第50話まだまだ半分

一瞬だけ目に光が差してきてそのせいで俺は目を開けた。

あ、車の中なのか。

今も碧斗さんが運転する車は動き続けていて一定間隔で振動を与え続けてくる。

鏡越しの碧斗さんと目が合うと碧斗さんはニコッと笑みを浮かべて優しげに「おはよう」と言ってくれた。


「おはようございます」


他のみんなは静かに寝息を立てていて、幸せそうな表情を浮かべている。

若干を眠気を纏っていた頭を完全に覚醒し、という非日常の雰囲気をしみじみと感じる。


「そういえば今ってどのあたりなんですか?」

「今はちょうど半分くらいだよ。もう一時間くらいかかるから寝てていいよ」

「ありがとうございます」


寝てもいいと言われたものの眠気はほとんど残っていないので、どうしていいか少し迷ってしまって、とりあえず携帯を触ってみる。

特にしたいことのない俺はただぼうっと画面を見ていた。


「んんっ」


隣で寝ている由都が首の向きを変えて、無意識で俺の肩に頭を乗っけてきた。

ふわっと香るシャンプーの匂いが俺の鼻をくすぐる。

これで寝るに寝れなくなってしまった。

変に動けないから少し態勢がきつい……。

俺が少し身じろぎをしていると今度は小鳥先輩が目を覚ましてしまった。


「んぅ……」

「ごめんなさい、小鳥先輩。起こしちゃって」

「あ、おはよぉ……。全然いいよ」


小鳥先輩は眠そうに目を擦って、状況を確認するように首を振った。

そして俺の肩に頭を乗っける由都を見て目を見開いた。


「ちょ!由都ぅ……」


寝てる彼女を見て声量を抑えていたが、恨めしそうに由都を見ていた。


「まあまあ……。先輩は良ければ俺の話し相手になってくれませんか?」

「うぅ……。うん分かった」


若干納得のいっていない様子だったが、首を縦に振ってくれたことに安心する。


「そういえば、どうして髪を短く切ろうと思ったんですか?」

「長いのって暑いからばっさりと切ってみようと思って、あとはそっちの方がかわいいかな……って思って。変かな?」

「いえ、とってもかわいいと思いますよ。その髪飾りも可愛いと思いますし」


俺がそう言うと先輩は前髪を必死に抑えて、薄く伸びた目を隠そうとするが、赤くなった頬は隠せておらず照れているのがまるわかりだった。


「先輩。真っ赤ですよ?」

「うるさい……ばかばかばか」


小鳥先輩は握りこぶしを俺の腿にあててきて、反抗の意思を見せようとする。

でも、たたくわけでもなく、ただ置くだけってのが優しいなって思わせられる。


「先輩、その爪もとってもかわいいと思いますよ」


すると小鳥先輩はゆでだこのようにように耳まで真っ赤に染めてしまった。


「うぅ~!!もうほんとなんでそんな簡単にかわいいとか言うのぉ……別にかわいくないもん!」


小鳥先輩は拗ねてしまったのか外の方を向いてしまって目を合わしてくれなくなってしまった。


「二人はとっても仲がいいんだね」


碧斗さんにそう声をかけられて俺は苦笑を浮かべながらどうしていいかわからず苦し紛れに返した。


「あはは……。ありがとうございます」


小鳥先輩は本格的に拗ね始めてきてしまったようなので、あとで何か買ってプレゼントでもしてあげようかな。



◇◆◇



一休みを取るためにサービスエリアに寄る。

とりあえずみんなを起こして、車を出る。

なにかと危ないよねサービスエリアの駐車場って死角が多くて。

そんな俺の考えを再現するように勢いよく車が走っていく。

小さな子供が飛び出してくるとは全く思ってないのだろうか。

本当に怖いものだなぁと思う。

こんなところで事故にあったらこの後が台無しだしな。

注意しながら歩いていると、また左側から結構スピードの出た車が近づいてくる。そして俺の左から抜けていこうとする影が目に映った。


「あぶないっ!」


俺は誰かもわからない手を思いっきり自分の方に引き寄せた。

そして目の前を車が勢いよく通り過ぎていく。


「先輩……しっかりしてくださいね?」


俺が抱き寄せたのは桜庭先輩だった。


「ごっ、ごめんなさいっ!ぼーっとしちゃってた……。あと、手が……」


俺は完全に先輩のお尻を触ってしまっていた。


「すいません!!」


俺は腰からお尻にかけて回していた手を勢いよく解いて、すぐに頭を下げる。


「いや。いいよ。って言うかお礼を言わなきゃいけないのは私の方だし。本当にありがとう九重くん。助かったよ。君は命の恩人だ」

「大袈裟ですよ。多分先に車が通りすぎていたでしょうし……」

「それでもだよ。でもセクハラはだめだからね……?」

「あれは事故じゃないですかぁ」

「女の子のお尻を触ったことを事故って言ってごまかさないでね??私、いますごい心臓がバクバクしてるんだから」


それは轢かれそうになったからじゃ?とは言えるはずがなかった。なんか縁起が悪そうだし。


「とにかくほかの女の子のお尻なんか絶対に触っちゃいけないんだからねっ!そ、その……ほら!つかまっちゃうから!」

「あはは……はい」


俺は苦笑いを浮かべて車に気を付けながらサービスエリアに向かっていく。先輩の後姿を見ていた。

先輩のお尻……柔らかかった。

否応がなくその感触を思い出させる悪魔のお尻だった。





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