第38話掌を裏返す
七海先輩は俺の服の裾を掴んで離さない。
「せ、先輩?どうしたんですか?」
「さみしい······」
その言葉にはやけに感情がこもってるような感じがした。
俺の心の警鐘をならすようなそんな感じの音。
このまま七海先輩を帰すのもなんだか後味が悪い。だから俺と七海先輩は近くのカフェに入って話を聞くことにした。
冷えた水を口に含み、深呼吸を一つ挟むと、七海先輩はゆっくりと話し始めた。
「1年くらい前にお母さんが無くなっちゃって、お父さんは仕事で帰りが遅いし、兄弟もいないから、家にいるのが寂しくてね······。それに、凪くんと一緒にいる空間は言葉がなくてもとっても温かいような気がして、その、凪くんの家にずっといたいって思っちゃった」
母親の話を出した時に先輩の声に覇気を感じなかったのも同じような理由だろうか。
悪いことをしちゃったな。
「じゃあうちで夜ご飯でも食べていきますか?」
すると七海先輩は一瞬逡巡するが、すぐに相槌をうつ。
さっさとお店を出ようと伝票を持ってレジに向かって二人分のお金を払った。
「え、私も払うよ?」
「大丈夫ですよ。このくらい」
嘘だ。バイトもしてない高校生。財布の中に貯蓄があると言ったら嘘になる。
あまり使いすぎとかいうことはしたりしないが、本とかはよく買うのでなかなかにお財布のなかはすっからかんだったりする。
それでもお金を出すのはただ見栄を張りたいから。それだけである。
喜んで他人の分まで払うのは、富豪のすることだ。
もちろん俺はそんな富豪じゃない。
まあ、七海先輩くらい美人な人だったら全然払っていいと思えたりするけども……。
と、横に立つ七海先輩の顔を見ていると、視線に気が付いたのか、先輩はこちらを向いてかわいらしいというかあざといというか、そんな狙っているのか素なのか、よくわからない感じで首をかしげてきた。
俺は急いで視線を逸らして、手早く会計を終わらせると、七海先輩と足並みを揃えて、家へと歩き始めた。
「ただいま~」
親はまだ帰ってきてはいないが、癖になっているのか、ついつい家に帰ってきたときには言ってしまう。悪いことではないからいいか。
すると慌ただしい足音がだんだんと近づいてくる。
「おかえり!にい……に?」
日和は俺から視線を隣に移すと、顔を一瞬だけクシャっと歪め、リビングに引っ込んでいったかと思うと、階段を上って自分の部屋へ帰ってしまった。
どんだけ嫌いになったんだよ……。
俺はため息を大きくついて、先輩をまた家に上げた。
「あ、俺大して料理できないんですけど。どうします?」
「なら私が作ろうか?」
七海先輩が料理……。正直不安だ。
でも美人な女子高生の料理なんて人生でそんな食べる機会もないし、お願いしてみるか。
「お言葉に甘えてお願いしていいですか?」
七海先輩はにこやかに「うん」と言って頷くと、そのままキッチンへ向かっていった。
「適当に使っていいのかな?」
「あ、はい、大丈夫だと思います」
俺はというと行く当てもなく、ただリビングを彷徨っていることしかできない。
不意にキッチンの方を見てみると、七海先輩が集中して料理をしていて、一緒に生活したらこんな感じなのかな。みたいなことも考えてしまった。
結局はテレビをつけてニュースなどの環境音に耳を預けながら、先輩の料理が完成するのを待った。
「はい、どうぞ~」
「おぉ……」
食卓に並べられた料理を見て俺はそんな感嘆の声を漏らす。
THE和食と言ったメニューだ。
白米、鮭、お味噌汁、漬物。といったメニューだ。
七海先輩曰く、揚げ物も作りたかったらしいのだが、いろいろ大変だからやめておいたとの事。でもこの年でこのクオリティーの料理を作れるなんて、意外な才能があるんだなぁ。
「いただきます」
最初に手を伸ばしたのは、鮭だ。作法とかも何も知らない俺はただ自分が食べたいものを食べる。それに尽きるのだ。
身を少しだけ取り、口に含むと絶妙な塩加減の鮭の風味が口いっぱいに広がり、幸福度を満たしていく。
次に手に取ったのはお味噌汁だ。
そして、小さめの立方体に切り取られた豆腐を口に入れて、お椀を倒し汁も口に含む。
「先輩、毎日みそし……」
……?何を口走っているんだ?
「ん?毎日なに?」
聞き返されて顔が赤くなるのを感じる。
思わずプロポーズしそうになるなんて……。
でも、こんなにおいしいみそ汁は初めてといっても過言じゃないほどおいしかった。
何を食べてもおいしいなんて最高じゃないか。しかもそれを作ったのが美人女子高生ときた。
至福。この一言に尽きる。
すると七海先輩は心配そうな顔をこちらに向けながら恐る恐る訪ねてくる。
「口にあわなかったかな……?」
「いえ、まったく。とってもおいしいです」
「そう?よかった」
今度は聖母のような柔和な笑みを向けてくる。笑顔がかわいい女性は魅力的だ。って言うけど本当なんだな……。
それからはあまり会話もなく、食器がお皿をたたく音だけが残った。
「あの凪くん?一応妹さんの分まで作ったんだけど、食べるか聞いてきてくれないかな?」
「分かりました。ちょっと聞いてきますね」
俺はお盆に先輩が作ってくれた料理を乗せて、階段を上り、日和の部屋のドアをたたく。
「日和。先輩がご飯作ってくれたんだけど食べるか?」
「…………」
日和からの返事はない。そんなに七海先輩が嫌いか。
「日和?」
「……食べる」
「ん?」
「食べるって言ってるでしょ!」
日和は横暴な感じで、俺の手からお盆を奪った。
なんだかんだ食べてくれることに安堵しつつ、俺は再び先輩のもとへ戻る。
「食べてくれるみたいですよ」
「おいしいって言ってくれるといいなぁ……」
「そうですね」
そんな感じで時間は十時になってしまった。
帰すに帰すこともできず、泊まる?とも切り出せないから、ただひたすらに時間だけが過ぎていく。
すると二階から日和が下りてきて、少し興奮気味に先輩に話しかけた。
「あの!お姉さん!今日は泊まっていくんですか?なら一緒に寝ましょう!あ、お風呂も一緒に入りませんか!?」
日和が先輩に対して態度を180度裏返しているのだが、いったい何があったのだろうか。
そして先輩はその日和を見て、困った感じで俺に目を向けてきた。
「泊っても全然いいですよ」
すると七海先輩の表情はぱぁぁと明るくなる。
「じゃあ!え~と?」
「絢でいいよ」
「絢さん!一緒にお風呂に入りましょう!!」
そして急いで寝間着を取りに行く日和の後を追いかけてあまりにも違いすぎる態度について問う。
「あんなに料理上手で美人な人はこの世にいる気がしないから!にいに!絶対彼女にしてね!」
日和は完全に胃袋を掴まれたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます