第4話 赤と白のおまじない
「うわ…… ヤバいな。俺、こんなに金使ったのか。国庫のことなんか心配したのが間違いだった…… 」
肉、米・穀物、魚、塩、酒、醤、加工品、青果、綿布等。
これらの物を商いしている者達が、大勢屋敷に詰めかけた。
「今後もどうか、手前の店をご贔屓に!」
「ありがとやんした~!」
「グラッチェ!!チャオ~!」
「アナタとワタシ、コレカラモトモダチ!マイド~!!」
バヤンは
「やっぱ、丞相に相談かな………… いや!自分で解決せんと!ああ~でも…… トゥムルが……怖い」
がま口財布を逆さにして怒る、トゥムルを思い出し、頭を抱えた。
「旦那様!!こうなったら大切な武器防具収集品からいくらか売っ払ってお金に替えて頂きます!使わないモノなんて何の役に立つと?このなんとかの宝刀〈臭ワキの剣〉とか!切るっていうより鈍器で?ぶん殴るって感じです!こんな古臭いの、何処の国から仕入れたかご存知ですか!?」
多分、
「え…… いや知らん。でも伝説の英雄が持ってた剣だとか。ほら!大蛇の尻尾から出たらしいし……」
「そんなの嘘に決まっとります!!他にもございますよ!〈伝説の戦士ハニワ王子の像〉っていったい何なのですか!?泥土をこねくり回して作った、ただのガラクタ人形でございましょ?こんな二束三文に…… 全くもって、馬鹿馬鹿しい!だいたい旦那様は、モノの価値もよくお分かりにならないクセに何でもかんでもその場で即決、すぐにお名前を書きなさるから、私がこんな苦労するんですよ!伝説に踊らされるなんて!商人達のいいカモにされてるんですよ!!」
バヤンはトゥムルの剣幕に押され、泣く泣くハニワと草薙剣を手放すことに。
バヤンは姫様宛の文の束を見た。
「またこれか……これ以外の別の方法を考えとかなければな」
その夜―― バヤンとトゥムルは、また恋文の代筆をした。
しかし、今回は二人共なんだか怪しい。
女装束に身を包み、カツラと化粧までして作業を始めていた。
二人共、至って大真面目――これには訳があった。
「旦那様…… この文章は駄目です!私は一度、お主に会って話をしてみたい、って…… こんな喋り方をされる姫君がいると?あと、私は甘い物が好きなのぜ、って…… " ぜ "はいりません!」
何度もトゥムルに
「……もう。良いではないか。いちいち細かいことを申すな」
トゥムルはため息をついた。
「仕方ございません……女言葉を習得する為、女性の気持ちになりましょう!」
「それは…… まさか、私に女装しろと!?」
バヤンは顔面蒼白になった。
トゥムルの顔半分に影が差す―― 悪徳商人みたいな顔付きに変わった。
「このトゥムルに逆らうと?長年、旦那様をお支えしてきたのはいったい誰でしたかな?」
「勿論、其の方だ。其の方が家を守ってくれておる故、あ、安心して戦場に行けたわ……」
絶対勝利者の笑みを浮かべている最強執事。
この執事に怖いモノはない。
「思い出して下されば、それで良いのです。今やうちの姫様は、男達のたくましい想像力と願望が作り出した美しき偶像。私達はそれを金儲けに利用させてもらったのです。……最早、前に進む他ございません。フフフフフ」
お代官様と私は一蓮托生、同じ穴のムジナですよ、と言った感じだ。
「其の方、そんな者だったのか……」
「……私を変えたのは旦那様です」
「……そ、そうか」
こうしてトゥムルは、嫌そうなバヤンに半ば強引に女装束を着せたのだった。
しかし、一旦女物を着てしまえば努力家のバヤンの事、役になりきろうと奮闘した。
より良い返事を書く為、若い頃、亡き妻サラーナ姫との恋文が入った文箱を押し入れから引っ張り出してきて眺める。
