第53話輪の中
みんながもともと持ってきていた浮き輪を持って俺は波打ち際まで向かう。
桜庭先輩は荷物を見ていてくれる言ってくれて、ほかはすでに海に入って遊んでいるようだった。
サンダルを脱いで、砂に足をつけると砂に覆われるような不思議な感覚に襲われる。
普段は立ちなれない砂浜の上は歩きずらかったけど、足の裏に砂が張り付いている感覚は新鮮で海に来たんだということをひしひしと感じた。
そして波打ち際まで来て立ち尽くすと、俺の足によく冷えた水の感覚がやってくる。
お風呂以外ではほとんど感じない水に覆われる感触は久しく感じるものだった。
水平線ははるか遠くにあるはずなのに今にも手が届きそうなほど近くに感じる。それなのにどうやっても届かないことにやるせなさを覚えて、その気晴らしをするように俺は海水に飛び込んでいった。
さっきからハプニングの連続で火照っていた俺の体を冷ますのにはちょうどいい温度だ。俺はそのまま先輩たちがゆらゆらと波に揺られているところに向かった。
「凪~!こっちこっち!」
浮き輪に体重をかけている由都がこっちを見つけて、大きく手を振ってきた。
「あれ?桜庭先輩は?」
「荷物を見ててくれるって。あとでお礼言わないとね」
由都はそうだねと言いながら、砂浜の方をぼうっと見ていた。
「今のうちにたっぷり遊んでおこうか!」
先輩たちのもとから少し流されて離れてしまってはいたが、浮き輪があるのでちょっとした移動も苦にはならず、軽くバタ足をしていればすぐにたどり着いた。
「凪く~」
――バシャァ!!
俺を呼ぶ声が途中で途切れ、その代わりと言わんばかりに大きな水しぶきと水をたたく音が鳴った。
「ちょっと絢ぁ!?」
叫んだ小鳥先輩の視線の先にはひっくり返った浮き輪だけがぽかんと浮いていた。
どうやら七海先輩が浮き輪から落ちてしまったようだった。
だからと言ってどうということはないが……。
すると揺らぐ水面にぶくぶくと小さな泡が浮かんできて、やがて七海先輩はもずくのような感じになって海から這い上がってきた。
思わず「うわ……」という声を漏らしてしまった。
「ちょ……なぎっ……くん。タスケテ」
「はいはい……」
そうして先輩の手を取って引き上げてあげると、浮き輪がなくとも先輩は直立した。
「あ、足届いた」
先輩の体の三分の一は水面から出ていてとても溺れるような高さではない。
浮き輪のせいで浮いていて足が付いていなかったせいで、足の届かない深さだと錯覚してしまっていたんだろう。
「なにはともあれよかったです」
「もう海怖いから凪くんの入れて~!」
そう言って七海先輩が海に潜ったかと思うと、俺の浮き輪の中に入ってきた。
「先輩!?せ、せまいですからっ!」
「ちょ!絢先輩!なにしてるんですか!?」
七海先輩の奇行に声を上げたのは由都だ。
「いいじゃーん。ちょっとくらい~」
「いやいや、俺が出ますから」
俺が浮き輪から出ようとすると脇の下に腕を通されて抜けれなくなってしまった。
胸当たってる……。
無意識だろうか。
というかそもそも七海先輩との距離が近すぎる。
浮き輪の中に二人でいるのだから当然と言えば当然なのだが、上半身から水中の中にある脚なども常に接触状態であるのだ。
何とか意識を外に逃がそうとするが、体の半分ほどが水ではないもちもちとした感触が俺の頭の中を支配している。
意識するなという方が無理な話だ。
浮き輪から出ようと思っても、まだ先輩の腕は通されたままだし、身動きが取れない……。
「ちょっと絢!凪が困ってるでしょ!早く出なよ!」
小鳥先輩……神様だ。
「そうなの凪くん?」
答えずらい質問ではあるがどっちかを取らなければいけないんだ。
ごめんなさい七海先輩。
そう心の中で謝りながら「正直……はい」と答えた。
「そっか、ごめんね」
シュンとしてしまった七海先輩を見ているとなんだか申し訳ない気持ちになる。
むしろこっちがごめんなさいと言いたくなるような表情だ。
しかしそんなことも言ってられない。
助けてくれた小鳥先輩にお礼を言わねば……。
彼女に視線を向けると、こっちに気づいて柔和な笑みを浮かべて、「いいよ」と言っている感じがした。
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