第43話小鳥先輩のお願い
小鳥先輩とプールへ行く日がついにやってきた。
水着、財布、携帯などなど持つべきものはすべて持った……と思う。
心配性な俺は家を出る前に何度も荷物の中を確認して家を出たが、やはり忘れ物をしていないかどうしても不安になってしまう。
でも、家からだんだん遠ざかるにつれ、その不安はだんだんと薄れていき、わくわくとした感情のほうが強くなってきた。その感情が抑えきれずに足早に駅に向かう。
先輩との最寄り駅は異なるので駅のホームでの集合となっているのだが、先輩はその目立ちやすさからか見つけるのは一瞬だった。
まだ集合の予定の二十分前であるのにもう着いているなんて驚きだ。
先輩はまだ俺が付いたことに気が付いていないようで、俺はゆっくりと後ろから小鳥先輩に近づいた。
「小鳥先輩っ。おはようございます」
そう声をかけると、小鳥先輩は驚いたかのように体をびくっとさせ、振り返ると少し涙目になっていた。
「び、びっくりしたよぉ……」
「ご、ごめんなさい。こんなに驚くと思っていなくて」
小鳥先輩は目じりに浮かべた涙をぬぐうと、今度は怒ったように顔を膨らませて、不満げにこちらを見てくる。
「凪は罰として私の命令を一回何でも聞くこと」
「お、俺にできることなら……」
すると小鳥先輩はその言葉を待っていたかのようににっこりと目を細めて、微笑を浮かべる。
「凪。二言はないからね?」
今だけ先輩はとっても腹黒く見えた。この後、なにを命令されるんだろう……。
ちょっとだけ怖い。
「は、はい。大丈夫です……」
結局その場では命令はされずに、俺たちはそのままきた電車に乗って目的地に向かった。
◇◆◇
「人多いね~」
「ほんとですね。この時間一番暑苦しいです……」
まあ、夏も本番の暑さともなってくればそれなりの客がいるのは予想できたが、想像の三倍は人が多かった。中に入るのだけでも一苦労だ。
「大丈夫かな?プールが全部肌色になっちゃったりしないかな……?」
「さすがにあの広大な面積があれば大丈夫ですよ。ここは県内でもトップクラスに広いプールですし」
その光景を想像するのも嫌になって、すぐに否定をする。さすがにぎゅうぎゅう詰めのプールになんて入りたくない。
だんだんと入り口が近づいてくると、なんだか人の流れが速く感じられてすぐに入場することができた。
「凪、またあとでね」
「はい。先に待ってますよ」
女の子の着替えは長いだろうし、待つのも紳士の務めだ。
今朝は先輩のほうが早く来ていたけど……。
更衣室に入り、適当にロッカーを選んで荷物を置くと急に忘れ物をしていないかという不安感が再燃してくる。
そして恐る恐るバッグの口を開いて、水着などがあることを確認して、安心からのため息を吐いた。
時間をかけてはいけないことをここで思い出して、急いで着替え、必要そうなものをまとめて更衣室から飛び出した。
幸い先輩の姿はまだなく、一緒に来た女の人を待っているのかずいぶんと男が固まっていた。
むさくるしい空気を感じつつも、これはこれで仕方ないかと自決して、小鳥先輩が来るのを待った。
――十分後。
やっと小鳥先輩が更衣室から出てきた。
ここで俺は少しだけ落胆してしまった。
なぜかって?
