の身の回りのことは勿論、寝食も共にするのは当然のこと。常に、私の側近くにいる者です。この度、私は司令官に就任致しましたので、ご挨拶にまかり越した次第です。ではこれにて失礼……」

 

トクトアは慇懃無礼な態度で一礼。

シュエホアの手をグイグイ引いてスタスタ歩き出した。


 「おい!お前は上官の立場を利用してるだろ!これじゃ束縛じゃねぇか!シュエホアは望んでるのか?」

 

 王子の問いに、トクトアは舌打ちして空とぼけた。

 

 「そう認識して良いかと。軍に入った以上は好むと好まざるとに関わらず、一兵士は常に最上の選択をせねばなりませぬ。つまり、上司の命令には絶対服従かと。ましてやジョノンは…… いやシュエホアは可愛い義妹、我が一族の者。まっ赤な他人のあなたが、どうこう口を挟めますか?っていうか、もうご遠慮願えます?」

 

 真っ赤な他人と言われて王子は言葉に詰まった。

 三人の従者達は、逆にこの状況が願ってもない好都合な出来事とあって、まさに渡りに舟だ、とこの機会を逃さず、王子に諦めるよう説得した。

 シュエホアは、トクトアの口角が上がったのを見逃さなかった。

 さっきから彼の指が手首に食い込んで痛かったのだが、王子が反論出来なかったお陰で、ふっとゆるんだ。


 (表情怖い。怖すぎる…… この人が司令官。となると……うわ~荒れるぞ。この先、訓練に参加したくないよう……) 

 


 トクトアと王子の仁義なき戦いが始まった。

 この恋の鞘当ては、命懸けの戦いに発展する。

どちらかが死ぬまで……


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