第44話悪いのは俺じゃない、その凶悪な女の武器だ

恥ずかしさからの熱も冷めてきた頃、小鳥先輩は再びラッシュガードを羽織り、やっとプールに入ろうという話になった。

というかそれまで俺たちは一体何をしていたんだ……。


「それじゃあ行きましょうか。先輩」


俺は座っている先輩に手を差し出して、先輩のことをじっと見る。


「ありがとう。それじゃあ行こっか」


先輩もそのまま俺の手を掴んで立ち上がる。

先輩も立ち上がった事だし、手を離そうと思って力を抜いても何故か、俺の腕のある場所は変わらなかった。


「せ、先輩?」

「ん?どうしたの?」

「て、手です」


てっきり、すぐに離してくれるだろうと思っていた俺は、少しだけ取り乱してしまう。


「あっ!ごめんね」


先輩は気づいていなかったようで、すぐに手を離し、少しだけ残念そうな表情を見せた。

そんな表情しないでほしい······。つい手を差し伸べたくなってしまうから。

はぁ······。

俺は小さくため息を吐いて、先輩の手を無理やり掴んでプールに向かって走り出した。


「ちょっ!凪!?」


先輩は驚いたような声を出すが俺は気にしない。

そして、そのままプールに飛び込んで先輩ごとプールに引き込んだ。


「凪······酷い。冷たいじゃん」

「そんなの知りません。先輩が俺の庇護欲をそそるような表情をするのかずるいんです」

「私、そんな表情してないからっ!」

「してましたから!嘘つかないでください!」


そんなくだらないやり取りは監視員さんに飛び込むなと注意されるまで続いた。

そんな中は俺たちは二人で顔を見合わせて笑ってしまった。



流れるプールは気分のいいものでもぼーっとしているだけで風景が動いていく。

ただ先輩と離れたりしそうになるので気が気ではないのだが。

先輩、目を離した隙にすぐナンパされそうだからな。


「先輩。俺から離れないでくださいね」

「凪がさっきから離れていくんじゃん」

「いや、俺は流れに身を任せてるだけで······」

「とにかく凪は私から離れないこと」


人が多いというのは大変なものだ。


「じゃあ······手でも繋いでますか?」


この提案するのは気が気じゃない。自分でも何を言っているんだと自問したくなる。

やはりというか小鳥先輩も満更ではないらしく、ぎこちなく俺の手に自分の手を重ねてきた。

先程まで冷たい水の中にいた俺の手は確かな人の手の温もりを感じる。


「これなら······はぐれませんね」

「う、うん。そうだね」


今にでも顔を水に付けて冷やしたい。

照れすぎて顔から火が出そうだ。

多分俺の顔は真っ赤に染まっていることだろう。

小鳥先輩はどうなっているんだろうと思って振り返って見ると、水に顔を付けていて、水面に泡がぶくぶくと浮かんできていた。

それでも健気に手は繋がれていて、つい頬を緩めてしまった。




「先輩。浮き輪持って来ましょう」

「そうだね······歩くの疲れた」


ほとんど水の流れに身を任してただけなんだけどなぁ。

まぁ、そんなことはどうでもいいや。


一度水から上がって、浮き輪を膨らますことにした。

ただ、二つもやるとなるとかなりめんどくさいし、肺活量もかなり必要そうだ。

部活もやっていない俺に二つも空気を入れれるはずがなく、せいぜい一つが限界だった。


「凪?一つで大丈夫だよ?」

「すいません······情けなくて」

「いや、いいよ頑張ってくれてありがと」

「そう言ってくれると嬉しいです。それじゃあまた入りましょうか」


すると今度はどっちが浮き輪を使うのかという論争になった。

今日はなんだかくだらないことばかりで言い争っている気がする。


「先輩が使ってください!」

「凪が頑張ったんだから凪が使うべきだよ!」

「俺は大丈夫ですから。先輩のために作ったんで先輩が使ってください」

「そんなこと言われたら……断れないじゃん」


先輩はあきらめたような声を上げて浮き輪を持ってプールに戻っていく。


「ほら、凪も早く!」

「あ、はい。今行きます!!」


俺は少しだけ歩調を速めて先輩について行った。



先輩は浮き輪をつけて、俺はその浮き輪についているひもを持ちながら、先輩と雑談している。

ただ先輩の方を見ていられない。

なぜかって?

先輩が胸を浮き輪の上に乗せてるんだもん。

水のせいでラッシュガードがぴったりと貼りついていて、そのきれいなおわん型のそれを強調している。

かなり視線に困るというのが本音だ。


「凪?私の方見てる?」

「み、見てますよ……」

「でね~――でね……なんだよね」


完全に上の空になってしまっている俺のほっぺを突然小鳥先輩はつまんできた。


「な、なんれふか?」

「さっきから全然話聞いてないでしょ。私拗ねちゃうよ。なんか悩みがあるなら聞くけど」

「す、すみません」


俺は謝るだけで逃げようとするが小鳥先輩は俺を逃がす気がないらしく、じっと俺を見つめている。


「じゃ、じゃあ言いますけど。はやくその男子の夢が詰まっている凶悪なものをしまってください」


すると小鳥先輩は何のことかわかってないように首を傾げた。

俺は一瞬視線を向けてしまうと、小鳥先輩もそれに気が付いたようで「変態……」と可愛げに俺を罵ってきた。


悪いのは俺じゃない。そう信じたい。

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