第37話時間の流れと彼女の気持ち
読書をしていると先ほどまであった緊張感も薄れてきて、本の世界に没頭している自分がいた。
読めば読むほどはまって行ってしまう世界がそこにはあって、いつしかその文字列に魅了されている。
先ほどまでは左の手の中にたくさんあった紙の束も右の手の中に移っていて、時間の流れを感じた。
小麦色の紙に夕日が投影されるようにして、だんだんと朱色っぽさを帯びていく。
そして俺は本を閉じて口を開いた。
「七海先輩?もうすぐ六時半ですけど、そろそろ帰りますか?」
そう尋ねると七海先輩もゆっくりと本を閉じて、窓の外に目を向ける。
朱色の異質な光に照らされた先輩の横顔はとても綺麗でそれはもう一枚の絵であるようだ。
「うん。そろそろ帰ろうかな。でももうちょっと読みたいからお邪魔しててもいい?」
「はい、大丈夫ですよ。俺ももう少しで読み終わりそうなんで」
一度は切れた集中も、もう一度文字列に目を向ければあっという間に戻っていく。
こんな時間がもっと続けばなぁ。
あっという間に過ぎていく時間を俺は止めることはできない。
だからこの時間もやがては終わりを迎えてしまうけれど、この時間を長く楽しもう。そう心に決めた。
カチっカチっ。そんな秒針が進む音が耳に入ってくる。その音につられて、不意に見上げると先ほど見た時刻から約一時間ほどが経とうとしていた。
「先輩?もう七時半ですし帰りましょう?」
高校生であるからこの時間まで遊んでいることにそこまでの抵抗はないのだが、このままでいると、いつの間にか十時になっていたなんてこともあり得そうで先輩に声をかける。
「あ、もうそんな時間かぁ。楽しい時間ってあっという間だね」
「本当にそうですね。駅まで送っていきますよ?」
「ありがとう。それじゃあお願いしてもいいかな?」
ということで俺たちは手早く荷物をまとめ、家の外に出た。
◇◆◇
「随分暗くなっちゃったね」
「そうですね。なんか少し、心配です」
ほんとに心配だ。なんか逆方向の路線に乗りそうだし。寝過ごして遠くまで行ってたみたいなこともありそうだ。
「心配······してくれるの?嬉しいな」
夜だからって変な人に何かされないか心配してくれるなんて、凪くんは優しいな。
二人の間で解釈の違いが起こっていることにこの2人は気づくはずもない。
街灯もほとんどない道だから、ギリギリ相手の表情が確認できるぐらいで、相手がどんなことを考えているかなんて表情からは読み取れない。
「ほんとに変な方向行かないでくださいね?」
「へ?あ、うん。ありがとう?」
変な方向?どういうことだろう?
私が変な方向に連れていかれないでね。って意味かな。
とことん自覚のない七海先輩であった。
緩やかなスピードでも着々と駅は近づいてきて、あと100mほどだろうか、そんなにないかもしれないというところまで来た。
すると七海先輩は足を止めて、俺の隣からいなくなる。
「先輩……?」
その声とともに振り返ると、七海先輩は風になびかれた髪を抑えながらこちらを見ていた。
「私。家に帰りたくないよ」
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