それは……小鳥先輩はラッシュガードを羽織っていたからである。
普段はお目にかかれないすらっと伸びた白い脚が惜しげもなく出ているというのに、俺は先輩の水着が見れなくて少しだけ残念だった。
「ごめんね、待ったよね」
「大丈夫ですよ。俺も出て来てからそんなに経っていないので」
俺には「俺も今出てきたところですよ」みたいなよくありそうなギザな言葉は使えなかった。
「それじゃあ、いこっか?早くしないとレジャーシートを引く場所がなくなっちゃうよ」
「そうですね、早めに取っちゃいましょうか」
なんとかレジャーシートを広げれそうなスペースを見つけると、小鳥先輩が何かを言いたそうに口を開いたりは閉じたりを繰り返していた。
「どうかしたんですか」
「あ、う~ん……ええと」
そんな歯切れの悪い様子の小鳥先輩を見て俺は首をかしげる。
「ひ、日焼け止め……」
「あ、日焼け止めですか?忘れちゃったんですね。大丈夫ですよ。俺が持ってますから。肌に合うかはわかりませんけど」
小鳥先輩は顔を真っ赤にしながら首をぶんぶんと振って、否定してくる。
もう俺には先輩が何を言いたいのかがわからない。
「その、日焼け止めを塗ってほしい……の」
ここでようやく先輩があんなに恥じらっていた理由を理解した。
「いや、でもそれはちょっと……」
「凪は私の言うことを一つ聞かなきゃいけないのっ!」
うぐっ。それを言われると辛い。
確かにできないことではない。ただ、倫理的に問題が……。
小鳥先輩は吹っ切れたように俺に日焼け止めを差し出してきた。
先輩の瞳はまっすぐに俺をとらえていて「逃がさないぞ」という意思がひしひしと伝わってくる。
諦めるしかない……。
「分かりました。塗りますよ」
俺は小鳥先輩から日焼け止めを受け取ると。
小鳥先輩はラッシュガードのチャックを下ろしていった。
そうしていくとまず俺の目に飛び込んできたのは、水色のセパレート型のビキニと高校生とは思えないほどの谷が露になった。
あれ、じゃあなんで先輩はラッシュガードを着ていたんだ?
思い切って俺は先輩に聞いてみる。
すると先輩は耳まで真っ赤に染めて「凪以外の男に……見られたくなかった、から」と俺が聞き取れるぎりぎりの声で言った。
その言葉を聞いて、俺は頭の中が一瞬ですっからかんになってしまって、体全体が熱を持ち始めた。
「せ、先輩、塗りたいので早くうつぶせになってください……」
「あ、うん」
先輩は素直にうつぶせになってくれた。これで俺の真っ赤になってしまったであろう顔は見られずに済むだろう。
ただ、ここからが問題だ。
俺は今から先輩の素肌に触れなければならないのだ。
体は熱いが緊張から手先だけは凍えるように冷たい。そして、心なしか手が震えているような気さえする。
「凪?」
「あ、ごめんなさい。今やりますね」
九重凪!覚悟を決めろ!!
自分に心の中で叱責を飛ばし、日焼け止めを手に付け、深呼吸を挟んで先輩の背中に触れた。
「んひゅ!!」
その声に驚いて俺は勢いよく先輩の背中から手を手放した。
「ご、ごめん。冷たくて驚いちゃった」
「だ、大丈夫ですよ」
嘘だ。全然大丈夫じゃない。俺の心臓はこれまでにないほど高鳴っているのだから。
でもやらないと不思議がられてしまうし……。
俺は思い切ってもう一回先輩の背中に手を触れた。
そして日焼け止めを背中全体に伸ばしていくように塗っていく。
女の子の肌ってなんでこんな悪魔的に柔らかいの……。
それはもう脳内麻薬と言っても過言ではないほどで、どんどん俺の手に感覚が集まっていってしまう。
頭の中はもうお花畑の中にいるような幸せな気分だ。
「凪、脚もお願いしていい?」
そう言われて俺はつい先輩の長い脚に目を向けてしまった。
無駄な肉のなさそうな脚なのにとても柔らかそうで、魅惑的な先輩のそれに俺はどんどん引き込まれていきそうになっていた。
「わ~あのお兄ちゃんたち塗りあいっこしてる~ママ!僕にも塗って~」
そんな無邪気な声で俺は現実に引き戻された。
小鳥先輩も顔をこちらには向けずに何もない木々の方を見ている。
でも、小鳥先輩は耳まで真っ赤に染まっていって、照れているのは一目瞭然だった。
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