「サラーナ…… いつも私のことを気遣ってくれていた」
バヤンは思い出の手紙を読んで涙した。
「……旦那様。早くお返事を」
この牢名主の如く非情な執事の辞書には、待ったという文字は存在しないらしい。
「わ、わかっておるわ!」
バヤンは文句の一つも言いたくなったが、倍になって返されるのが怖いので、諦めて代筆に専念することにした。
「旦那様、ケシクの坊っちゃん達のお文。また届いておりますが……」
どれ、と文に目を通した。
〈……(省略)…… 太陽の如く燃ゆる、我らの
(想ひ、か。なるほど…… ひとは火。緋は燃えさかる火の色。恋の火か…… 面白いではないか。あいつら伊達に高級青楼とやらで遊んどらんな)
バヤンはこの気の利いた文が気に入った。
(後は……)
他のは、全く顔も見たこともない姫の美しさを誉め称える文で埋め尽くされていた。
本当に馬鹿な奴ばっかりだ、とバヤンは鼻で笑った。
「美辞麗句か…… そんな言葉で人の心が揺らぎ、動くとでも?これならボンボンケシクの方がまだマシだ。よし、向こうがその気ならこっちだって。女心を弄ぶ輩は、あたしが代わってお仕置きよ!」
ノリノリバヤンは薬指に紅をすくい取ると、唇に塗り、書き終えたばかりの文の末筆の後にそれを吸わせた。くっきりと唇の跡が付く。
「だ、旦那様…… そんなことをなさっては」
流石のトゥムルもドン引きした。
「ふん。
バヤンは意地の悪い顔をした。
「では私もやりましょう!ヒャッヒャ。姫様商品、饅頭の売り上げの為です!」
段々と面白くなってきた二人は、いろんな唇アレンジをしていく。
「ヒョットコ唇!」
「じゃ、タラコ唇!」
「口角下がり唇!」
「お!口角上がり唇!」
「薄い唇で閉じます!」
「私は口を開けたままだ!」
こうしておじさん二人の、秘密の夜は更けて行く。
*∽*∽*∽*∽*∽*∽*
文は配達するのが面倒なので、屋敷の前に設置された台に並べられ、各自、宛名を確認してから持ち帰る。
「つ、遂に!?ひ、ひ、姫様からのお返事が!?」
「く、唇が!これは姫様の!?」
「あれ?唇の形、お前と俺とで違う気がするけど」
「え?そうか?そんなこといちいち気にするなよ!」
「ヒャッホ~!この開いた唇。もう最高~!」
「なんと美しい唇…… 嗚呼、私はもう死んでもいい」
何も知らずに狂喜乱舞する若者達。
中には文に向かって、己の口を付ける者まで現れた。
「姫様!これで
まことに哀れで、悲しい行動だった。
しかし、この悲しい行動に悩まされるのは、何も若者だけに限らない。
「うわー!うっかり書類に口付けちまった~!」
当の本人であるバヤンだ。
赤と白。つまり、朱肉と白い紙を見ると、反射的に、無意識でやってしまうらしい。
「気のせいか?なんか…… 寒気がするぞ」
バヤンはぶるっと身体を震わせた。
数年後―― 彼は宿敵を討ち、国のトップに。そう、全ての権力を掌握する存在に。
粛清、恐怖政治、暗黒の時代の到来――!?
「げっ!今度は、論功行賞を記した教旨に口付けてしもうたぁぁぁ~!へ、陛下~ももも申し訳ございません!!」
功臣達の名前の直ぐ横に、五十代に入ったおじさんのうっかり
「丞相、気にするでない。余が今一度筆を取る。故に安心せよ。きっと長年の苦労がそうさせるのであろう……」
「あ、いえ、陛下、これには訳がですね…… 私が功臣達へ、愛あるお
「き、今日はもう帰っていいよ……」
「え?本当にいいんですか!?」
若き君主に気を遣わせるバヤンだった。
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