第11話 売られた紅線
雪花は庭で槍を使って遊んでいた。
競技演舞じゃないから視線も虎の如く相手を制する目付き、龍を倒す気概を見せる攻めの姿勢、鷹の如く俊敏にしてピタリと宙に留まるキレの良さを見せる必要はなかった。
ただ花の回りをヒラヒラと遊ぶ、気楽な蝶になれば良かった。
先ずは槍を身体の側面に付けるようにして、直立の姿勢から。
片手を添え、槍を構える。
穂先を左回し、右回し、前方へ
手を滑らせ柄の真ん中を持ち、片手で器用に槍を回し、片足を軸に、その場でターン。
お次は両肩に担いで跳躍―― そして鶴の如く軽やかに着地。片膝を地面に付け、穂先を天に向けて突き上げる。
再び直立。石突付近を持ち、水平に伸ばす。槍は、まるで前方から引っ張られるかの如く、重力など無視したかの様に真っ直ぐ伸ばされる。
蝶は何処へ?今の気分は蛇鶴八拳の
と言ってもそんなにファンでもないが。
獲物を狙う蛇の如く―― 穂先を動かし敵の喉元を狙うイメージ。
いよいよ大技に。槍を持ったまま鮮やかに測宙をキメる。
あの有名な曲?♪デンジャラス・アイズ♪のサビの部分が。しかし……
ザッパァァァーーン!!
派手に水飛沫を上げながら池にはまってしまった。
「ひゃー!!目測を誤ったぁぁ!!」
珍客に驚いた鯉達は口をパクパクさせていた。
よほど大きな落下音だったらしい。いったい何事か?とトクトアが飛ぶ様に姿を見せた。
「おい!大丈夫か!?」
「……大~丈夫です。今日はちょっと暑いな~って」
「嘘をつくな。暑いからって庭の池に飛び込む奴がいると思うか?」
「それが私です」
「ふん。そんな負け惜しみみたいなことを言いおって…… さあ、早く上がって来い!」
トクトアに引っ張り上げられて、即刻風呂場に連れて行かれた。
「わあ~綺麗な花がいっぱい!それになんていい匂い!精油の香りだわ!」
湯船に沢山の花弁が入浴剤代わりに入れられている。
「綺麗だろ?さあお入り」
シュエホアのテンションが上がった。
「わーい!こういうの凄く憧れてたの!」
服を脱ごうとした時―― すぐ隣で、トクトアも衣を脱ごうとし始めた。
「ちょちょちょちょっ~と!待った~!!」
「はあ?」
はだけた胸元から、均整の取れた上半身がチラと覗いている。
「はあ?って…… それは私の台詞です!」
「……いやいや、この湯は私が入る為に用意させたから良いのでは?それに二人で同時に入った方が、また後から熱い湯を足さなくても済むし、その方が経済的だろ?」
「……いやいや、私はひとりで入りたいのですが」
「良いではないか。見られて減るもんじゃなし…… さ、
ワルお代官様みたいに迫って来る。
「……誰が
シュエホアはトクトアを風呂場から出そうとするが、腕力ではとてもかなう相手じゃない。
「大丈夫だ安心しろ。たとえお前の胸が、華山みたいな断崖絶壁でも私は悲しまない。後二~三年もすればな…… しかし、その前に少しずつお前が慣れといた方が……」
と言いつつ、さりげなく?肩を抱いている。しかも、超絶色気を纏った美しい顔が間近に迫っていた。
「……失礼な!私、あんな高所断崖絶壁なお胸じゃありません…… もう!最近何でそんなに構うんですか?ちょっと、やめて……」
(この人…… ナチュラルにいやらしい人だったんだ。しかも色気半端ないし)
シュエホアは死神陛下(元始皇帝)の言葉を思い出した。
『ハハハ!本当に抗えるんか!?
自信はあるんか?え?無理やな!
多分、お前は雰囲気に負けるやろう……』
とか。
『トクトアに、今日は寒くないか?一緒に寝よか!とか言われても絶対にあかんぞ!あいつやったらさりげなく、そう言いそうや!』
何気に当たってるかも。
『お前は好きな男を捨てられへんやろう。お前はきっと迷う…… そして帰るチャンスを不意にする筈や!』
ゾゾ、何故か背筋が寒くなった。
(ヒェ~そうなったら…… 現代に帰れなくなりそう。…… あ、あかん!あかんがな!)
再び訪れた貞操の危機―― !?
「お、お代官さん!うちはあきまへん!か、堪忍しとくれやす!」
すったもんだの末、突然ピシャッと扉を開けて仁王立ちしている人物を見て、その場で石になった二人。
「お二人共…… ここでいったい何をしてらっしゃるのです?」
侍女頭のナルスだった。
訪れた恐怖の瞬間―― 三人は、ほぼ同時に頬をひくつかせていた。
ナチュラルいやらしいトクトアはナルスによって退散させられ、シュエホアは無事に湯船に浸かり、無事に着替えを済ませ、そして温かい茶を啜った。
「池の水は思ってた以上に冷たかった…… ハァ~生き返る~」
「何をしみじみ言ってるんですか?これが真冬だったら凍え死んでますよ!!」
「そうです!肺炎にでもなったら大変です!お嬢様、もう池には飛び込まないで下さい!」
「…………うん。ごめんなさい」
(二人共、私のことを後先考えないアホな子だと思ってたりして……)
恥ずかしい。雪花は赤色の
「おい赤ずきん!偏屈オヤジの尭舜がやって来たぞ」
(銀なんとかの次は、赤ずきんかい…… )
「お師匠が?」
トクトアが毛布の隙間からこちらを覗いていた。子供みたいで不満そうに膨れっ面をしている。
(もう構わないでおこう……)
シュエホアは被っていた毛布を取った。
「いったい何の用事で?」
「さあな、相変わらず愛想がないが…… なんか元気がなかったぞ」
毛布をトクトアに押し付けると、シュエホアは部屋を飛び出した。
「お師匠がわざわざ訪ねて来られるとは珍しいですね。さあ、どうぞ中へ!」
シュエホアは笑顔で出迎えた。
「すまない…… 嬢ちゃん」
尭舜はその場にしゃがみ込んだ。
「!?お師匠…… いったいどうされました?」
尭舜は俯いたままだった。
「紅線を…… 売ってしまった……」
「え?……紅線をですか?」
突然の話に、事情が上手く飲み込めていない感じだった。
情報が脳に染み渡る?のにしばし時間がかかってしまった。
やがて驚きが―― 混乱に変わった。
(は?あれの持ち主って私よね?え?やっぱり適任じゃなかったってこと?あ…… その方がかえって良かったかも。でも、やっぱり悔しい…… いやいや呪われてるし。いつか私も呪われるんじゃ…… しかし、一応槍に認められてるし…… じゃあどうして!?って私に黙ってなんで売っちゃったの!?)
やっと紅線に持ち主が見つかった、と喜んでいた筈の尭舜が、何故槍を売ってしまったのか?
きっと、やむにやまれぬ事情からだと思うが……
※ある時代劇に登場する
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